姫騎士と自転車
体調不良等で少しの間、更新頻度が下がります。申し訳ありません。
俺たちは、近所の公園へと足を運んでいた。俺愛用の自転車を一台押して、だ。もちろん、シルフィの自転車の練習の為である。
きっかけは、買い物に行った際に自転車に乗る人を見ての「私もあれに乗ってみたい」とのシルフィの一言だ。
自転車に乗れるのと乗れないのとでは、行動圏が大分変わるだろうしな。乗れるに越したことはない。
練習しても迷惑にならなそうな場所に移動し、スタンドを下げて自転車を停める。
因みに、今日のシルフィの格好はジーンズにパーカーである。コケること前提の格好だ。プロテクターの類は着けていない。馬車に轢かれても、ちょっと痛いで済んでしまう奴に、自転車でコケるくらいの痛みはあってないようなもんだろう。
「よし、じゃあまずはスタンドを上げるところからだ。ハンドルを握って、自転車が倒れない様にしてから、スタンドのこの部分を蹴り上げる」
まずはお手本。その後に実践。家事の時もそうであったが、一度、流れを見せてやると理解が早い。
「スタンドを上げてサドルに跨ったら、両手はハンドル、片足はペダルに置く。ハンドル部分にあるレバーはブレーキで、これを握り込むと減速する」
自転車の各部を示しながら説明をしてやると、真剣に話を聞いている。根は真面目なんだろう。
「んじゃ、試しに漕いでみるぞ」
ペダルを踏む足に力を込めると、自転車は徐々に進み始める。ある程度進んだところでUターンをし、シルフィのいる辺りで止まれるようにブレーキを握り、ゆっくり減速させて停止する。
一連の動作を見たシルフィは、パチパチと拍手をしながら「おお〜」なんて言っている。
「と、こんな感じだな」
俺は自転車から降りると、スタンドを下げる
「の、乗ってもいいか?」
今にも乗りたくて堪らない様は、新しいおもちゃを与えられた子供みたいだ。俺は一つ頷いてやると、シルフィは先ほどの動作を一つ一つ確認しながら自転車に跨る。自転車に跨っただけで、満面の笑みを浮かべている。
「まだ漕ぐなよ。……よし、じゃあもういいぞ。始めはゆっくりな」
自転車の後輪上にあるキャリアーを掴み、シルフィに合図する。それを受けてペダルを漕ぎ始めると、自転車は進み始めた。
「お、おお〜」
「ちょっと腕に力、入れすぎじゃないか? 前輪がフラフラ揺れてるぞ」
「こ、こうか」
漕ぎ始めは前輪が揺れていたが、それもすぐ治まった。何となく予想はしていたが、こいつは運動神経がいい。少しの間、キャリアーを掴んで一緒に走ったり、ブレーキで減速したりしていたが、もう補助は要らないだろう。
「よし、じゃあもう少しだけスピード上げてみな」
「ああ!」
シルフィはペダルを踏み込んで、自転車を加速する。それとほぼ同じくして、俺はキャリアーから手を離した。
少し走ってみて、もうコツを掴んだのだろう。フラフラもしてないし、方向転換までしてみせた。運動神経良すぎだな。手間がなくていいけど。
シルフィはしばらく走ったあと、俺がさっきしてみせたように、俺の近くへと自転車を停止してみせた。ドヤ顔である。
「どうだ?」
「上達早過ぎだろ」
「当然だ。騎士だからな」
騎士だと上達が早くて当然なのか。すごい論法だな。俺の苦笑した顔を見て何を満足したんだか、またニコニコしながら自転車を動かし始めた。
楽しそうに自転車に乗っているシルフィをぼんやり眺めることしばし、スマートフォンの時計を見ると、もう昼時近かった。
「シルフィ、そろそろ帰るぞ」
「わかった!」
素直に返事をする辺り、奴も腹が空いてきたんだろう。俺は歩きで、俺の歩行速度に併せてシルフィは自転車に乗って移動する。
公園の出入口に差し掛かると、一台のロードバイクが目の前を横切った。
「おお、早っておい!」
そんなロードバイクを、シルフィはいきなり追いかけ始めた。
「負けるわけにはいかんのだ!」
「何と戦ってるんだ、お前は!?」
「私の力とファルシオンがあれば負けはしないがな!」
