1.メールのお誘い
最近人気を伸ばしているケーブルテレビ局「T.V.キュービック」のスタジオでは、J-POPランキング1位の「クロック・ロック」がミニライブ収録のリハーサルを行っていた。
「クロック・ロック」は男性4人のバンドで、耳に心地よいサウンドと粒ぞろいのルックスのよさで現在破竹の勢いだった。実力は実際あるはずなのだが、ファン層の大半を若い女性が占めるため、どうしてもアイドル的な雰囲気を払拭できない。彼らの事務所がアイドル的なファン獲得方針を重視していることもあるのだが、多分、アイドル路線の一番の理由はボーカルの広瀬灯也のせいだろう。
「クロック・ロック」は4人とも24歳だが、灯也はぱっと見ではハタチ前後、あるいは背伸びしている大人びた少年のようだ。他の3人も標準以上のルックスなのだが、灯也の見た目はバンドのボーカルというよりほぼアイドルだった。歌唱力は十分にあるのだが、ファンは灯也の声より先にルックスの方にくいついてくるような状態で、なかなか「実力派」に数えてもらえない。広瀬灯也が自身の声を「カラオケで鍛えた」と称している影響もあるだろう。確かに「巧さ」より「ノリ」重視の粗削りな歌声ではある。だが、その裏打ちのなさがなぜか女性の心をつかみやすかった。
「クロック・ロック」自身も、ややアイドルじみたその売り方が気に入っているらしい。彼らのアルバムには一昔前の「アイドル歌謡」のようなレトロで軽い曲が毎回必ず入っている。過去のヒット曲のカバーも積極的に行っていて、面白い曲を拾ってくる。彼らの音楽は、ただ「音楽」というだけでなく、とにかくエンタテインメント性に富んでいた。
バンドの3人は大学時代もバイトでライブなどをやっていた経験があり、演奏でお金をもらう生活は結構長い。リーダーでキーボードの垣口里留は几帳面で面倒見のいい青年で、頼りになりそうなお兄さん然としたタイプが好きな女の子に人気がある。ドラムの青森孝司はちょっとエキセントリックな青年で、先の読めない言動とミステリアスな色白の無表情が不思議な魅力を放つ。ギターの小淵沢周はバンドのギタリストらしからぬメガネに黒髪というスタイルだが、知的な風貌に清潔そうな真っ白なシャツが似合って、人気は灯也に次いで二位を誇る。そして広瀬灯也はとにかくオシャレ、とにかくお茶目、どこかやんちゃな少年のような華やかなキャラクターだが、反面礼儀正しくてしっかり優しい。押さえるところはしっかり押さえ、ヒンシュクを買わない範囲で徹底的に愛嬌を振り撒く、なかなか如才ないところも魅力の一つだった。
スタジオに「オッケー」の声が響き渡った。クロック・ロックはリハーサルを終え、短い休憩に入った。
灯也はちょっと小声になって里留に訊いた。
「なあ、なんで制服の子がいんの」
正面にいる第3カメラと第4カメラの間のずっと後ろの暗幕近くに、中高生と思しき女の子が隠れるように立っていた。スタジオはライトで熱せられてむし暑く、ほとんどのスタッフが薄着の中、暗幕に溶けてしまいそうな深い濃紺の制服を着て真面目そうな分厚い学生カバンをぶら下げた女の子の姿は奇妙だった。
「なんか、コネのあるファンの子が見に来たんだろ」
里留は気にもかけずに軽く答えた。しかし、言い終わる頃には灯也はふわりとステージの袖側から段差を下りて、その方向へ歩いていた。
「あ、あいつ」
里留は眉根を寄せた。幸い事務所の力が強いので記事は出ていないが、灯也は先日人気女優にチョッカイをかけて、いい仲になりかかったばかりだ。特に「ファンとは親しくなるな」と事務所にさんざん言われているが、灯也は時にうかつな行動をする。
灯也が近づいて来るのを見て制服の女の子はおろおろしはじめ、背後の暗幕にお尻から入っていこうとした。灯也は小走りに近づいて声をかけた。
