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姫騎士とホラー

今回、微ホラーにつき、苦手な人はご注意下さい。

そんなに、と言いますか、多分怖くないと思いますが。

 金曜日の夜。明日は仕事が休みなので、シルフィから贈られた酒をストレートでちびりちびりと飲んでいる。隣ではシルフィがデザートと言って、テレビを観ながら一口バウムクーヘンを幸せそうにもふもふ食っている。


『怨、この後すぐ』


 そんな中、21時から始まる映画の短い予告が始まった。今日は、この夏に公開予定の、シリーズ化された映画の第1作目が流されるらしい。隔週くらいで放映して、最新作に話題性を持たせるんだろう。画面では、出演者の女性が悲鳴を上げているシーンが映っていた。


「怨、か。どんな内容なんだ?」


「ホラーだな。こう、幽霊とか、そんな感じの? 怖いようなやつ」


「ふーん」


「なんだ、意外と平気そうだな」


 てっきり心霊関連とか、そういった怖いものは苦手だとばかり思ってた。いや、勝手なイメージなんだけど。


「私は騎士で聖剣の所持者だからな。不死者の相手なんかも、もちろんする。今更怖がる様なものでもない」


 そう自信満々に、シルフィは言い放った。しかし、日本のホラーは結構怖いって何処かで聞いた事あるしなぁ。けど、そこまで言うんだったら、本当に大丈夫なんだろうな。


「慣れてるんだな。まあ、怖いと思ったら番組変えればいいから」


「私は平気だ」


 そんなこんなで話していたら、ちょうど時間になったらしい。怨が始まった。

 イスに座ってるのも疲れたし、俺は人を堕落させるクッションへと移動して、だらんと寝そべる。あー、今度小さなローテーブル買おう。酒飲みながら寝そべられるし。

 導入部は、日常を描いている内容で全然怖くない。つーか見た事あるから、内容はある程度覚えてるんだよな。

 イスに座ってるシルフィに視線を向けると、真剣に画面を観ていた。声を掛けて邪魔をするのも悪いので、俺も画面へと視線を戻すんだが……酒が入った影響か、何だか眠くなってきた。まだまだ序盤だし、ちょっと寝たら起きて続きを…………。





「……イ。レイ、起きてくれ」


「ん……」


 体を揺すられる感覚で、段々と意識が浮上してきた。確か、テレビで映画を観てたんだよな。時計を見ると、既に終わっている時間だった。何か勿体無い事した。


「あー。もうこんな時間か。歯、磨いて寝るか」


 凝った体を解すべく、立ち上がって伸びをする。そんな俺に、シルフィはおずおずと話しかけてきた。


「な、なあ」


「ん?」


「き、今日は一緒に寝ないか?」


「はあ?」


 何を急に言いだすのか。俺は保護者で、シルフィは被扶養者だ。間違いが起こる事は決してないが、年頃の女の子が言っていいセリフでは決してないぞ。


「何言ってんだ。いつも別々だろうが。俺はもう歯磨いて寝る。シルフィもさっさと風呂入ってこい」


 俺は先に入ったのだが、今日はまだ、シルフィは風呂に入っていなかった。


「……今日はやめとく」


「いやいや、汗かいたりしてばっちぃだろ。入ってこい」


「や、やだ」


「はぁ? 何か変だぞ、お前。一体どうした?」


 今日のシルフィは、何だかおかしい。いや、普段のこいつがおかしくないかと言ったら、そこはまあ、あれなんだけど。とにかく何か、しおらしい感じがする。


「だ、だって……こ、怖いし」


「あ? ……あー」


 寝起きで頭の働きがちょっと鈍くなっていたが、ようやく繋がった。要はホラー映画を観て、怖くなってしまったという事か。


「大丈夫だよ。あれは作り話だから」


「い、いやだ! 鏡に人が映っていたらどうするんだ!」


「ないから安心しろ」


 その時、タイミング悪く、パキッと音が鳴った。音に驚いたシルフィは、飛び上がり俺にしがみついてくる。


「ひっ!? ほら、ほらぁ! い、今の! ラップ音って言うんだぞ! 幽霊がいる所で鳴るんだぞ!」


「いやいや。建物の躯体が膨張かなんかして鳴っただけだろ。本当に大丈夫だから、さっさと風呂入ってこいって」


 埒があかないのでシルフィの背中を押すも、頑として動かない。つーか動かさせない。また魔法を使いやがったか。


「や、やだっ! 頼む! 後生だから!」


 映画を観る前の、あの勇敢な姫騎士さんは一体どこに行ってしまったのだろうか。完璧に涙目である。流石に可哀想になってきた。


「……明日の朝、ちゃんと風呂に入るか?」


 シルフィの顔が目に見えて明るくなった。どれだけ怖かったというのか。


「うん、うん!」


「じゃあ歯磨いて寝るぞ」


「うん!」


 安堵した顔で、ブンブンと頭を振って応える。喋り方が幼くなっているのに、シルフィは気が付いているんだろうか。騎士の誇りうんぬんを傷つけるのも何なので、そこは突っ込まないでいてやるが。