「それはママチャリの名前か! 止まれ、こら!」
そんなアホな事を言いながら、物凄いスピードでロードバイクに迫っていく。ママチャリであんな速度出すなんて、どんな身体能力してんだ、アイツは! 急いで俺も追いかけるが、人の足では当然追いつけそうにない。
そんなこんなで、シルフィはあっという間にロードバイクを追い抜いたわけだが。
「ふははははは! 私達の勝ちだ! 勝ったぞ、ファルシオン!」
勝鬨をあげるシルフィに対し、どこ吹く風と聞き流すかのように、ロードバイク乗りはスイッと別の道へと入っていった。
「む? 奴はどこに行った?」
そんなロードバイク乗りを、シルフィは後ろを向いて探し始めた。もちろん減速なんかしていない。
「バカッ! 前見ろ、前!」
「前?」
結構な距離が離れてるのに、キチンと聴き取れたシルフィの聴力には呆れるばかりだが、それどころではない。
シルフィが前を向いた先にはバリカー、駐車場なんかによくある鎖で繋げられるポールみたいなアレがあった。と言うか、駐車場そのものだったために、鎖で繋がれたそれがもう目前にあった。
当然、シルフィは鎖に自転車ごと猛烈な勢いで突っ込み、吹っ飛んだ。
「シルフィ!?」
吹っ飛んで宙を舞うシルフィ。だが、くるっと体を回転させ、シュタッと言う擬音がぴったりな体勢で着地した。それこそ、まるで何事もなかったかのように。自転車は鎖に引っかかってバリカー近くに転がっていた。
ようやく追いついた時には、シルフィは自転車を引き起こしている最中だった。
「シルフィ、怪我はないか!?」
「当然だ。騎士だからな」
俺は安心や呆れ、その他諸々とともにため息を吐くと、どこかドヤ顔の、その騎士のほっぺをむにっと引っ張った。
「な、何をする!」
「あのなぁ……。言ってなかった俺も悪いんだが。スピードを出した事もそうだが、自転車に乗ってる間は前を向け、前を。誰かにぶつかったらどうなる?」
「う、怪我をさせてしまうな」
「怪我で済めばいいな。最悪、死人が出るからな。マジで気を付けろ」
そういうニュースが過去にあったのを見た覚えがある。新聞だっけかな? この際、どちらでもいいが。ちょっとキツ目に言った効果か、シルフィを見ると、いい感じにショボくれている。
「それに、な」
「そ、それに?」
「そんな事になったら、逮捕されちまうぞ。要は犯罪者だ。いいのか? 騎士なのに」
「よ、よくない! 絶対にダメだ、そんなこと! 私は絶対に怪我人すら出させないからな! 騎士の誇りにかけて!」
「じゃあ、これからはちゃんと注意するんだぞ」
シルフィは極めて真面目くさった顔で頷く。事の重大さは理解したようで、反省はしっかりしているようだ。が、やっぱり罰は必要だろう。
「今回は事故は起きなかったとはいえ、罰は必要だと思うんだが」
「当然だな。甘んじて受けよう」
うんうん、俺はその言葉が聞きたかった。さっきも言ったが、最悪大きな事故になっていた可能性があったのだ。今回は幸いにも人身や、バリカーが壊れてなかったから物損にもならなくてよかったが。だから、シルフィにとって、意味のある罰にしなければならない。俺は、心を鬼にして罰を告げた。
「そこまで言うのなら……バウムクーヘン一週間禁止の罰を与えよう」
俺が与える罰の内容を聞いたシルフィの顔は、絶望に染まっていた。口が半開きになっている。こいつは、バウムクーヘンが大好物なのだ。
「ば、罰の撤回、いや、変更を要求したいのだが」
「騎士に二言はないよなぁ? 甘んじて受ける、と」
この時の俺は、実に悪い笑顔をしていたと思う。意外と高いんだよな、バウムクーヘン。
「せ、せめて、もう少し軽くはならないか? 3日、いや4日とか!」
「さ、帰って飯にするか」
「ま、待ってくれ、せめて5日に……」
シルフィの不服申立てを受け流しつつ、俺たちは家に帰った。シルフィの無事を、女神様と地球の神様に感謝しながら。
皆さんも事故には気をつけましょう。