「逃げなくてもいいじゃん。キミ、高校生?」
制服の少女は真っ赤になって背筋をのばした。灯也はすぐ、
「あ、中学生だね」
と言った。少女は女性らしさに果てしなく遠く、全身くまなく発展途上だった。
「スタジオに知り合いでもいるの?」
空気の足りない金魚のように口をぱくぱくしていた少女は、やっと声を出した。
「あの、父が、スタッフなので」
その声がとても幼かったので、灯也は、
「…キミ、いくつ?」
と訊いた。少女は、
「あの、12です」
と答えた。それから灯也はしばらくその女の子に「ファンなの?」「クロックの誰のファン?」といった、適当な質問を繰り返した。彼女は、クロック・ロックのファンで、中でも広瀬灯也のファンだと一生懸命答えた。灯也はそんな12歳の女の子を上から見つめ、じっくり観察した。
髪型は垢抜けなくてやや重苦しいが、顔立ちはそう悪くなかった。のっぺりした日本顔に目だけは大きくて、反対に鼻と口は小さい。地味だがよく見ればけっこう可愛らしい。教室の隅にいたら気になるタイプの女の子だろう。今時珍しく膝下3センチを守った制服のスカート、きっちり3つに折った白い靴下、それから校章が入ったスニーカー。分厚くて重そうなカバンには、シールもマスコットもついていない。すべてのものがピカピカで、この春中学校に入学したばかりに間違いなかった。
「君の周りの子とか、クロック・ロックは好き?」
「あの、みんな好きです。みんなラジオもちゃんと聴いてます。みんなで、ちゃんと録音のできる、ラジオを買ったんです。聴き逃して寝ちゃうといけないから、みんなで当番決めて録音してます」
少女は言った。ラジオとは、「クロック・ロック☆クロック」という深夜放送で、毎回メンバーが2人交代でパーソナリティーを務めている。
「あっそう、すごい、当番なんか決めてくれてるんだ」
灯也がそう言って笑ったとき、里留から声がかかった。
「灯也、休憩オワリ!」
「すぐ戻るよー」
灯也は振り返って叫び、少女に向き直って、
「キミ、名前は?」
と訊いた。少女はまた面食らって、でも急いで、
「あの、ノキタアケミです」
と答えた。灯也は、うまく聞き取れなくて訊き返した。
「…え、名字はなんて言ったの?」
「あ、あの、軒下の軒に、田んぼの田で、軒田です。軒田明美」
「ふーん。収録終わるまで見てく? 終わってもちょっと残っててよ」
軒田明美はびっくりした。でも、呆然としているうちに、灯也は衣裳のすそを翻してステージに戻ってしまった。
「いちいちファンの子、からかいに行くなよ。トラブルになったらどうすんだよ」
里留ににらみつけられ、灯也はニヤッと笑った。
「それをリサーチしてきたんだよ。俺、女見分ける目には自信あるから」
「…女?」
里留は明美の方をちらっと見た。
「…あの子、いくつ?」
里留がけげんな顔で灯也に訊くと、灯也は笑みを浮かべたまま、上目遣いに、
「12。でもそのうち、13歳になるでしょ」
と答えた。
「…おいおい、女じゃねーだろ、女じゃ」
里留がため息混じりに言ってキーボードのプログラムを確認していると、灯也の小声が耳元を通り過ぎていった。
「…法律上は、13歳以上なら犯罪にはならないんだよね?」
慌てて里留が顔を上げた時、灯也がマイクスタンドの前にたどり着いた。タイムキーパーの片手が上がり、スタンバイのキューが出た。
2曲歌ってトークが入って、もう2曲歌って収録は終わった。灯也は一足先に控え室に戻り、個人的に作った名刺を一枚手にして戻ってきた。
明美はおとなしく暗幕のそばにいた。灯也は早足で近づいて名刺を出した。
