姫騎士と入学
朝、シルフィと二人並んで、駅からの道を歩く。俺はグレーのスーツで、シルフィは紺色のブレザーにチェック柄のスカートといった出で立ちだ。
何を隠そう、今日はシルフィの初登校日なのである。
登校するにはまだ少し早い時間ではあるが、ちらほらと同じ制服を着た高校生を見かける。
別段急いではいないが、スタコラと歩いて抜いていくと、通り過ぎざま、みんなシルフィを見てくる。気持ちは分かる。うちのシルフィは、なんやかんや美少女だからな。
「あんな可愛い子、うちの学校にいたっけ」なんて声も聞こえてくる。鼻が高い。ご近所でも美少女と噂に名高いからな。恐らく異世界でも同様の扱いを受けていた当人は、全く意に介していない様子だが。
表情には出さずに内心でほくそ笑みまくっていたら、いつの間にか正門までたどり着いた。
S県立桜田高等学校。今日からシルフィが通うことになる学校だ。因みにシルフィは2学年からの転入学となる。ほんの数ヶ月で、高校の2学年にあたる学力を身に付けたシルフィには脱帽だ。
「うむ、着いたな」
正門から見える校舎を眺め、感慨深げにそう呟いていた。
スマートフォンの時計を見ると、七時五十五分を示していた。まだ時間には余裕がある。
「よっし。じゃあ記念撮影だ」
「記念撮影?」
「ああ。高校に入学する時って、みんな入学式をするもんだ。だけど、途中から入学するシルフィには、入学式はないからな。せめてもの記念だ」
「そうか。……ありがとう」
シルフィはお礼とともに、ニコリと微笑む。その微笑みを見た何人かの男子生徒が動きを止めていたが、この微笑みは俺に向けられたものだからな。勘違いするなよと言いたい。
「そういうことなら……そこの君。ちょっと写真を撮ってくれないか?」
そう言いながら近くを通った女子を呼び止め、シルフィは自分のスマートフォンを渡した。
「写真なら俺が撮るぞ?」
俺自身もスマートフォンを取り出して伝えるが、首を横に振られてしまう。
「いや、記念だからこそ二人で写りたい。いいだろう?」
そういう事なら俺に否やはない。というか、俺のスマートフォンでも撮ってもらおう。カメラのアプリを起動する。
「ごめん、俺のスマフォもお願いしていい?」
「あ、はい」
承諾を得て、俺もスマートフォンを渡す。シルフィは有無を言わさずだったが。
シルフィと二人で正門脇に立ち、シャッターが切られるのを待つ。
数人の生徒がいたが、みんなわざわざ正門を通らずに待っていてくれる。さすが、空気を読める日本人である。その代わり、物珍しげに見られたが。
「いきまーす。はい、チーズ」
カシャリというシャッター音が鳴る。続けて、俺のスマートフォンでの写真撮影が行われた。
女子生徒にお礼を告げ、スマートフォンを受け取り写真を確認する。
シルフィは騎士然とした、凛々しい雰囲気で写っている。相変わらず、素でいる時以外は整っている。けど、入学式代わりだから、とりすました感じでも問題ないだろう。
「良く撮れているな」
「そうだな。シルフィの親父さん達に、この写真送ろうな」
「もちろん、そのつもりだ」
少しずつ、登校する生徒が増えてきた。写真確認も程々に、俺たちは職員玄関を通って事務室へと向かい、担任の先生に連絡をとってもらった。
二人で応接室に通され、ホームルームまでの時間をつぶす事になった。
ヤバい、俺が緊張してきた。シルフィに友達ができるだろうか。いや、それよりもクラスで浮かないだろうか。六月も半ばの中途半端な時期である。それを理由にイジメられたりしないだろうか。こいつならイジメてきた奴を問答無用でしばき倒しそうではあるが。
隣のシルフィは、これからの出来事に思いを馳せているのだろう、ニコニコワクワクしている。
悶々としていたら、時間がきたのだろう。担任の先生がシルフィを迎えに来た。
「それじゃ、教室に向かいますよ」
「うむ、いや、はい」
担任の呼び掛けに応じて、シルフィが立ち上がる。いつもの返事をしていたが、辛うじて訂正の返事をした。この辺、俺が口酸っぱく言って直させた部分である。
「先生、シルフィナをよろしくお願いいたします」
俺は担任の先生に頭を下げる。次いで、シルフィにも簡便だが激励を送る。
「シルフィ、頑張れよ。楽しんでこい」
「ああ!」
応接室からシルフィと担任の先生を見送り、俺も事務室へと向かう。色々と支払うものがあるのだ。入学料とか、PTA会費とか後援会費とか積立金とかな。
分かっちゃいたけど、高え。積立金、修学旅行とか行くのに使うもんね。是非楽しんできてもらいたいから、惜しくはない。が、酒を飲む回数を減らさねば。
払うものは払ったら、後にする事は決まっている。俺はスマートフォンを手に取った。
「あ、総務課の藤倉です。今日、午前だけの休みでしたが、一日に変更でお願いします」
絶対に仕事が手につかないので、休みを取った。後は、家でシルフィの帰りを待つだけである。
「ただいまー」
「おあ、おかえりー!」
待ちきれずに変な声が出てしまったが、ご愛嬌というものだろう。ついでに、心配で心配で昼から酒も飲んでしまったが、今日ばかりはいいよね、うん。
「レイ、酒臭いぞ」
シルフィに顔をしかめられてしまったが、瑣末なことだ。
「たまの休みだし、いいじゃんか。それよりどうだった?」
シルフィのために、ガムシロップと牛乳入りのコーヒーを準備して渡す。ぶっちゃけ、シルフィの顔は笑顔でニッコニコしてたので、悪い報告があるとは思えないので安心はしている。
勿体ぶって一口コーヒー牛乳をすすると、ドヤ顔で報告をしてきた。
「ふふん、聞いて驚け! 友達ができたぞ! それも二人だぞ!」
「マジかよ!」
年甲斐もなく俺ははしゃいでしまっていた。いや、来日してからの初めての友達だから、そりゃ俺も嬉しくなりますって。
「大マジだ。マイとサヤカっていうんだ」
「おおおおお! これはあれか、ご挨拶を兼ねて菓子折り持って行った方がいいか?」
お袋が俺に友達できた時ってどうしてたんだろ。後で電話して聞いてみよう。
「それなら今度家に呼んでいいか? そこで存分にもてなせばいいだろう」
「もちろんオッケーだ。お前賢いな」
「ふふん」
こうしてシルフィと俺の、お友達歓迎パーティーの計画が練りに練られた訳だが、お袋に確認の電話をした段階でそれがへし折られた。
お袋曰く、「玲に友達ができたからといって、別にどうもしなかった」と。
そりゃそーか。
計画は普通にもてなす方向にシフトした。




