037.「思考接続」
※2019/2/27 一部の内容を改修しています。具体的には、アンダイナスの機体破損状況について。それ以外の話の流れは概ね変更ありません。
進入した坑道で待っていたのは、十数体に及ぶ蟲の熱烈な歓迎だった。
こちらを見付けるや否や斬り掛かってくるマントデアを砲撃で粉砕し、脇から突撃を仕掛けるポルセリオの頭部に狒角を突き立て、返す刀でもう一体。粉砕されたマントデアの影から更にアラーネアが飛び掛かり、その奥には似たような数多の顔ぶれが蠢いていた。
まるで王を守護する近衛兵だ。その内訳も精鋭中の精鋭、クラス3の見覚えのある個体ばかりが居並ぶ。
「わらわらと……、うざったい!」
一体一体を相手しても今なら負ける気はしない。けど、ここまで数が揃っているといささか辟易もするというものだ。
何体かを右腕の砲撃で仕留め、後続との距離が開いたことを確認。一旦、狒角を収納し、加速の姿勢を取る。
出し惜しみはしない。既に準戦時形態には移行済みで、限界まで出力を増した推進器に推進剤を注ぎ込んでの最大加速。弾かれたように前進を開始した機体の挙動を抑え込みつつ、両腕に再度狒角と猩角をマウント。
狭っ苦しい坑道の中で、考えなしに砲撃を行うわけにはいかないし、かといって思考接続は先ほどの暴走を懸念して切ったままだ。となれば、今の装備で執れる手段はこれだけ。
「読込、猿舞!」
処理を開始したと同時に、機体制御のおよそ九割がアンダイナスに移譲される。半自律稼働というお墨付きを与えられ、歓喜するようにアンダイナスが回転を始めた。こちらが捕捉した標的をなぞるように、長い腕の先に握られた一対のレーザーマチェットが居並ぶバグを薙いでいく。
傍目からは独楽みたいに回っているように見えるだろうか、与えられた慣性はそのままに、踊るように密集した機械の蟲を屠り、集団を抜けるのに要した時間は五秒ジャスト。増槽側の残量は、通常出力にして十秒、まだ余裕がある。そのまま再加速を開始し、生き残りを置き去りにする。
クラス3相手にここまで一方的な蹂躙を果たせたのは、高さが制限された坑道だというのもあるけど、準戦時形態の性能が大きい。脚部の出力向上により動きがより鋭くなった上、狒角と猩角まで強化されていた。元は同じマントデアと刃を交えても、こちらの方が先に易々と切り裂くことさえ出来ている。
素晴らしい。乗っている人間のことを考慮に入れなければ。
「二度と使わねぇ……!」
ミツフサの時すらかなり身体に負担がかかる代物だったけど、準戦時形態でのこれはちょっと洒落にならない。回転のたびに尋常じゃない横向きのGが生まれ、足運びで視界は上下し、照準すら難儀する。短時間で済ませていなかったら、軽く失神コースだ。
ただ、贅沢は言っていられない。無茶をしたお陰で、最短時間で切り抜けることも出来た。後は、本命の居る場所まで一直線。
「ってわけにはいかないか……!」
そりゃそうだ。待ち伏せが入り口付近だけで終わるわけがない。視界の先には先ほど振り切った集団と似たり寄ったりな顔ぶれの、数はさらに倍ほどもある集団が見える。
やけくそのような大盤振る舞いだ。余程この先に進ませたくない、つまりエミィと接触させたくない、という意図を感じる。
そんなもので怖じ気づいてたまるものか。
大盤振る舞いならこっちだってやってやる。全てを、尽くをがらくたに変え、先に進んでやる。
ここで止まる理由なんて、何も無い。
◆◆◆
昇降機の昇降面が鈍い音と共に制止すると同時に、アンダイナスの左手に握られた狒角に頭部を貫かれたマントデアが崩れ落ちる。
無茶を代償無しで、なんてうまい話があるはずも無い。先ほどから左腕のリニアアクチュエータは不調を訴えているし、狒角と猩角は出力が不安定になり、五種ある感知器のうち音響覚と振動覚は感度が半分以下。外装に至っては、上半身で無傷な面など皆無。
命の代わりにそれだけのチップを差し出して、坑道に蠢くバグを撃ち、斬り、貫き、薙ぎ払い、滑り込んだ昇降機に割り込んできた三体のマントデアも残さず仕留めた。全部で何体を食らったかなんて、数えることも止めた。数なんてこの際どうだって良くて、大事なのは今、この場所に辿り着いたということだ。
隔壁が解放される。地の底に作られた広大な空間が目の前に広がる。
ここが決戦の地というのも、また因縁めいていた。自分の出自を知り、そして戦う決意を得た場所。
