転生した日
目が覚めたら暗闇の中にいた。はて、と銀次は思う。確か自分は死んだ筈である。銀行に預金を下ろしに行くと運悪く強盗団が押し入ってきて、たまたま近くにいた警察官達と撃ち合いになった。俺は強盗団と同じ黒い格好をしていた為に、偶然近くにいた本物の強盗に見間違えられ運悪く警察に撃たれ、呆気なく死んだ。我ながら酷い死に方だと思う。
自分は死んだ、そこは間違いない。だとすれば此処は天国なのか。それとも地獄?それは御免被りたいところだ。しかし余りにもハッキリしている意識。あの世では体もあるのか?と試しに手を振って見るとガツンと何かにあたった。どうやら自分は何か硬い物に覆われているらしい。しかも相当な硬さだ。今度は強めに殴ってみると、パキッという音と共に少し光が見えた。|(まずは考えるより此処から出るのが先だな)パキリ、パキリと小気味良い音を立てながら割っていく。そして遂に俺は外の世界へと飛び立ったのである。
「おお!産まれたぞ!」
「これは…灰竜か?まるで亜竜のようではないか。」
「ふむ…しかしこの子は我らが霊峰の結晶卵から産まれたのだ。きっと何かしら特別に違いない。」
「ともかく今は新しい同胞の誕生を喜ぼうとしよう!」
銀次が暗闇から顔を出すと、目の前には巨大な竜が3頭いた。どうやら自分が今までいた暗闇は卵の中だったのだと銀次は悟る。そして自分は竜に転生してしまったのだという事も。
(せめて転生先は人間にしてくれよって言うのは贅沢なのかね。そもそも何で転生したのかもわからないし。)
後に銀次は転生の理由が己の死に方を哀れに思った神が銀次を転生させようと思ったが、異世界から呼び込んだ銀次の魂が此方の世界に定着するのに時間がかかり過ぎるため人外に転生させたのだという事を知るが、それはまた別の話である。
(まずは、この殻から出るのが先か?人間の頃とは体の構造が全く違うから動かしにくいな…。角あるっぽいし、翼も尻尾もあるな。翼と尻尾ってそもそもどうやって動かすんだ?)
人間とは違い過ぎる体に地味に混乱しながら殻を破り、全身が外に出ると最初の3頭の竜の内の厳格そうな赤い竜が口を開いた。
「ふむ…では行くとするか。」
そう一言言うと、その巨大な口で銀次を咥えヒョイと自分の背中に乗せた。突然咥えられぎょっとした銀次に対して竜達は
「産まれたてではまだ飛べぬからな。飛べぬ内は他の竜に運んでもらうと良い。」
「ふぉふぉ、主は厳ついからのう。食われると思うたのではないか?」
「でも君に咥えられて鳴き声も上げない子なんて珍しいね。肝が座ってる…って言えばいいのかな?と言うかこの子まだ一鳴きもしてないけど、ちゃんと生きてる?」
『ぴぃ!|(生きてるよ!)』
声を上げたらぴぃぴぃとしか言えない。目の前の竜達が鳴いた鳴いた、と嬉しそうに笑う。咥えられている立場から、とんでもない音の振動が伝わってくる。携帯のバイブレーションになったような気分だ。びぃいー!!と抗議の声を上げると、おっといけないと言いながらようやく飛び立った。
全く不便な体になったものだなぁ、と呑気な事を考えながら銀次は外の景色を眺める。今までいたのは相当高い山の頂だったらしく、壮大な景色が見える。雲よりも高い山々がそびえ立つ、元の世界では有り得ない景色に、本当に異世界に来たのかと改めて実感する。少し考えた結果、まあ転生してしまったものは仕方がないし、この新しい体も考えたら悪くないのではないか、と開き直る事にした。何しろ竜だ。空も飛ぶことは翼があることから出来るであろうし、漫画で読むように火を噴くなども出来るかもしれない。元々が物事をあまり悲観的に捉えない、よく言えば前向きな性格だったので出来た開き直り方であった。
『ぴぃー、ぴー?(おーい聞こえますかー、ってこれ通じてる?)』
思考が纏まったら次は行動に移す。試しに自分を何処かに運んでいるらしい竜達に話しかけてみる。が、まずぴぃぴぃとしか話せないので伝わるかどうかすら怪しいものがある。幸いとして向こうの言葉はわかるようであるが。
「ふむ?童か。何か言いたい事でもあるのかの?」
まず1つ目、声は届くことは確認できた。空を飛んでいて風の音もある中聞こえているということは、竜の身体能力は高いようだ、と推測する。
『ぴーぴーぴー?(まず俺は何処に連れて行かれてるんですか?)』
「んー…伝えたい事がある、という感じだね。お腹でも減ったんじゃない?」
「孵化してから何も食べておらんからの。帰ったらたらふく食わせてやるぞー!楽しみにしとれよ!」
「空腹なのは貴様だろう。お前も考え無しに動くな。落とされたいのか?」
「クスクス、心配ならそう言えばいいのに。」
2つ目として、こちらが言っている事が分かっているわけでは無いらしい。声に含まれる感情を読み取っている、という感じだ。自分にも竜達の感情が伝わってくるのを感じることから、これは竜なら当たり前に持っている感覚なのだろうと考えた。例えるなら母親が、赤ん坊の泣き声からその子がおしめを替えて欲しい、とか、お腹が空いた、とかなんとなくわかるような感覚なのだろう。
そしてその伝わってきた竜達の感情から、自分はどうやら悪い感情は持たれていないというのを感じた。むしろその逆で、伝わってきたのは期待、喜び、希望、愛おしさ、などのプラスの感情ばかりだったのだ。(言葉はキツイが、緑色の竜の発言では単なる照れ隠しらしい。)これなら心配する事は無さそうだな、と心の中で安堵する。少なくとも今からいきなり捨てられる、という可能性は無くなったからだ。
ふわり、と風が鳴り、竜達が止まる。切り立った山の中の、調度火口部分に村の様な空間があった。
「着いたよ。ここが今から君の住処となる場所、竜の里、"ヴァルハラ"さ。」
「改めて儂等はお主を祝福しよう。ようこそ、"ヴァルハラ"へ。お主のこれからの生が、満ち足りたものになる事を心から願おう。」
そのままゆっくりと降下し、祭壇の様な場所に降ろされる。周りには様々な色、大きさの竜が集まっていた。その中でもやはり一際大きいあの赤い竜が祭壇の正面に立ち、朗々と宣言した。
「竜王が一柱、爆炎竜メテオより、祝福の証として"シルヴィオ"の名を送る。今この時より汝は我等竜種の一員である。我等、誇り高き竜種に竜神ヤハウェの加護があらんことを!」
その瞬間、ぼんやりとした光と共に何かが自分の中に入ってきたような感覚がした。これが名を貰うということなのだろう。"シルヴィオ"。この世界での、竜としての名前。今から自分は日本人の相馬銀次ではなく、竜の里"ヴァルハラ"のシルヴィオとして、この異世界で生きていくのだ。
これは、後に"蒼天竜"と称され竜達の王となる元人間の物語である。
( `・ω・´)銀次「ワクワクしてきた!」