姫騎士と横断歩道
「これはすごいな……」
シルフィナは、アスファルトで舗装された道を見て、感嘆の声をあげているが、家を出る際に一悶着あって俺は正直疲れた。
何しろ、ドレスアーマーを着込んだまま、あろうことか腰に聖剣を携えて外に出ようとしたからだ。そんなことしたら、お巡りさんに捕まってしまう。
何とか説得をして剣は家に置いてきたが、ドレスアーマーは着たままだ。こればかりは譲れないと言う。
こんな二次元の世界から飛び出してきたような格好だ。好奇の視線を浴びせまくられるに決まってるし、そんな派手な格好の人間の隣を歩きたくなかった俺は、これまた必死に説得を繰り返して俺のジャージを着させようとしたが、失敗に終わったのだった。
女神様のアフターケアで、ドレスアーマーも普通の服と認識されるようにしてもらったみたいだが、俺には相変わらず派手な格好に見えるので、騙されてるような気がしている。
そんな事を考えながら歩き始めると、シルフィナも俺の横に付いて歩いた。それが車道側だったので、場所を代わると不思議そうな顔をされた。
程なくして、横断歩道に差し掛かった。
「さっきも教えた、この足下の縞模様が横断歩道な」
「うむ、車の道を歩行者が通っていい場所の目印だな」
「そうそう。それで、あそこの人の絵が描かれてる、青い方が光ったら渡っていいい」
「今は赤が光ってるな」
「ああ、ちょっと待てば変わるから」
「あれは何で光ってるんだ?魔法具か?」
「いや、ありゃ電気で光ってる」
「でんき?」
「そのうち分かる」
魔法具ってなんだ、と思いつつもスルーしてシルフィナの質問に答えていると、横断歩道の向かいに3歳くらいの幼児を連れた母親の姿があった。
青い方の人の絵が光り、母親は幼児と手を繋いで横断歩道を渡っている。大変微笑ましい光景だ。
それを見て、俺は良いことを思いついた。
「フジクラ?どうした?」
青になっても横断歩道を渡らない俺を見て、シルフィナは怪訝そうに声をかけてきた。
「あれを見てくれ」
俺の視線の先を辿り、シルフィナは答える。
「幼子と母親か?」
「そう。幼子の方なんだが、手をあげているだろ?」
「確かに。あれはどういった意味があるんだ?」
「あれはな、私は横断歩道初心者ですよっていう合図だ」
もちろん、そんな意図はない。はずだ。
「ほう……」
何がほう……なんだか。だが俺は続ける。
「合図でもあるが、横断歩道を渡る初心者の義務でもあるのだ。そして、俺が言いたいのはつまり……」
「初めて渡る私も、その対象であるということだな」
「そういうことだ。じゃ、行くぞ」
質問に答えるよりも、こう言う作り話をする方がやる気が出る俺は、正直どうかしてると思う。
歩き出す俺の横を、すごく良い姿勢で片手をピンとあげながらシルフィナは歩き始めた。まるで選手宣誓しながら歩いているようである。少し恥ずかしい。
「ままー。あのおねーちゃんもてをあげてる」
「ふふ、そうね」
前から歩いてくる母と子は、そんなシルフィナを見て微笑んでいる。
赤信号で停まっている車の運転手の目も、どこか生暖かい。
ドレスアーマーも、どうやら普通の服として認識しているみたいで、変な目で見られることもなく一安心だ。
やがて、横断歩道を渡り終えるとシルフィナは手を下ろして普通に歩き始めた。
「ふう、どうだった?」
シルフィナは、どこかやり遂げた感がある。
「完璧だ」
とりあえず俺は褒めておいた。
「ちなみに、何で手をあげるんだ?」
「横断歩道初心者ってのは、基本子供だからな。子供は小さいから、運転席から見えにくい。見えにくいと、気付かずに轢かれる可能性もあって危険だからな。今、横断歩道を渡ってますよってアピールだな」
「なるほどな。それと、どうやったら初心者を卒業できる?」
「それはな、保護者が認定するんだよ。この子なら、もう手をあげなくても大丈夫って思った時にな。認定のタイミングは様々だ。一定の歳を迎えたらとか」
ちょっと調子が乗ってきたのか、呼吸するかのようにいい加減な言葉がスラスラと出てくる。要は保護者のさじ加減次第なのだ。第三者がこれを聞いていたら、どう思うだろうか。
「じゃあ、私も認定されるように努めよう」
そう言うと、シルフィナは何やら決意を新たにしていた。
ネタバレした時がちょっと楽しみでもあり、怖くもある。まあ、その時はその時だ。
「横断歩道初心者を卒業したら、特別に免状を作ってやるよ。第1種横断歩道歩行免許だな。これを持ってるやつは少ないぞ」
「本当か!?」
そんな俺の言葉にシルフィナはすごく目を輝かせている。
俺も横断歩道じゃないが、父親から色んな冗談を間に受けたもんだ。今では、それらは話の良いタネになっている。
そんな話のタネに、今回の横断歩道もなるといいが。
その後、横断歩道を渡る別の幼児が手をあげずにいたのを見たシルフィナは驚愕し、ますます初心者卒業に邁進したとかしないとか。
しばし歩いて駅までたどり着いた俺たちは、電車に乗って二駅先のイヨンモールへと向かうのだった。が、電車を見たシルフィナが大興奮して、俺は更に疲れたのだった。男の子かよ。
作者は、ちょっと仕事に行ってくるね!とか言われたりしました。お土産のお菓子とか、嬉しかったものです。