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姫騎士とベルト

 静かなリビングに、カリカリとペンを走らせる音がする。

 そんな中、俺は出来るだけ音を出さないように、スマートフォンで暇つぶしをしていた。何故音を出さないようにしているのかというと、シルフィが試験問題を解いているからである。インターネットで公開していた県内公立高校の入試問題を、俺がプリントアウトした物である。

 こんな事をしている理由はもちろんあって、いずれシルフィを高校に入れてやりたいと考えているからである。とりあえず、今現在のシルフィの学力を知っておきたいのもあって、入試問題を解かせているわけだ。


「出来たぞ」


 シルフィはいつの間にかペンを置いて、終了を宣言した。実際の試験と同様に時間を設定しているのだが、スマートフォンのアラーム機能を見ても、まだ随分と余裕がある。


「見直しは?」


「済んだぞ」


「それじゃ採点するぞ」


 俺は、一枚の解答用紙をシルフィから受け取った。

 実は、今終わった試験問題が最後の科目なのだが、他の既に終えている科目については採点を済ませてある。その結果なのだが、すこぶる良い。正答率は九割を超えている。きっと、この科目についても同様だろう。

 赤ペンを手に取り採点をしていく俺を、シルフィも何となく眺めている。結局、今回の科目の結果も非常に良かった。


「この短期間で、良くここまで身についたな」


「ストラシア家の一員として、当然だな」


 そこは「騎士として当然」じゃないんだな。

 しかし、運動神経が良くて頭脳も優秀。公爵家だけあって、血が優秀なんだろうか。や、本人の努力によるところも大きいんだろうけど。

 こんな事を考えていても仕方がないし、勉強を頑張ったシルフィにご褒美をあげよう。


「何にせよ、頑張ったシルフィに良いものやろう。ちょっと待ってな」


「何だ? もしやバウムクーヘンか!?」


「違うぞ」


「えええ〜……」


 バウムクーヘンじゃないと告げるや、あからさまにがっかりしている。多分、というか絶対気に入ると思うんだが。

 リビングを出て自室に向かい、ラッピングしてある箱を手に取る。すぐにリビングに戻ったのだが、シルフィはテーブルに顎を載せ、だらけた姿勢で半眼になってこちらを睨んできた。バウムクーヘンじゃなかったから、その抗議の様だ。そんな事は気にせずに、目の前にラッピングされた箱を置いてやる。


「? これは?」


「良いものだよ。いいから開けてみ」


 シルフィはイマイチ俺の事が信用出来ないみたいだ。いつも真摯に接しているというのに、訝しげな目で見られてしまって甚だ遺憾である。

 鈍い動きでラッピングをむしって破り始めたシルフィだが、中の箱を見て一気に目付きが変わった。ラッピングを破る手付きもどこか荒々しくも繊細になった。

 破り終えた先、そこにあった物は。


「か、仮面バイカーBUSHIDOベルト……!」


 恭しく箱を掲げながら、まるで確かめるかの様に言葉に出した。ついで、大事そうに箱を置き、皺一つも入れないぞと言わんばかりに、それを開ける。

 シルフィは中からベルトを取り出すと、いそいそと腰に回した。バックル部分がカチンと音を立て、しっかりと固定がされる。

 もうそれだけで、シルフィは感動に打ち震えていた。どんだけ好きなんだよ。

 よく見たら、ベルトの正面に家紋の様なエンブレムがあり、そこに絶縁体があったため引き抜く。


「シルフィ、ちょっとここ押してみ」


「こ、ここか?」


 エンブレム脇にはボタンが付いており、それをシルフィが押した。すると、


『変身ッ!』


 仮面バイカーの主人公であるムサシの声と共に、金打の音が鳴り響いた。そして、家紋がギュイイイイインと、音と光を発しながら回転し始める。

 それを見たシルフィは感極まった様だ。


「これは……良いものだ」


「喜んでもらえた様で良かったよ」


「約束、覚えていたのか」


「勉強を頑張ったご褒美に買うってやつだろ?」


 そう、いつだったかレトルトカレーを食べた時に、俺はこいつと約束させられたのだ。シルフィはこくりと頷く。


「覚えてても、レイは絶対買わないと思ってたぞ」


 随分な事を言われ、苦笑しか出てこない。けど自分の性格を考えるに、その可能性も多分にあったため、あながち間違いでないとは言い切れないのが少し悔しい。俺の性格も、シルフィは段々とわかる様になってきたってことになるのだろうか。