最小限の照明だけが灯った薄暗い視界の、その奥に黒く蠢く小山のような巨体が見える。曲線を多用しつつも、あくまでも機械らしさを維持した、金属光沢の巨体。扁平な胴体から生えた六本の肢は、命名の元となった昆虫であれば細いものだけどこちらは巨体を駆動させるためか随分と逞しい。
ケランビシデ。これまで観測事例の無い新種にして、そして文句なしのクラス4バグ。
我ながら、まったく正気の沙汰では無いことをしようとしている。その自覚がある。クラス4に単機で相対しようなんて、考えることくらい有ったとしても実行に移すことは有り得ない。一般的には、二桁数かそれ以上の戦力を用意しての共同事業や、下手すれば中核都市の公共事業として相手取るような存在だ。それほど、常識的な戦闘用リムとは戦力の差がありすぎる。
それでも、前進は止めない。何故なら。
「――エミィ!」
そこに、いるんだ。あいつが。
「ようやく見付けたぞ、こんなとこに引き籠もりやがって……! 無茶苦茶大変だったんだからな!」
外部音声で呼び掛けつつ、さらに歩を進める。既にこちらを振り返り、真っ正面に向かい合うケランビシデは、しかし身動きを取らない。
「おい、何とか言えって! そりゃ遅くなったのは悪かったけどさ、こっちも色々あって、」
困ったことに、こうして面と向かって話すために用意してきた言葉なんて何も持ち合わせが無い。目の前に立てば後は何とでもなると、突っ走ってきてしまった。とりあえず頭に浮かんだことを片っ端から口にしようかと考え、そこで動きがあった。
振りかぶられる、長大な触角。ケランビシデの名に相応しいそれが天頂を向いても、馬鹿みたいな容量に掘削された空間の高さは尚余裕があり、邪魔されること無くこちら目がけて振り下ろされる。
「聞く耳無いって言うのかよ……!」
触角と言いつつその太さは鈍器のようで、風切り音を伴って振り下ろされる大質量は脅威以外の何物でも無い。準戦時形態により強化された脚部駆動器を駆使して、真横に跳んでなんとか回避を果たし、一瞬前に居た場所には派手な破砕音が響く。
打擲の痕を見れば、ここまでリムやバグがいくら乱暴に走り回っても大した傷も付かなかった、素材も不明の床面が粉砕されている。それも、欠片も残さず、粉々にだ。
――警告:高周波振動破砕兵器
――推奨:迎撃
初物の攻撃だからか、遅れてアンダイナスからの解析結果が表示される。
高周波振動破砕兵器、ということはアラーネアの肢に内蔵された振動ブレードの鈍器版ということだろうか。そして、恐らくはこれがケランビシデの主要な攻撃手段。
「迎撃、って言われてもな……」
まだ、攻撃するわけにはいかない。
最優先の目的は、エミィの救出だ。なのに不用意に破壊して、その手立てが無くなるのは本末転倒もいいところだろう。
「くそ、だだ甘じゃないか、このプラン!」
クラス4のバグを相手に勝利を収めるための方法は、大きく二つある。
一つは、火力を集中させて完膚なきまでに破壊すること。これは主に、人間の居住地域に近接してきた個体に対して危機回避のため討伐する時に執られる。が、当然ながら今回は却下だ。
そしてもう一つは、主要な演算器群を破壊、または本体から切除することによって、行動不能に陥らせること。この場合は素材回収までを目的とした、蟲狩りの手法だ。俺がやろうとしていることも、こちらに近い。
ただし、演算器の破壊や切除と言っても一筋縄ではいかない。サダトキが言うには、クラス4以上のバグは少なくとも二カ所に演算器群を持ち、それらが高度に冗長化されているのだと言う。それを狩るために、膨大な過去事例から攻略法を構築し、弱点を洗い出して作戦を立てるのが現在のクラス4狩りの定石だ。それにしたって、入念な準備を行ったところで実施時の成功確率は七割を切るという。
その上、今回の相手は完全な新種だ。形状が類似している他のクラス4から、弱点部位は肢を生やした胸部の中心線上と頭部の二カ所ではないかという推測は立っているけど、それが本当に正しいかの確証は無い。
そんな事情もあり、まずエミィと会話なりの意思の疎通を行えないか試み、そして可能なら知りうる情報を得ることを最優先としていたのだけど。
「問答無用で攻撃されたらどうしようも……ッ!」
触角による執拗な攻撃は、止む様子が無い。攻撃範囲は半径三十メートル近く、降り下ろしの他に薙ぎ払いも織り交ぜてきている。