「あのさ、ここにメールちょうだい。俺個人のだから。中学生のファンの子の話とか、もっと聞きたいんだ。でもこのアドレス誰にも教えないで。今日俺と話したとか、そういうのも言わないで。キミのこと、変なファンじゃないって信じて教えるんだから、約束してよ。なんかあったらすぐにこのアドレス閉じちゃうからね」
灯也がじっと見つめると、明美は一瞬止まってから、必死になってうなずいた。灯也は明美の目の奥をじっと覗いてからニコッと笑い、舞台の奥へと消えた。
控え室ではメンバーがTシャツ姿でステージメイクを落としていた。灯也が入ってきたのを見て、里留は不機嫌そうに、
「おまえな、問題起こすなよ」
と言った。灯也は口をとがらせて反論した。
「問題なんて一つも起きてないよ。週刊誌に書かれたの、ガセとか未遂ばっかじゃん」
里留はちらっと視線を送り、それだけで終わりにした。孝司と周はこんな光景にすっかり慣れていて、自分の支度をただ黙々と続けていた。
軒田明美は帰りの電車の中で大きなため息をついた。
憧れの広瀬灯也と話しただけでなく、メールアドレスももらった。でも、明美はあいにく、そこで能天気に喜べるような素直な女の子ではなかった。
(こういうの、事務所の人とかがせっせと灯也くんのフリをして返事を書くんだろうな)
軒田明美は都内有名私立中学の新一年生である。最近共学になったが、元々はお嬢さん学校で、男の子たちがこぞって退いてしまうくらい優秀な中学校だった。明美も可愛げがないくらいに勉強ができる子で、だから今日の灯也にも対しても「そんなうまい話があるわけはない。宣伝みたいなものだ」と思っていた。
(このアドレスに一生懸命メール送ると、代理の似ても似つかないアルバイトのお兄ちゃんかなんかが、いかにも灯也くんみたいにメールの返事くれるんだろうな)
でも、明美はやっぱりそのアドレスを捨てられなかったし、結局メールは出してしまった。万に一つでも本人がそのメールを見る可能性があるかもしれないと思うと、やっぱりその機会をみすみす逃すのはいやだった。
『広瀬灯也様
今日、リハーサルでメールアドレスをもらいました、軒田明美と申します。ありがとうございました。これからも応援しますので、どうぞ頑張ってください。担当の方も、おつとめご苦労様です』
明美はそんな風に書いた。「担当の方」云々という記述は「別に、私、本人だと思ってないんで」という注意書きのつもりだ。明美は引っ込み思案で口数の少ない女の子なのだが、プライドが高く、他人から「バカ」と思われるのをことさら嫌っていた。「まんまと騙されたバカなファン」と思われたくなくて、だけど「もしも…」と思うと何もせずにはいられなくて、その間をとって、やっと書いたのがそんなメールだった。
明美は送信してからすごく恥ずかしくなった。
「…どうせ、バイトの人とかが見るのに」
わざと口に出して言ってみて、だけど、広瀬灯也本人が直に手渡してくれたアドレス入りの名刺はどうしようもなく嬉しくて、明美は大事に大事に灯也の名刺を紙に包んで財布にしまった。
広瀬灯也名義の返事はとても早かった。明美は「やっぱり、そういう専属の人が対処してるんだな」と思ってガッカリした。
『どうも、今日はありがとう。アケミちゃんって、明美っていう字を書くんだね。シンプルだけど、いい名前だね。明日のクロック・ロック-クロックの当番は俺と周だけど、キミのとこの録音当番は誰かな。またメールちょうだい。あんまり時間がとれないから、短い返事しか書けなくてゴメン 広瀬灯也』
それでも、今日灯也と話した内容は反映されている。明美は感心した。
(そうか、名刺渡した相手と何を話したかくらいは、メール担当の人に知らせるんだ)
灯也がアルバイトの誰とも知れない男の人に今日の自分の話をしている光景が浮かんだ。
(すごい、少なくとも今日、灯也くんは私と話をして、その話を他の人にしたか、メモにとって渡したとかしたんだ)
