表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/10

第1章 ミユキ哀歌

第一章 ミユキ哀歌

 

 

神戸・北野坂 スナック踊り子 午前二時



 ミユキが泣いている。

「もうやめんか! どないしたんや」

 私はミユキのグラスを取り上げた。首を振るミユキは私の問いに答えなかった。涙がミユキの頬をつたいカウンターの上に落ちた。

「ゆうさん、ゆうべ、由佳里と寝たんやろ?」

「いいかげんにしろ」

 私は席を立った。店がハネたら、つき合って欲しいというので、北野坂にあるこのスナックにつれてきたのだが、カウンターに座るなり、ミユキは一言も話さず飲み続け、気がつけば大泣きしている。二人で飲んだのは初めてだから泣いている原因が私にあるわけではない。私が由佳里と寝ようが寝まいが、ミユキの知ったことではない。

 ミユキは痩身で小柄。目が細く口が少し大きい。色白で髪が長い。たしか歳は二十八。クラブ「花の木」のホステスである。私の飲み友、タカシの女ということに、今はなっている。タカシの遊び好きは有名で、「俺の下半身には理性が無い」と豪語している。それでもよくモテるから男と女の事はよくわからない。

「ゆうさん、どこ行くん?」

「俺は帰る。勝手にしろ」

「そんなこといわんで、うちも帰る」

 ミユキも立とうとしたが、よろけてカウンターの下へ転げ落ちた。赤のタイトスカートから下着がのぞくほど脚をひろげ、あおむけに倒れた。

「おい、大丈夫かいや」

 私はミユキをかかえ起こし、コートを着せて店を出た。外は霧雨が降っていた。風はないが、一月はさすがに寒い。ミユキと肩を並べ、北野坂を下った。

 北野坂は、神戸の中心街三宮から異人館が立ち並ぶ北野町へ伸びる美しい坂道である。ジャズクラブやステーキハウス、それにブティックなどが軒を並べるデートスポットである。坂道の途中を折れるとシャレたラヴホテルの灯りが濡れた恋人たちを誘う。北に六甲山が、南には神戸港。海と山がある風景。別れが似合う港町。


 午前三時。 汽笛が鳴った。


「ゆうさん、うちとここでせいへん?」

「アホいうな」

「うちのこと嫌いなん」

「そんなことはない」

「ほなええやんか、みんなそこいらでええことしてるんやから」

ミユキは濡れた舗道に大の字になった。

「起きろよ」

「いいや、気持ちええ。うちここで寝てるわ……」

 ミユキは化粧の落ちた泣き顔で力なく言った。

「うち、死にたいわ。生きててもええことない」

 私は直感した。タカシとのラヴ・アクシデントに違いない。

「誰かをうらんでいるのかい」

「うらみ? そんなんあらへんわ。あるとすれば、うちを産んだ親。生まれたときから貧乏で、金はないし、学歴もない、ないないずくしや。せめてもう少しキレイに生まれてたら……」

 ミユキは石畳を見つめ、うつろな瞳で言った。

「親をうらむのは逆恨み。道に迷ったのは自分のせいや。誰のせいでもあらへん」

「そうや、うちが悪いんや、わかりきったことや」

 ミユキは意を決したように立ちあがると、ハンドバッグを振りながら北野坂を再び登りはじめた。泥酔が嘘のように足元がしっかりしている。

「あほ、あほや、あほ うちはほんまにあほや!」

 ミユキはパンプスを脱いで、海外ブランドの洋服が立ち並ぶブティックのショーウインドーに投げつけた。

「やめんか! なにするんや」

 私はミユキをうしろから羽交い絞めにした。絶壁から突き落とされる失恋のつらさは他人にはわからない。ひとつだけいえることは、その壁を険しく高い山にしたのは自分自身であるということである。

「あほや、情けのうて……めっちゃ、くやしい。昨日、タカシさんのマンションに行ったら、しのぶねえさんが寝てた。うちを抱いた同じベッドで。足がふるえてとまらんかった。怒る気力ものうてボーっとしてたら、気づいて身支度はじめたんや。あわてることもない、あのねえさんの顔が忘れられん」

 実に哀しい結末である。

「世の中、男と女、いろんなヤツがおる。恋の姿もさまざまや」

 ミユキは肩をおとし、ためいきをついた。

「タカシとミユキ。二人はメールと十円玉が恋をしたみたいなもんや」

「なんよ、それ? わからへん」

「十円玉はミユキ。メールはタカシ。少し古臭いけど、ミユキは十円玉をにぎりしめて恋をしてたんや。俺たちは昔、恋人の声を聞くために、家を出て公衆電話を使ってた。十円玉はいつも一人にしか電話でけへんやろ。それにくらべてメールは、百人いっせいに『好きや』って送れるやないか。どこか軽くてむなしいやろ」

「ちょっと待ってや、それって、うちが古い女っちゅうことかいな」

 ミユキが笑った。

「そんなことあらへん。俺は十円玉握りしめて『あなただけ』って、言葉をくれるミユキのような女が好きや」

「うちは、そんなにカッコええもんやないわ……でも、ゆうさん、ありがとう。なんか気分がすっきりしたわ」

 タクシーをひろい、ミユキを家まで送った。

「ゆうさん?」

「なんや」

「今度、マジでうちとせいへん?」

「よくいうよ」

 別れ際、ミユキは私に十円玉をくれた。


                  この頁 了


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