姫騎士と食わず嫌い
「バナナ」
「ばなな」
「リンゴ」
「りんご」
今、俺とシルフィは地元密着型のスーパーにいる。レトルト&レトルト&お惣菜な今の食生活は、省みるまでもなく不健康まっしぐらで、育ち盛りのシルフィには良くない事は明らかだ。
俺だけなら、いくらメタボになろうが不健康になろうが自分自身のことだから自己責任で済むが、それにシルフィを巻き込むのは本意ではない。というわけで、今回は一念発起して、料理をする為の食材を買いに来たのだった。
「キャベツ」
「きゃべつ」
そんでまあ、何をさっきから繰り返しているのかというと、シルフィのお勉強だったりする。画像で見せるのもいいが、やっぱり生で見るのが一番刺激になって勉強になるだろう。まるで赤ちゃんだ。
「キャベツ、キャベツか」
俺はキャベツを一玉とると、キャベツ料理を思い浮かべる。健康にはやっぱり野菜が欠かせないだろう。
「ロールキャベツ、お好み焼き。……えーと、後はなんだ」
思い浮かべるが、全然出てこない。あ、後はサラダとかか。
ロールキャベツは美味いが、俺には作れる気がしない。お好み焼き、は結構いいかもしれないが、ヘラがない。次回に見送りだな。あれ? お好み焼きひっくり返すのに使うアレの正式名称はヘラで良かったっけ?まあ、それはどうでもよくて。
キャベツっていうと、何かの添え物のイメージが強いな。居酒屋のメンチカツや魚のフライといった揚げ物によく付いてる。他には……あ、豚の生姜焼きなんて意外とよさそうだ。あれにもキャベツの千切りが添えてあったりするし。何より、俺にも作れそうな気がする。
「シルフィ、晩飯のメニューが決まったぞ」
思案していた俺をよそに、シルフィは一人であちらこちらと歩き回り、色々な食材のポップやら値札やらを見て、声に出して勉強していた。
「おお、何を作るんだ?」
「豚の生姜焼きだ」
「ぶたのしょうがやき」
「そうだ。豚肉を甘辛いタレと生姜で焼く料理だ」
そう言って、キャベツを一玉、買い物かごへと放り込む。近くに生姜もあるようだ。そちらへも同然手を伸ばす。後は長ネギも一本、かごに入れる。実家では長ネギを薄く刻んで一緒に焼いてたんだ。
「これが生姜で、摩り下ろして使う。こっちが長ネギで、我が家では、これも刻んで一緒に焼く」
「しょうが、ながねぎ、だな。うむ、覚えたぞ。我が家では、と言うくらいだ、ぶたにくのしょうがやきには作り方の流派でもあるのか?」
流派とか、そんな大層なものではない。好みで味付けをちょっとアレンジしたりするくらいの感覚だろう。家庭の味というか。そうだ、アレだ。
「流派とかは全然ないぞ。強いて言うなら、おふくろの味、だな」
「おふくろの味? おふくろとはなんだ?」
「母親って意味だ。この国じゃ、大抵の家庭の子供は母親の料理を食べて育つからな。母親が作った料理の慣れ親しんだ味って言えばいいのかな……」
「ふむ。私もレイの慣れ親しんだ、おふくろの味、とやらを食べてみたいぞ」
「おう、任せとけ」
うまいこと作れるかは保証できないけどな。
俺たちは精肉コーナーへと向かい、豚肉の薄切りをかごに入れ、おふくろの味を早く堪能すべく会計をさっさと済ませて家路に着いた。
生姜をぞりぞりと適量摩り下ろし、透明なビニール袋に入っている肉に、刻んだネギとタレとともに流し込む。そしたら、後はモミモミモミモミ揉みまくる。揉みまくって、味を満遍なく染み込ませる。
そしたら、フライパンに豚肉を投入して焼いていく。ジューッという音と共に、タレの染みた肉の焼ける匂いが食欲を刺激してくる。焼きあがる前にさっきのタレを少し流しかけ、完璧に火が通ったら完成だ。摩り下ろした生姜の繊維が少し焦げるアクシデントがあったが、許容範囲内だ。全く問題ない。
キャベツの千切りを皿に盛り、その上に豚の生姜焼きを載せて、リビングのテーブルへと持って行く。豚の生姜焼きの匂いに惹かれたのだろう、今日は既にテレビを消して待っていた。
