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姫騎士と釘付け

「まずいぞ、レイ」


「何がだ?」


「聖剣を家に置いてきてしまった」


 何を言い出すかと思ったら、刃物を忘れたとか。そんな物騒な物は忘れてよろしい。


「そうだな。持ち歩いてたら捕まるからな」


「この人の多さでは、魔法を使ったら巻き込んでしまう恐れがある。まさか、こんな巨大な魔物がいるとはな。聖剣がないのが悔やまれるが、今言っても仕方がない。私が魔物を押さえ込んでいる間に避難を……」


 まじかよ、魔法使えるのか。一度見てみたい。じゃなくて。


「象は魔物じゃないぞ」


 今日、俺たちは都内某所にある動物園に来ていた。シルフィは、またまたご冗談を、とでも言いたげだが、周囲は実にほのぼのとした雰囲気だ。象もちゃんと檻の中にいる。まかり間違っても、危険な状況では決してない。


「お前がイタいこと言うから、周りの人が距離をとったぞ」


 なんかこう、生ぬるい視線で見てくる人もいるが。身悶えている人もいる。経験があるんだろうな。


「いたいってなんだ?」


「とりあえず行くぞ」


 変に注目を浴びたままではかなわない。休日で人も多いし、人混みに慣れないシルフィは迷子になりかねない。彼女の手をとり、引っ張って象のいる檻から離れる。

 

「あ」


「どうした?」


「い、いや。こうして人と手を繋ぐのは、随分久し振りでな」


 確かに、成長するにつれて、手を握るなんてことはしなくなるだろうしな。可能性があるのは親くらいだし。リアルが充実しているヤツらは知らん。


「……今日は、このままでいてもらっていいか?」


 シルフィは公爵令嬢で、元の世界では成人もしていたと言う。その立場や年齢で、他人には多くを求められ、プレッシャーもあったはずだ。本人は大人ぶる言動をとっているが、実は甘えたい気持ちもあるんじゃないかと、俺は勝手に想像してる。だから、そんな俺に否やはない。


「ああ、いいぞ」


 ちょっと恥ずかしいけどな。無造作に手をとった状態から、俺はきちんとシルフィと手を繋ぐ。


「ありがとう」


 シルフィはお礼とともに、はにかんで見せた。その顔に、ちょっと胸にきたのは内緒だ。




「魔物ではなく、動物を飼育して民に見せるための施設だと、そういう事か」


「ああ、そうだ」


 先日の豚の件もある。この世界における有名どころの動物を知らないのでは、いずれ学校や社会に出た時に、不都合が生じたりしないだろうか。という危惧があったので、今日は勉強のためにシルフィを連れてきているのだった。


「そうか。……久し振りに体を動かせると思ったのだが」


 そういえばさっき、象を押さえ込むとかなんとか言ってたな。……まさかな。……まさかね?

 シルフィに動物園とは何ぞやと説明をしていたら、次の動物のスペースに着いた。


「獣人か? 素っ裸だぞ」


「ゴリラだ」


 獣人か。言い得て妙だな。確かに姿形は人に似てるが、体毛は濃いし獣人っぽくも見える。ちょっと笑ってしまった。シルフィは、ふむふむと言いながら頷いている。


「この鍛え上げられた筋肉、なかなか強そうだな」


「闘いたいとか言うなよ?」


「無論だ」


 どっちの意味での無論なんでしょうかねぇ。不穏な空気を察知した俺は、またもシルフィの手を引っ張り、移動する事にした。

 その後もアザラシやアシカ、クマなどを見て回るが、いずれもシルフィは興味深そうに眺めていた。やがて、サル山へと辿り着いた。


「おお……」


 何やら、サル山はシルフィの琴線に触れたらしい。さっきまでとは違い、食い入る様にサル達を見ている。


「あれは、赤ん坊なのだろうか?」


「どれ……ああ、あれか。体も小さいし、そうなんじゃないか」


 シルフィが指差す先には、周りのサルより随分と小さいサルがいた。と言っても、撒かれた餌を自分で拾うくらいには成長している様だ。


「そうか。ふふ、可愛らしいな」


 確かに、可愛いっちゃ可愛い。けど、同じ赤ちゃんなら、犬とか猫の赤ちゃんの方が可愛いと思ってしまう。今度、ペットショップに連れて行ってみるか。生後数ヶ月の犬とか猫の凶悪的な可愛さというものを、シルフィに教えてやろう。

 しばらくサル山のサルを眺めていたが、俺は飽きてきた。


「そろそろ行こうぜ」


「もう少しだけ」


 何がそんなに面白いのだろうか。かれこれ二十分は眺めている。


「まだ、他にも見て回ってない所があるんだぞ」


「わかってる」


 本当にわかってるんだろうか。まるで、生返事だけしてる子供の様だ。嫌な予感しかしない。俺は渋々待つ事にした。

 もう充分待っただろう、という所で再度声をかけた。


「おい、もう行くぞ」


「あともう少しだけ」


「さっきそう言って、もう十分も待ってるからな。ほら、行くぞ、っ!?」


 言っても動かないなら力ずくでと思ったら、逆に引っ張られる様な感覚で、体勢を大きく崩してしまった。何だとシルフィの方を見ると、手を握っている方とは逆の手は相も変わらず柵を掴み、サル山を眺めている。

 力を込めて引っ張るも、ビクともしない。全体重を掛けても微動だにしない。片手だけで、俺の全力に対抗していることになる。マジでなんなの、こいつ。


「ちょっ! もう行くぞ!」


「もう少し待ってくれ」


「さっきも言ってるからな! そのセリフ!」


 なおも全力でシルフィを引っ張るが、全く動く気配がない。そんな俺たちの様子を見て、段々と人が集まってきた。やめて、見ないで。


「ほら、早く行くぞ!」


 ついに返事すら返さなくなった。周囲には人だかりができ始めた。俺の全力で引っ張る動作を見ても微動だにしないシルフィの様子が面白いのか、はたまた俺の必死で滑稽な姿が面白いのか、写真まで撮り始めるヤツまで出てくる始末だ。やめろ! パントマイムじゃねーぞ!

 その後、諦めた俺は近くのベンチに座って待つことにしたのだが、シルフィは昼頃になってようやくサル山から離れたのだった。曰く、腹が空いたらしい。ちくしょうめ。

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