「ありがとう。嬉しい」


「どういたしまして」


 それに、随分な言い様も、照れ隠しなのが俺にも何となく分かったから、それを咎めはしない。


「ちょっと公園に行ってくる」


「公園? ベルト着けたままでか?」


「うむ!」


 そう言うと、シルフィは自分の部屋に入り、ゴソゴソと準備をし始めた。数分もしないうちに、リュックサックを背負って部屋から出てきた。リュックからはオタクのビームサーベルが如く、布で巻かれた長い何かが飛び出していた。


「じゃあ行ってくる」


 そそくさと出掛けようとしているが、嫌な予感がする。


「待て」


「な、なんだ?」


「その長いのは何だ?」


「べ、別に何でもいいじゃないか。怪しい物じゃないぞ」


「怪しくないなら見てもいいよな」


「あ、怪しい物だから、やっぱり見ないでくれ!」


「怪しい物なら、尚更見る必要があるだろ」


 とりあえずリュックを下ろさせ、中身を検分することにした。俺たちは膝をつきあわせて座り、シルフィは渋々、中の物を取り出していく。


「何だこりゃ」


 まず、中から出てきたのは仮面。仮面と言っても、目の周囲だけを隠せる様なやつだ。どこからこんな物を調達してきた。

 次いで出てきたのは、綺麗にたたまれたドレスアーマーである。着替えか? 意図がわからん。

 そんで最後に布で巻かれた長い何か。これを開けるのは物凄い渋った。でも、布を取らせた。中から出てきたのは。


「聖剣じゃねーか……」


 そう、聖剣。これまで散々、持ち出すな、家に置いてけと口を酸っぱくして言ってきた物を、シルフィは持ち出そうとしていたのだ。悪い事をしたという自覚はある様で、バツを悪そうにしている。


「何で、聖剣なんてものを持ち出そうとしたんだ?」


「……正直に言ったら怒らないか?」


「ああ」


 怒らないけど、内容次第では叱りはするがな。


「じゃあ話す。仮面バイカーBUSHIDOの変身の真似をしようと思ってな」


「アホか! んな理由で物騒な物持ち出そうとするんじゃない!」


 これらはどうやら、仮面バイカーの変身セットだったらしい。お巡りさんに職務質問をされたら、本当に言い逃れ出来なさそうだ。


「な! 怒らないって言ったのに! レイの嘘つき!」


「やかましいわ。お巡りさんのお世話になるって、何度も言ってるじゃねーか。つーか、それくらいだったら家の中でもできるだろ」


「私は子供達に、私の変身姿を見てもらいたいのだが」


 子供達の目の前で着替えるとか、どんなストリップだよ。情操教育上よろしくないわ。


「だーめ。大人しく自分の部屋で遊んでろ」


「むむむ……。せ、せめて、レイには見てもらって、感想を聞かせて欲しいのだが」


「は?」


 え、何? 俺に生着替えを見ろと? いやいやいやマズイだろそれは。俺はお前の保護者であって、恋人でも何でもないんだから。生着替えを見せるのは将来の配偶者だけにしときなさい。


「じゃあいくぞ」


「ちょっま」


 動揺して止める間もなく、と言うか言葉にできず止められない中で、シルフィが聖剣を手に取り立ち上がる。仮面バイカーのムサシと同じ、金打のポーズをとり、


「変身ッ!」


お定まりの文句を言った。剣が鞘に納まり打ち鳴らされた瞬間、シルフィを中心とした光の奔流が、部屋に満ち溢れた。


「うわっ!?」


 咄嗟に腕で目を庇うが、その光は眩しくなく、寧ろ心地良ささえ感じる。恐る恐るシルフィのいた方を見るも、光で何が何やらわからない。




 ……しかし長いな。かれこれ数分、部屋が光で包まれている。若干、謎の光に慣れ始めた時、それは収まった。


「仮面バイカー騎士ナイト、見参!」


 そこにいたのは、目の周囲だけを覆うマスクにドレスアーマーを着た、シルフィの姿があった。カッコいいポーズを決めながら、キメ顏である。側にはキチンとたたまれた、さっきまで着ていた服が置いてあった。律儀である。


「……どうだ?」


 ポーズを止めると、そんな事を聞いてきた。何だっけ、感想聞きたがってたんだっけ。


「さっきの光はどうやったんだ?」


「あれは光魔法だ。灯を発生させる魔法だな。それを高出力で行った」


「魔法か、すげーな。そうだなぁ……」


 光は確かにすごかった。しかしなぁ。とりあえず、これは言わないといけないだろうな。


「ちょっと着替えに時間かかり過ぎだな」


「あ〜やはりか」


 何となく問題点は把握していたらしく、そんな返事がきた。

 とにかく、光の先とはいえ、シルフィが目の前で着替えをしたという事実が気恥ずかしく、聖剣を持ち出そうとした件をこれ以上叱れなくなってしまった。

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