攻撃の死角、つまり背後に回り込もうと横方向に離脱しようにも、意外と移動速度も速い。六本の肢を駆使して派手な音を立てながら、しかし巨体には見合わない速度で身体の向きを変えてこちらに正対してくる。準戦時形態となったアンダイナスの脚力を以てしても僅かにこちらが上回る程度で、回り込むどころか後退し離脱を図っても、足の速さがほぼ同等ではすぐに距離を詰められてしまう。
かといって、このまま避け続けられる自信も無い。こちらの挙動を予測し始めたか、先回りする動きも見えている。
――いざという時に備えて、躊躇わないよう覚悟だけは決めておくことだ。
レイルズとの別れ際に言われた言葉が、頭を掠める。いざという時。それはつまり、エミィと会話する余地も無く、破壊するしか無いという時のことか。
いや、まだだ。やれることは全て試してからだ。
「動きを止めれば、少しは余裕も……!」
もう何度目かも分からない触角の攻撃を横飛びで避け、着地と同時に右腕を砲撃モードに移行。狙いは、先ほどからがしゃがしゃとやかましく動く肢だ。
強烈な打擲攻撃にも、隙はある。振り下ろされるからには、再度の攻撃に移るには振りかぶる必要がある。そのタイムラグを少しでも無くすためか、左右を交互に使ってはいるものの、左右ではそれぞれ攻撃範囲が異なる。
出来上がった秒に満たない時間、その間に視線誘導で照準を合わせ、引き金を引こうとした刹那。
ケランビシデが、初めて回避の行動を取った。
射線をずらすように、一瞬で真横に跳躍する。わずかにタイミングが遅かった砲撃は、何も無い空間を貫いた。
似たような行動を見た覚えがある。マントデアだ。砲撃前に発生する磁界を検知し、回避するその動きと同じ。
「そんなのアリか……」
ぼやいたところで結果は変わらない。目の前でそうしたということは、アリなんだろう。
さらに。
――警告:電磁投射兵器
――推奨:回避
ケランビシデが回避先でわずかな時間静止し、同時に背部の装甲が展開。出来上がった隙間に、見知った紫電が走るのが見えた。
悪寒が走り、九十度の転回を行いつつここまで何とか使用を堪えてきた推進剤を注ぎ込む。突入時の戦闘でも幾度かは使わざるえず、残量は増槽側が通常出力で4秒分、そのうちのコンマ五秒分を費やして緊急回避。
爆発音が多重に響く。片方はこちらが発生させた水蒸気爆発で、もう片方は放たれた砲弾の擦過による摩擦と破砕によるもの。
「飛び道具まで持ってんのかよ!」
クラス4以上のバグを狩ることが困難な理由は、単純な個体としての性能だけではない、という話は聞いたことがある。それぞれが、クラス3までの個体には無い特殊な攻撃手段を保持しているのだという。そのバリエーションは多岐に渡り、例えばある個体は広域の衝撃波を奥の手として持つし、また尋常では無い防御力を誇る特殊装甲を持つ個体もあるらしい。
こいつの場合は奥の手というのが、この装甲の隙間を電磁レールに転用した電磁投射砲なんだろう。武器としては珍しい物じゃ無い、むしろ戦闘用リムの標準兵装と言っても差し支えない。
ただし、それをバグが持っているということが問題だ。
クラス4のバグがまだ狩りの対象である理由は、遠距離用の武装を持たないからだ。頭数さえ揃えれば、取り囲んで袋だたきにすることで勝ち目も出てくる。
それが、ケランビシデの前では崩れた。
「参ったな、このままじゃ勝てる気がしないぞ……」
勿論、こっちだって奥の手の一つや二つは持っている。けど、ここでその手札を切るわけにはいかない。
出し惜しみをしているわけじゃなく、使うべきタイミングがある。
となれば、やはり当初の予定通りにするしかないわけだ。
「頼むから返事してくれよ、エミィ……!」
◆◆◆
どうやら砲撃を行うのは、こちらが一定の距離以上離れていることが条件となっているらしい。あくまでも、人の判断では無く行動規範で動いているからだろう、一時的に再度接近すれば攻撃手段は再び触角による打擲となった。が、それは結局のところ、砲撃を避けるか触角を避けるかの違いでしかない。
まだ複雑な挙動が不要な分、砲撃を避ける方が容易い。何より、ダメージが蓄積した左腕では複雑な挙動を要する近距離戦闘に不安がある。距離をとりつつケランビシデを中心とした旋回による回避軌道を取る。こちらにも決め手に欠ける状況は何とももどかしい。
とはいえ、こうして稼いだ時間の間に、何とかしてエミィとの接触を確立しなければならない。が、声を出しても何も反応が無いと言うことは。
――エミィはもう、話せるような状況じゃ無い?
