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姫騎士と家族

本日2回目の投稿です。

 飯を食べ終わった後、食器を洗う必要があるので、シルフィナには先に風呂に入ってもらった。二人分の食器を洗うのにかかる時間なんて、たかが知れてるが。

 そう言えば、バスタオルの用意をしていなかった。脱衣所の上の棚に、籠ごと入れてるんだがシルフィナが知っているはずがない。出しに行ってやろう。

 リビングを出て右手すぐに脱衣所と風呂場がある。もっと言うとトイレもある。

 ラッキースケベが発生しないように、俺は細心の注意を払って行動に当たる。脱衣所に居るかどうか、 気配を探ってみる。……どうやら居ないようだ。これで一安心、かと思いきや。


「……グス、グス」


 鼻をすすっている音がする。急に風邪をひいたわけじゃないだろう。多分だが、泣いてたんだろうな。心当たりあるし。何度か暗い表情してたし、恐らくそれだろう。そんでもって暗い表情をする前は、決まって俺の発言を聞いた後だった気がする。何やらかしたんだ、俺は。

 ……割とすんなり思い出した。今思えば、随分デリカシーのない発言だった。元の世界に戻れない人間に対して、これから時間はたっぷりあるんだからな、だなんてどんな皮肉というかゲス発言だよ。俺のクソが。

 じゃあどうするか。謝るしかないだろう。いつするか? 少なくとも今じゃない。風呂場のドア越しに謝るなんて、失礼もいいところだろ。とりあえず、当初の目的を忘れてはいけない。泣いてた事には気が付かなかったフリをして、脱衣所の外から声をかける。


「おーい! 今いいか?」


「な、なんだ?」


「体を拭くものを出すのを忘れてた。ちょっと中に入るぞ」


「うむ」


 脱衣所の中に入って、お目当てのものを取り出し、磨りガラスのドアの前に置いてやる。


「ドアの前にバスタオル、置いておいたから」


「あ、ありがとう」


 お礼を背中で聞きながら、脱衣所を後にした。




 しばらくして、風呂からあがったシルフィナがリビングに入ってきた。シルフィナが自身で選んだ、淡いピンク色のパジャマを着ている。

 やはりというか、心なし目が赤い。


「風呂はどうだった?」


「ああ、気持ち良かった。ありがとう」


 湯上りの一杯に、俺は準備をしておいた物をシルフィナに差し出す。


「これは?」


「アイスココアだ。冷たくて甘くて美味いぞ」


 甘い、という言葉に惹かれたのか、早速とばかりにココアを口にしている。


「美味い……」


「だろ? 俺もたまに買って飲む」


 本題はそこじゃないが、会話の切り口としてはいいだろう。


「実はな、謝らなきゃならないことがある」


 シルフィナはキョトンとしている。謝られるような事をされただろうか、という顔だ。


「心当たりがないのだが」


「俺にはあるんだよ。……随分、気遣いのない発言をしてしまった、と言えば、何となく分かるんじゃないか?」


 そう言われて思い至ったのだろう。僅かに表情を曇らせる。


「フジクラに悪気がなかった事くらいは、私にもわかる。現に、今日だけでも、かなりの事を私の為にしてくれた。だから、気にしないでくれ。これでも、元の世界に戻れない事については、吹っ切ったつもりなんだ」


 笑みを浮かべているが、やっぱり、その顔はどことなく悲しげだ。八の字眉になってるぞ。急に異世界に連れてこられて、もう帰れないと告げられ、果てには二十代も後半の、自分で言うのも何だがやや威圧的な男と暮らせと言うのだ。俺なら悲嘆に暮れている可能性が高い。それを考えると、シルフィナのメンタルは大分強いと思う。


「……わかった」


 だから、俺には了承の意を示す返事しかできるはずもなく……なんてことはない。


「シルフィナ、家族とか、友達にもう会えなくて寂しいのは、何となくわかる。だから、俺たちは家族になるぞ」


「かっ家族……!?」


 家族と聞いてシルフィナの顔が赤く染まるが、違う、そうじゃない。プロポーズ的な意味合いはないぞ。


「俺は保護者で、お前は被扶養者だ」


 あかん。字面だけ見たら逆に家族から程遠い気がする。堅いぞ。シルフィナは逆に落ち着いたみたいだが、何が言いたいんだっけ、俺は。


「友達だって、この世界で沢山作ればいい。もう吹っ切ったって言うなら、それでもいい。だけど、その代わりに、この世界を楽しもうぜ」


 視線と視線が交差する。ここで逸らしたら、さっきの恥ずかしい台詞がなかった事になってしまう様な気がするから、意地でも逸らさない。


「……シルフィだ」


「え?」


 無言の時間がしばらく続くかと思いきや、シルフィナは唐突にそんなことを言ったのだった。


「元いた世界では、親しい者たちには、そう呼ばれていた」


 どうやら、家族になるっていう事は認めてもらえたらしい。内心、一安心だ。


「俺は玲、だな。玲って呼んでくれ。改めて、これからよろしく」


「こちらこそ、よろしく」


 そう言って、俺たちは握手した。異世界でも握手は共通なんだな。そんなことを思いながら。




 あの後、シルフィは大分疲れていたらしく、船を漕ぎ始めた為に部屋に連れて行った。しかし、俺の一日は、まだ終わらない。


「女神様、いますか?」


「はーい、どうしたんですか?」


 俺の呼び掛けに応じ、すぐに女神様は姿を現してくれた。


「さっきの、見てました?」


「うふふ。なんのことでしょう」


 やっぱり見てたらしい。黒歴史を第三者に見られてたって、恥ずか死ねる。


「まあ、それはいいです」


 それよりも、大事な話がある。その為に、女神様に来てもらったのだ。


「願い事を叶えてもらおうかと思いまして」


 女神様は優しく頷くと、俺に先を促した。


「確認なんですが、願い事を使ってシルフィを元の世界に戻すっていうのはできないんですか?」


「ええ。世界間の移動は気軽に行っていい事ではありませんので」


「願い事を2つ使っても?」


「申し訳ありません」


 頭を下げられてしまった。もしかしてと思ったが、やはり無理らしい。じゃあ、本来考えていた願い事を頼むか。


「じゃあ、月に一度、シルフィの家族に手紙を送りたいっていうのは可能ですか?」


 いきなりこっちの世界に来たんじゃあ、行方不明扱いになってそうだしな。捜索隊とか組まれてるかもしれん。公爵家だって言ってたから、金と権力にモノを言わせて大捜索ってことも有り得る。周りへの迷惑とか、金は大丈夫なのかとか、その辺の心配事を解消すべく事情の説明も兼ねて、シルフィから手紙を送らせたらいいんじゃないのかと俺は考えた。


「それなら大丈夫です。ついでに写真くらいなら合わせて送れますよ」


 俺の考えも、女神様にはお見通しらしい。シルフィの様子を、写真を撮って送れば家族も喜ぶんじゃないかとな。早速お子様ランチを頬張るシルフィの写真を送るとしよう。悪い笑みをしていると、女神様に微笑まれた。


「では、手紙の準備ができたら喚んでください。シルフィナのこと、これからもよろしくお願いします」


「もちろんです」


 女神様は再度、ぺこりとお辞儀をする。それに応えると、再度微笑み、その姿はかき消えた。

 明日、シルフィに良い報告ができそうで何よりだ。今日は枕を高くして眠れる。


 因みに翌日、手紙の事を話したら思いの外喜ばれた。近々、便箋と封筒を買ってやろうと思う。

この話で作中の1日が終わりです。

次の話もまったりいきます。

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