だけど、きっと次回のメールからは、灯也とまったく関係ないアルバイトの誰かが送ってくるのだろう。明美は灯也の名前で来たメールに返事を書こうか迷った。灯也名義で来たメールに返事を書かないのは気が引ける。それに、もう一回くらい、灯也本人がちらっと確認だけするかもしれない。
明美は迷いに迷ったが、灯也が見るかもしれないと思うとどうしても無視することができず、結局返事を書いた。
『早々に返事をいただいて恐縮です。お仕事とはいえ、大変ですね。
今日の録音当番は私でした。録音は友達5人で分担しています。でも、それだけじゃなくて、クラスの女の子は大半クロック・ロックのファンです。
それと私の名前ですが、私は嫌いです。みんなが、なんか水商売みたいと言うので。
これからもみんなで応援していきます。クロック・ロックの四人の皆さんにどうぞよろしくお伝えください』
やっぱり、「このメールってお仕事なんでしょう?」「このメールを書いてるあなたはクロック・ロックの人じゃないんでしょう? だから、クロック・ロックの〝四人〟によろしく」と遠回しに訴える文になった。
(…もしも、このメールが本当に灯也くんだったら…)
明美は心の奥底でどうしてもそう考えてしまった。そんな自分が恥ずかしくなって、慌ててパソコンの電源を落とした。
録音当番は決めているものの、「クロック・ロック-クロック」を聞き逃す人はまずいない。明美は録音したメディアを親友の大原硝子に渡した。硝子は明美たち5人組のリーダー格で、クロック・ロックファンの筆頭でもあった。彼女の本棚はまるまるひとつクロック・ロックの資料に占められていた。
「新曲でMWJ(ミュージック・ウィークリー・ジャパン、歌番組の一つ)出るの、録画予約した?」
「したした~。深夜の歌DANにも出るらしいよ」
「え、あれダンス中心じゃないの」
「先行のPV見てない? 新曲、かなりダンス系だよ。灯也くんかなり踊ってるから、それで歌DAN出るんだよ」
「新曲出るとかなり露出増えるから、見逃しそうで怖い~」
中学1年生の彼女たちは、ひたすらなんでもないやりとりを続ける。
「里留さん、リーダーだから、結構話題にのぼるじゃん。毎回、里留さんの話がメンバーから出るたんびにメモとっちゃうよ」
「え、里留さんが猫を飼い始めたらしい、とか書くの?」
「書くよ。里留さん日記みたくなってる」
比較的口数の少ない明美も口を開いた。
「…私も、灯也くんメモみたいの、つけてるよ」
「灯也くんって、いつもプライベートしゃべりまくりなのに、あれ全部書くの?」
「うん」
クロック・ロックのメンバーは皆「さん」づけで呼ばれているが、灯也だけは「くん」づけで呼ばれている。中学生たちも、10歳近く年上のクロック・ロックのメンバーを「灯也くん」「里留さん」などと呼んでいた。
「硝子~、おねがーい」
仲良し5人組に、クラスメイトが声をかけてきた。
「昨夜のクロック、貸して~。聞き逃した~」
「いいけど、絶対返してよ~! USBで渡すから、PCあれば聴けるよ」
「USB借りられれば、あとは父か兄に聞くー」
ラジオを聴き逃したら、大原硝子に訊いてみるといいよ…というのが女の子たちの合い言葉だった。みんながみんな、クラスの誰がクロック・ロックの誰を好き、というのを知っていた。中学校は、クロック・ロックを中心に時を刻んでいた。
明美が灯也にメールを出してから、1週間返事がなかった。
(…さすがにあんまりレスが早いと、嘘っぽいからかな? それに、本人から毎日メールが来てると思って、変な期待する人とか出てくるかもしれないし…)
当たり前だと強がりながら、明美はいろいろなことを考えていた。本当は本人であってほしいけれど、「絶対に騙されるもんか」と思っていた。
