姫騎士とスマートフォン
「シルフィ」
「……」
「シルフィー」
「……」
今日も今日とて、シルフィは仮面バイカーにご執心である。何回繰り返し観てるんだか分からないくらい、観まくっている。流石に返事もしないシルフィにカチンときたので、俺は問答無用でテレビの電源をリモコンでオフにした。
「あ!? 何をする!」
「呼んでも返事をしない、お前が悪い」
「? 呼んでたのか?」
「もしかして聞こえなかったのか?」
「全然」
驚愕の集中力である。この集中力があればこそ、短期間で学力が劇的に向上したのかもしれない。まあ、話を聞いてくれる体勢になったので良しとしよう。
「今日はシルフィに渡すものがある」
「またか?」
シルフィは何やら呆れ顔だが、また、と言われるほど頻繁に物を与えていただろうか。……与えてたな。ベルトにお小遣いに財布にと、割と短い間に。
でも仕方ない。この間、シルフィの買い物を追跡した際に、いざという時にあれば便利だと思ったのだ。必要な物品であるから、決して甘やかしている訳ではない。
それに、シルフィは呆れ顔だが期待感も透けて見えてる。
「そう言うなって。今日はこれをやろうと思ってな」
俺は自分のポケットから、スマートフォンを取り出した。それをシルフィに直接手渡してやる。
「スマートフォン? これはレイの物ではないのか?」
「そっちは新しくシルフィに買ったやつだ。俺のはこっち」
そう。シルフィに手渡したのは、俺のスマートフォンと同機種で、更には同色の物だった。わざわざ同じ機種にしたのは、俺が使い方を教えやすいからであり、新古品で見つけたのが、偶然同じ色の白だっただけだ。
「しかし、本当に良いのか? 最近、色々と貰ってばかりなのだが」
「気にすんな。必要だと思って色々と買ってるだけだからな」
シルフィが買い物に一人で行った際も、何かしらの連絡手段があれば、俺もあそこまで心配はしなかった、多分。これから、緊急で連絡をとる必要が出てくるかもしれないからな。その備えだ。
「それにシルフィくらいの年頃の子は大体持ってるぞ、それ」
「む、そうなのか? ふーむ」
「ともかく、使い方を今から教えるから」
「ああ、頼む」
そうして、俺は自分のスマートフォンを使いながら、使用方法をレクチャーしていく。同じのが2台あると、教えるのも楽でいいな。
「画面右上のパーセンテージがバッテリー、電池の残量だ。左上が電波の受信状況を表してる」
「この電波がある場所なら、調べ物ができたりするわけだな?」
「そうそう。後は電話な」
「でんわ?」
シルフィはくいっと首を傾げた。あれ、電話、わからないのか? そう言えば、シルフィの前ではスマートフォンを使って電話をしてない気がする。基本、友達とはメッセージアプリを使って連絡をとってるからな……。
「ちょっと実演してみるか」
自分のスマートフォンに既に登録していた、シルフィの電話番号をタップする。
「わっ!? 音が出た!」
程なくして、シルフィのスマートフォンから着信音が鳴り響いた。
「画面の応答って書かれた場所を指でタッチして」
「こ、こうか」
シルフィがキチンとタップした事を確認し、俺はスマートフォンを耳に押し当てる。そんな俺の様子を見て、見よう見まねでシルフィも耳に当てる。
「もしもし」
「おおっ! スマートフォンからレイの声がしたぞ!」
「電話は離れた場所にいる人とも話せるんだ。こんな感じでな」
そう言って、俺は自室に入る。
「聞こえるだろ?」
『本当だ……。便利なものだな』
「ああ。何かあった時は、こうやって連絡を取り合える。んじゃ一旦切るぞ」
スマートフォンの通話を切って、俺はリビングへと戻る。シルフィは不思議そうにスマートフォンを観察していた。
「なあレイ。私のスマートフォンでも、写真は撮れるんだよな?」
「ああ、撮れるぞ」
「なら、私も写真を撮ってみたい。私も、自分で撮った写真を父上達に送りたいのだ」
これまでは、俺がスマートフォンで撮った写真を、ネットの印刷宅配サービスで現像していたのだ。それをシルフィの手紙に同封していたのだが、俺の独断と偏見で選んだ写真ばかりに、実は不満だったのかもしれない。お子様ランチの写真とか、面白い系で選んでたからな。
別に否やはないので、写真アプリを立ち上げ、撮影方法を教えてやった。
「画面の下の方の丸い部分をタッチすれば、写真が撮れるぞ」
「こう、か」
俺がシルフィに普段しているように、しっかりとカメラのレンズ部分をこちらへと向けてくる。って俺を撮るつもりか。恐らく長押ししたのだろう、シャッター音が連続して鳴り響いた。
「できた! 写真はどうやって見るのだ?」
「画面の下辺りに、さっき撮った写真のサムネイルがあるはずだ」
「これか……。おお、見れた」
ドヤ顔で、俺の間抜けた顔が写った画面を見せてくる。自分の顔をマジマジ見る趣味はないから、さっさとどけて欲しい。一頻り見せて満足したシルフィは、また俺の顔が写った画像を見始めた。何が楽しいんだか。
「なんだ、このマークは」
シルフィはしばらく写真管理アプリの画像を見てニコニコしていたが、やがて一つのマークに気が付いた。気になったシルフィは、そのマークをあろうことかタップした。それはゴミ箱のマークである。……やっべ。
「画像を削除しますか、だと?」
シルフィがとんでもない形相でこちらを睨んでくる。
と言うのもシルフィには、一度撮った写真は消せないと嘘を吐いていたからである。その嘘でもってシルフィの面白画像を残してきたのだが、それももう今日でお終いのようだ。
「今すぐ、消せ」
「はい」
あまりにもおっかないので、つい敬語が出てきてしまった。シルフィ監視のもと、俺はシルフィ面白画像集フォルダをまるっと削除させられた。無念。
何て事もなく、写真データはパソコンに既にバックアップ済みだったので、被害は無いも同然だった。まだまだ甘いな。