最悪の想像だ。それこそ打つ手が無い。
けれど、何か引っ掛かるものがある。例えば、そう。話せない状況、とは何が考えられるか。エミィ自身がどうにかなっている、という可能性は考えないようにする。となれば、外部への通信手段が無い、とか。
辻褄は合う。これまで、ケランビシデから何らかの通信や音声が発せられたという例は無い。過去の事故における生存者にしたって、周囲のバグが意味不明な行動……同士討ちを始めたから助かったという話しか無く、それ以外は何も……。
「いや、それだけじゃ無い」
悲鳴だ。
ミツフサ、そして先ほどのアンダイナスの暴走。その時に聞こえた、悲鳴のような何か。
あれを声と呼ぶには抵抗がある。けど、さっき俺は見たはずだ。助けを求めるような、エミィの姿。
間欠的に噴射を織り交ぜ、砲撃の回避を行う傍ら、先ほど切断した機能を復活させるための操作を行う。最上位権限での特権コマンド。
これを回復させた場合、最悪再度の暴走が起こる懸念もある。ただ、先ほど蹴散らしたバグの群れがまともにこちらを狙っていたところを見るに、一過性のものだった可能性も充分に有り得る。
思考制御続器の復活。論理破壊兵器がこれを経由していたのであれば、つまりエミィが持ちうる確実な接続経路はこれだけ。
分が良いかどうかも判らない、賭けよりも酷い何かだ。けれど、今はこれしか糸口は無い。
「頼むぞ……!」
起動を指示。停止を指示したときは三度も確認を求められたのに、今度は一発で復活する。
脳内に、自分とは別の何かとの接続経路が再び構築される。アンダイナスとの思考接続だ。同時に、機体側の感覚器が俺自身の五感と直結した感覚。これまで手動操作のために慌ただしく動かしていたフットペダルとレバーは、最早触れてもいない。ぎこちない挙動で行った回避が、急に生物のような連動した動きに成り代わる。
同時、業を煮やしたか跳躍でケランビシデが接近。精度を増した一撃が、今度こそこちらの挙動を捉えた。
左腕を構える。これまで物理的接触は極力避けてきたが、こうなっては形振り構っていられない。
一閃。
その時感じた凄まじい衝撃は、果たして実感だったのか、それとも思考接続の反動か。同時に左腕が丸ごと削り取られたような幻痛があった。
直撃こそしなかったが、振り下ろされた触手をいなすという無茶をさせた左腕が、駆動部が悲鳴染みた嫌な音を立てる。破砕こそされなかったものの、二基ある超電磁加速器のうち下腕側の一つが使用不可との報告。その上、これまで何とか動いていた間接部にも致命的な破損。それだけを代償に、数秒か十数秒かわからない時間的猶予を得る。
得られた時間を無駄には出来ない。回避の傍ら、更に奥深くを探る。中枢電脳。いない。主受電装置。いない。素体固定兵装。外装兵器制御。外部装甲側兵装。
思いつく限り、機体各部で思考制御可能な器官を探っても、どこにもエミィの痕跡は見えない。回復処理の中で除染が行われた形跡があったから、それが原因かもしれない。
考えが甘かったか。諦めかけ、しかし最後に調べていない箇所に思い至る。
独立した制御系を持った場所。ここだけは、除染も行われていない。
「操縦席……!」
灯台もと暗しとはこのことだ。あの時見えたエミィの姿が幻でないなら。
認知の網を広げる。どんな痕跡も逃さないつもりで意識を振り向け、同時に外部では触角が横一線にこちらを薙ぎ払いにかかる。兆候が見えたと同時に右腕で反転、最小限の推進剤で回避。機体制御と探査を同時に行ったからか、頭が割れるように痛む。
それでも細心の注意を払い、探査を続ける。攻撃の手も、既に正確さが伴ってきた。これ以上時間稼ぎを行うわけにはいかない。どこだ、ここに居ないなら俺は、
『――……ト』
声が聞こえた。
か細く、それでも俺を呼ぶ声。
『……ト、ユート……! お願い、お願いします、もう一度……最後でいい、声を、』
なんて声出してるんだ。
お前の声はいつだって、凜としていて、俺を叱るようで、なのに優しくて。
その声が、お前の声がいつだって俺の傍にあったから……それを憶えていたから、ここまで来れたんだ。
だからそんな泣きそうな声、出すなよ。
「俺は、ここにいるぞ……エミィ!」
『ユート……!』




