姫騎士と買い物
駅の改札口を抜けると、目の前に立ちはだかった巨大な建造物に、シルフィナは感嘆の声をあげた。
「何という大きさだ…。こ、これは、この国の王の居城か!?」
「いんや、ただの商業施設だよ。買い物に行くって言っただろ?ほら、行くぞ」
「これが店なのか…」
唖然としつつも、建物の中が気になるのか、シルフィナは大人しく付いてくる。イヨンモールの中に入った彼女は、中に入ると更に驚いたようだった。
「明るいし、きらきらしてる……それに綺麗な店がたくさん……」
驚きつつも、多種多様な店が段々と気になりだしたのだろう、徐々に口元が緩んできているのがわかった。めっちゃワクワクしてそうだ。こんな顔をしていると、やはり年相応というか、若い娘なんだなと思う。
「立ち止まってると、後ろの人に迷惑だぞ」
「うむ!」
シルフィナの足取りは非常に軽やかだ。見てる俺まで、何だか心がぴょんぴょんしてくる。
それはさて置き、荷物を持たない身軽なうちに家具を見に行こう。タンスに机、ベッドなんかはあった方がいいだろう。カーテンは以前に取り付けた物があるし、他は必要になった時でいいだろう。
家具なんかも置いてある有印良品へと向かうことにした。移動している間も、シルフィナは忙しなく視線を動かして店を観察している。
「色々と見て回りたいと思うけど、また後でな。何も今日だけで全部回らなくてもいいしな。これから時間はたっぷりあるんだから」
「……ああ、そうだな」
……なんか、一瞬、暗い表情をしたと思ったんだが気のせいだろうか。すぐに、先ほどまでと変わらない感じに戻ったのを見て、俺はあまり深く考えずに店へと移動した。
大して時間も掛からずに、俺たちは有印良品に着く。家具は置いてあるが、そこまで選択の余地はない。
イヨンモール内には、もっと女性が好きそうな、様々なおシャンティな家具屋なんかもあったりするが、そういう店に入るのは抵抗があるし、そもそもいい値段がするから知らなかった事にする。
俺は手早く家具を選んでいくが、シルフィナには特に文句はないらしい。
女の子だから、家具のデザインであーだこーだ言ってくるかと思って身構えていたから拍子抜けした。買ってもらう立場だから、遠慮でもしてるのかも知れないな。
店内を巡っていると、シルフィナが急に立ち止まった。
「どうした?」
「あれは何だ?」
シルフィナが指差す先を見てみると、そこには丸くて大きいクッションが置いてあった。
「ああ、あれな。確か、『人を堕落させるクッション』だっけか」
「だ、堕落だと?そ、それは大丈夫なのか?呪われていないのか?」
「そんな危険な物じゃない。座り心地が良すぎて、離れたくなくなるって意味合いだからな。むしろ祝福されている」
展示品だが、実際に座ることもできる。俺は試しに腰掛けてみることにした。
おおっ、意外と身体が沈み込む。そしてこのフィット感。あ、これはいいな……。腰掛けるどころか、俺は完全に身体を預けた。
「ふいぃ〜。あー、これは良いものだ」
俺は堕落した。
シルフィナも恐る恐るとだが、俺にならって腰掛けた。
「お、おお……。これは、素晴らしく素晴らしいな……」
シルフィナも気に入ったらしいな。良い感じに堕落して、日本語が崩壊している。
「これは買いだな……」
俺用とシルフィナ用の2つ購入することにした。
あまりに座り心地がよくて、クッションから離れ難く大分長居をしてしまった。
レジに購入する家具カードを持って行き、さっさと会計を済ませる。
「あんな上質なクッションには座った事がなかったぞ。かなり高いんじゃないのか?」
「大丈夫だ。俺には魔法のカードがある」
「魔法だと!?」
「そうだ。このカードを持って『ボーナス・イッカツバライ』の呪文を唱えれば問題はない」
但し、ダメージは忘れた頃に明細と共にやってくる。
「よくわからんが、問題がないならいい。ありがとう」
「おう」
俺はクレジットカードをレジの人に渡すとボーナス払いの呪文を唱え、ついでに家具は後日配送をお願いした。
有印良品を出て、次は服屋と下着屋か、と少し歩いた所で問題が発生した。
シルフィナがもじもじしている。
ドレスアーマー越しでもわかるくらいに内股を擦り合わせてもじもじしている。
大体の予想はつくが、念の為、確認してみることにした。違ったらシルフィナに恥をかかせることになりかねないからな。
「どうした?」
「う、む。その、だな……」
歯切れが悪い。もうこれは確実にアレだろう。用を足したり、お花を摘みに行くアレだ。
「あー、トイレならあっちに……」
ある、と言おうとした所で、更に問題点を発見した。
シルフィナの世界って、水洗トイレってあるのか?答えは恐らく否。もしかしたら用の足し方くらいはわかるかも知れないが、その後が問題だろう。
最悪、後に入室した方に流してもらう事になるが、それはシルフィナが可哀想だ。
俺は素早くズボンのポケットからスマートフォンを取り出し、音声検索機能を起動する。今日は休日で、非常に女子トイレが混む。時間がない。周囲の目を気にすることなく俺は叫んだ。
「トイレ!画像!」
「トイレ、画像の検索結果を表示します」
機械音声の後に、ポーンと子気味が良い音がして、検索結果が画面に表示された。
シルフィナはもじもじしながら、不思議そうに俺を見ていた。ついでに言うと、周りの人たちも俺を見ていたが、今の俺には関係ない。
シルフィナにトイレの画像群を見せて、トイレの使用方法を可及的速やかに教授しなければならないのだ。
「いいか、個室に入ったらまず鍵を閉めろ。それで、この画像のこの部分、フタを開けるんだ」
シルフィナもかなり切羽詰ってきたようで、真剣な表情で画像を見て頷いている。なんせ、日本に来てからまだ1回もトイレに行っていない。完璧に俺の失態だ。家でトイレトレーニングしてから出掛けるべきだった。赤ちゃんか。
「そしたらここの部分に座れ。後はわかるな?」
シルフィナは必死にコクコクと頷いている。
「その後は、この四角い箱のような横の、銀色の部分を奥でも手前でもいい。捻るんだ。水が洗い流してくれる。じゃあ行ってこい!あ、ちゃんと順番に並べよ!」
シルフィナは急いでトイレに向かったが、女子トイレには短いながらも列ができていた。涙目である。頑張れ。
シルフィナを見送った後、さして混んでいない男子トイレに俺も用を足しに行った。シルフィナに何故か恨みがましい目で見られた様な気がするが、気のせいだろう。
因みにシルフィナの尊厳はギリギリ保たれた。
ちょっとお下品ですみません。