「できたか! 早く食べるぞ!」
自分で炊飯器からご飯を茶碗によそうなど、今日のシルフィはすごく協力的だ。
俺には箸、シルフィにはフォークを用意して席に着くと、何の気なしに、疑問を口にしたのだった。
「ところで、ぶた、とは一体どんな生き物なのだ?」
と。
「あー。野菜と違って、既にあの状態だもんな」
魚の切り身がそのまま泳いでいるわけがなく、かといって肩ロースとかカルビとかが、そのまま歩いているってこともない。
俺はスマートフォンを取り出して「豚」と画像検索をした。すると、ずらずらと豚さんの画像が出てきた。それらをシルフィへと見せてやる。
「これが豚な」
「ひぃっ!? やっ!」
画像を見たシルフィは顔を蒼白にし、イスから転げ落ちつつも後ずさった。何か怖いものでもあったんだろうか。スマートフォンの画面を見るも、豚さんしかいない。
「どした?」
「レイの嘘つき! この世界にもオークがいるじゃないか!」
「はあ? よく見ろ、豚だぞ」
「いやあっ!?」
そう言ってスマートフォンの画面をもう一度向けたら、全力で顔を背けられた。シルフィの世界のオークは四足歩行なのだろうか。こんなにつぶらな瞳をしてるんだろうか。
「おい、これは豚だ。シルフィのいた世界のオークは四足歩行なのか? こんなにつぶらな瞳なのか? 違うだろう。ヤツらは二足歩行で、もっと欲望に塗れた目をしているはずだ」
「なんでまるで見てきたかのように、そんなにオークに詳しいんだ!」
そりゃまあ定番だし。今やシルフィは壁にへばりついていた。どんだけオークが嫌いなんだ。
「いいから座れ。飯を食うぞ」
「イヤだ! オーク肉なんて絶っっ対イヤだ! 不味いに決まってる! 私はレトルトカレーを食べるぞ、甘口だ!」
「甘口はもうないぞ。昨日食べただろ。それに、そんなにわがまま言うなら今日の昼飯は抜きだな」
さすがにちょっとイラッときたので、シルフィのお茶碗を俺の手元に寄せた。世のお母さん方の気持ちが少しわかった気がする。
「そんなぁ……」
情けない声を出したと思ったら、シルフィの腹の虫が大きな音を立てた。かなり腹を空かせているようだ。
「……はぁ。何度も言うが、これはオークじゃないって。それに、おふくろの味、食べてみるんじゃなかったのか?」
「う……」
スーパーでの自身の発言を思い出したのか、声が詰まっていた。腹が空いて我慢できないのもあったのだろう、かなり渋々ながら、シルフィはイスに座った。
「じゃあ、いただきます」
「……」
最後の抵抗とばかり、食前の挨拶もしない。しかし、豚肉を食べるなら今日ばかりは許してやろう。ご飯はシルフィの方に戻してやった。
シルフィはフォークで器用に小さく肉をちぎり、先っちょに引っ掛け眼前に持ってきたまま微動だにしない。その間、俺は生姜焼きをもりもり食べる。そんな俺を、恨めしそうに見てくる。
「ええいっ! ままよ!」
しかし、美味そうに食べてる俺を見てか、ゴクリと息を飲んだ後、シルフィは気合を込めてそんな事を叫び、フォークを口に突っ込んだ。
「……こいつ、美味いぞ!?」
やがて嚥下すると、そう宣った。豚の生姜焼きを驚愕の目で見ている。その間に俺は、さっさと自分の皿に盛られた分を食べ終えた。最後の一押しをしてやろう。
「繰り返す、こいつは豚だ。オークじゃない」
「ぶた……オークじゃない」
「そうだ。美味かったろ?」
「ああ……これが、おふくろの味か」
「んじゃ、俺はおかわりしてくるから」
そう言って立ち上がると、フライパンに残る肉を取りに行こうとする。
「あ、私もおかわりする! 私の分も残しておいてくれ!」
「わかったわかった」
こうして、俺はシルフィの食わず嫌いを一つ潰すこと、手料理を美味いと言わせることに成功した。