明美は元々芸能人になんかちっとも興味はなかった。友達と硝子の家に泊まりに行ったとき、みんなが見ているので仕方なく音楽番組を見たときにクロック・ロックを知った。それまでもクロック・ロックというグループがあって人気があることは知っていたが、顔だけのアイドルとしか思っていなかった。けれど、実際にちゃんと聴いてみるとクロック・ロックの音楽は伴奏も整った音で気持ちよかったし、灯也の歌声はとても綺麗だった。最初にバカにしていた分、意外さに心を奪われた。
歌い終えて、灯也は「よし、上出来!」という満面の笑みを浮かべた。自分が誰かの反感をかわないように、自慢したくなることがあってもじっと黙って過ごしてきた明美には、自分の才能に無邪気にはしゃぐ灯也の素直さがとても新鮮だった。以来、なんだか気になって、結局こんなにのめりこんでしまった。
明美はまだ恋をしたことがない。でも、明美は自分が「恋をしたことがない」とは思っていない。勉強ばかりしてきた中学生には、「かっこいい」と憧れる淡いだけの慕情だって十分に恋に見えた。だから、明美は広瀬灯也に対する自分の並々ならぬ情熱に驚いていた。明美にとってそれは不可解なものであり、「芸能人に血道を上げる、バカみたいな感情」だった。
(私が実は不治の病だったりしたら、感動秘話…とか言って灯也くんがお見舞いに来てくれるないかな。そういう、びっくりするようなことをメールに書いたら、どうなるかな? バイトのメール書きの人から灯也くんに連絡、いかないかな?)
芸能人に会いたいがための狂言自殺…なんてことまで考えた。もちろんできるはずなんかないけれど、そんなことを考えてみるくらい、広瀬灯也に会いたかった。
明美は灯也に自分を12歳と言ったが、その翌々日には13歳になっていた。遅咲きの明美も、女性への階段を上る「はじめの一歩」くらいは踏み出す年齢を迎えていた。
明美は、メールの相手を「バイトの、係の人」と思っている割には、熱心に返事を待っていた。
『広瀬灯也です。間があいちゃってゴメン。でも、今ホントに毎日忙しいんだ。でもメールは読んでるから、俺の返事がなくても、いろんな話聞かせてよ。今度のアルバムでは作詞もやることになったんだけど、中学生くらいの女の子が何を考えてるかとか、すっごい知りたい。高校生は知恵ついちゃって大人だから、中学生くらいのピュアな気持ちを知りたいな~なんて思ってるよ。キミの恋の話とか、そういうのでもいいよ。レスはそうまめじゃないかもしれないけど、色々話を聞かせて。 広瀬灯也』
そんなメールが来ても、明美は強いて「同じ文章を大勢に送ってるんだろうな」と思った。もう明美個人につながる記述は「中学生」のひと言だけだ。中学生のファンにはこの文面でいい。そして、高校生のファン向けには、また別の文面を用意すればいい。
(…こうやって、たくさんの人が騙されてるんだな…)
それでも、明美はやっぱり返事を書かずにはいられなかった。
『返信ありがとうございます。でも、私には作詞の参考になるような出来事はなくて、申し訳ないような気がします。たくさんの方々のうちの誰かのメールが作詞に使ってもらえるんでしょうね。私には残念ながら好きな人の一人すらいなくて、広瀬さんのことだけ見ています。もしご本人にこのメールについて話す機会があったら、ぜひお伝えください』
いろんなことを考えていた自分が恥ずかしくて、「別の人が対応してるのなんて、わかってるよ」と強調してしまった。でも、相手が本当に灯也でないのなら、返信をしなければいいだけだ。もしも本人だったら…、あるいは、返事を書いていなくても灯也本人がメールを見ていたら…、そう思うことを、どうしても明美は止められなかった。
また1週間、メールは来なかった。明美はやっとあきらめがつきはじめた。