姫騎士と大人の味
ランチの後、ショッピングを再開した。と言っても、女性物の服のことなんて俺にはわからないので、シルフィナに似合いそうな系統の服屋を見つけたら、下着店と同様にその度に店員に丸投げをしていった。
ドレスを着ているせいか、試着に時間がかかることに気がついたので、途中からはウニクロでジャージを買って着させた。
「私はこのドレスに誇りを持っている。簡単に脱ぎ去るわけにはいかない」
なんてことを始めはキリッとした顔つきで言っていたのだが、物は試しで1度着てみろと着させたら、あっさりとドレスアーマーを脱ぎ去った。ジャージの緩さ、楽さの魅力に囚われたらしい。
誇りはジャージに負けたのだ。それにしても、顔の造りとかスタイルは良いもんだから、どこかのモデルみたいでジャージですら着こなしていた。羨ましいったらない。
そんなこんなで店を回る事数軒、ジャージ含め、一週間のローテーション分位の服があれば十分だろう。ってか、2人で分けて荷物を持っているが、これ以上は持ち難い。残りはまた今度だ。
マンションに辿り着いたら、既にいい時間になっていた。すぐに来客用の布団を取り込んでシルフィナの部屋に敷いた。
イヨンモールでの失態を繰り返さない様に、水道とか風呂の使い方とかを伝授していく。そういや、トイレに行った後は手を洗ったんだろうか。あの時は焦ってて、水道の使い方を教えてなかったぞ。
「なあ。イヨンモールでは水道は使えたか?」
直接的に、トイレの後ちゃんと手は洗ったか?なんて聞かない。シルフィナの事だから、顔を真っ赤にして俯いてしどろもどろになるに決まってる。だから、使えたかどうかを聞いた。細かい事だが、重要だ。
「ああ、他に使っている人の様子を見て、同じ様にやったら使えた」
「なるほどなぁ。そういや自動だったな、イヨンは」
「勝手に水が出てきてびっくりしたぞ」
どうやら、ちゃんと手は洗ったらしい。ホッとした。
風呂場ではシャンプーとリンス、ボディソープの使い方を説明した。シャワーとカランの切り替えも実演したし、水場関係はこれで問題がないはずだ。
改めて我が家のトイレの場所を伝えた後は、晩飯の準備だ。と言っても、これまで一人暮らしだったのだ。面倒だったのもあって調理は殆どせず、コンビニやスーパーの弁当で済ませていた。そのせいで冷蔵庫の中にはろくな食材がない。但し、冷凍庫には冷凍食品が幾つか入っていたので、米を炊いてレンチンして、今日の晩飯はやり過ごそうと思う。シルフィナもいることだし、これからはなるべく作るようにしよう。
決意も新たに炊飯釜に米を計り入れ、水でわっしゃわっしゃと研ぐ。炊飯器のスイッチをオンにして、後は炊けるのを待つだけだ。
不思議そうに一連の動作を見ていたシルフィナには、これで穀物を炊いていると説明した。
ご飯が炊けるのを待っている間に、シルフィナにはさっき買ってきた服に付いているタグを外させよう。
「さて、待っている間に買った服を片付けるぞ。服にタグっていう、こういうのがついてるから外すぞ」
「うむ、わかった」
「じゃあハサミ持ってくるからちょっと」
待ってろ、と言おうとしたら、ブチッと音がしたので振り返ったら、タグがついてる結束バンドの弱い版みたいなやつを素手で引き千切ってやがった。
「……普通は素手で引き千切らないぞ」
「なんでだ?」
「大抵の女の子は、そもそも千切れないからな。指痛くなるし。普通はハサミって道具を使う。……ほら、これだ」
ハサミを取り出して、使い方を実演する。
「この程度のものも引き千切れなくて、どうやってこの先、生き残るというのか」
実演した後も、そんなことをシルフィナはのたまう。
「いや、引き千切れなくても、この国では普通に生きていけるからな。そんなに危なくないから」
「そうなのか?」
「そういうもんだ」
シルフィナがいた世界は、どれだけ危険な世界だと言うんだろうか。聖剣がある位だし、やっぱり魔物とかいるんだろうか。
「うちの中では良いけど、外でそれやるなよ」
「わかった」
多分、引かれるからな。
シルフィナが洋服に付いてるタグをブチブチ千切ってる間に、俺は洗濯物を取り込んでいく。ワイシャツはハンガーのままクローゼットに放り込み、パンツとインナー、靴下を畳むだけだから、大して時間はかからなかった。
シルフィナの方も、すぐにタグを全て取り外し終わった様だ。タンスが家に着くまでしまう場所がないので、持って帰ってきた紙袋の中に入れさせる。
米が炊けるまで、少しの間暇ができた。冷蔵庫から缶コーヒーを取り出してグラスに注ぐ。コーヒーの良し悪しはわからないが、他の缶コーヒーと飲み比べてみて、気に入った商品だ。
「飲むか?」
「それは?」
「コーヒーっていう飲み物だ。苦味がある、大人の飲み物だ」
「ふむ。では頂こうか」
大人、という言葉に反応したんだろうな。異世界では成人したと言っていたからな。グラスをシルフィナの前に置いてやる。
「香りはいいな」
そう言いつつ、コーヒーを口につけると、明らかに苦味走った顔をしていた。まだ早かったか。
「美味いか?」
「ぅ……」
答えは分かりきっている。敢えて聞いてみたが、美味いとは言わず、固まってしまった。
そんなシルフィナに苦笑しつつ、牛乳とガムシロップ、マドラーをキッチンから持ってくる。
何も言わずにシルフィナのグラスに牛乳とガムシロップを注ぎ、マドラーでかき混ぜる。
「それは?」
まあ、当然の疑問だろう。
「まあ、飲んでみな。大人なら、何の問題もなく飲めるはずだからな」
でも、俺は疑問には答えずに、飲むことを勧める。
「うう……」
先ほどの、苦い味を思い出したんだろう。うめき声を出すが、やがて意を決して一口、口に含んだ。
「……美味しい」
「だろ? 大人だからな」
「あ、ああ! 大人だからな!」
そういう事にしておこう。
俺もグラスに口をつける。鼻を抜ける香りがやっぱり良い。