「あの映画、そんなに怖かったか?」


「こ、怖くなんてなかった」


 シルフィは視線を逸らしながら、そんな事を宣った。いやいや、さっき怖いって言ってたろ。


「……本当に?」


「……実はちょっと、いや、かなり……。……あの映画は卑怯だ。あんなの絶対怖くなるに決まってる」


 本物の不死者と触れあったシルフィがこれだけ言うって事は、よっぽど怖かったらしい。日本のホラー映画、半端ない。

 狭い洗面台に二人並んで歯を磨き、寝る前にいざトイレと思ったら、「一人にしないでくれ!」と泣くシルフィと一悶着があったが、なんとか宥めて用を足すことができた。……一緒に寝るという条件を取り付けられてしまったが。

 リビングにあるテーブルを隅に寄せ、部屋から持ってきた布団を並べる。こうやって誰かと布団を並べて寝るのは、いつ以来だろうか。


「んじゃ、電気消すからな」


「う、うむ」


 スイッチを押してリビングの照明を落とし、布団へと潜り込む。すると、隣にいるシルフィが手を伸ばし、俺の布団をポンポンと叩いてきた。


「なんだ?」


「手、繋いでくれないか?」


「はいはい」


 要求されるがままに、俺は手を差し出す。すかさず手を握ってくるシルフィに、苦笑してしまう。

 距離が少し離れており体勢が辛いので、体をちょっと寄せる。ふと、昔の事を思い出した。


「俺も小さい頃、怖い夢を見た時にこうやってお袋と手を繋いで寝たっけな」


「そうなのか? 意外だな」


「意外?」


「うむ、レイは意地悪だし、図太そうだしで、そういうのは想像がつかない」


「そうか、そんなに俺の怖い話が聞きたいか。それはある雨が降る日のことです」


「ごめんなさい嘘です!」


「遠慮しなくていいぞー」


 そんなとぼけたやり取りをしていると、次第にシルフィがうつらうつらし始めた。怖くて眠れず朝までお話しコースは、体力的に辛いものがあるからな。

 寝息を立てた様子を確認して、俺もほっとひと息つく。これで、やっと眠れる……。






『うふふ』


 唐突に聞こえた笑い声に、またしても意識が急浮上する。思わず体を起こすが、隣でシルフィが寝ているだけだ。既に手は離れている。


「シルフィの寝言か……」


『うふふ』


 再び声が聞こえた時、ちょうどシルフィの顔を見ていたが、口が動いていなかった。寝息をたてているだけだ。

 いつの間に腹話術を体得したというんだろうか、この姫騎士は。

 現実逃避もそこそこに、急いで布団をひっかぶる。いやいや、何、今の声。あ、きっとこれは夢だ。明晰夢なんだ。早く眠りに戻らなければ。

 現実逃避、再び。布団をかぶってガタガタ震えていたら、ピンポーン、とインターホンの音がした。

 夜ですよ、近所迷惑ですやめてくださいぃぃ! 俺は絶対出ないからな!

 マジでなんなの。金曜映画ショーをちゃんと観なかったから、呪われたとでもいうんだろうか。来週はちゃんと観るんでご勘弁頂けませんかねぇ。

 現実逃避しまくっていたら、今度はリビングの窓がバンバン叩かれ始めた。

 布団の隙間から恐る恐る覗いてみると、窓には無数の手が。これ、もうシルフィさんに聖剣抜いてもらった方がいいのかなぁ。

 シルフィには悪いけど、叩き起こしてこいつらってもらうか。恐怖が一周回って冷静になってきた。

 そんな事を考えていたら、被っていた布団がするすると剥がされていく。剥がされた先にいたのは。


「あー、女神様」


「ごめんなさい、私でした〜」


 女神様、実はこっそりと先ほどの映画を観ていたらしい。それで、いたずら心が働いてしまったと。いたずらのクオリティが高すぎるんですが。


「けど、あまり怖がっていませんでしたね」


「いざとなったら、シルフィに暴れてもらおうかと。それに、始めの笑い声には肝が冷やされましたよ」


「え?」


 女神様に不思議そうな顔をされた。なんだろう、嫌な予感がする。


「私がしたのは、インターホンと窓に手を打ち付けるやつだけですけど」


 女神様は何もない空間を指差すと、更に告げた。


「それは、あそこにいるコがしたみたいですね」


 ……ないわー。マジでないわー。


「シルフィナちゃんとレイさんが微笑ましくて、声が出ちゃったそうです。悪いコではないですね」


 居ると分かっただけでも怖いっちゅーねん。シルフィの手をむんずと掴んで、俺は布団を被って寝た。

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