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姫騎士とカレー

「ただいまー」


 俺はダンボール箱を抱えたまま、玄関のドアを体で押し開ける。


「おかえり。その箱はなんだ?」


 ジャージ姿のシルフィが出迎えと同時に疑問をぶつけてくる。まあ、当然か。ダンボール箱を廊下にどかりと置いて、重みから解放され一息つく。


「これはな、教科書だ」


 ダンボール箱を開封し、中から一冊の教科書を取り出してシルフィに差し出す。算数の教科書だった。


「さんすう、か。これは教本の類か?」


 シルフィは受け取った教科書をパラパラめくると、中を見てそう判断したらしい。


「ああ。こっちの世界で暮らしていく以上は、やっぱり勉強は必要だからな。俺が小さい頃使ってたやつだけど、参考にはなると思って実家から持ってきた」


「なるほどな。それは助かる」


 因みに、シルフィの言語チートは日本語に限って、話せて読めて書けるという仕様のものだった。ただ、異世界に無い物や概念は、読めても意味がわからないし、文字としても書けない事が判明した。そりゃ当然か。

 それでも1から言葉を学ぶよりかは、かなりマシには違いない。

 シルフィは立ちながら、食い入る様に算数の教科書を読んでいる。


「色とりどりで、見てて飽きないな。それに、均一な厚さの紙……。これは高級品ではないのか? こんなものをもらってしまっていいのか?」


 例によって、シルフィのいた世界では紙は結構な貴重品だったらしいな。遠慮するのも分かるが、日本では大量生産品の一部だ。気にするほどの物でもない。


「いや、そんなに高くないぞ、多分。それに、俺はもう読まないからな、小中学校時代の教科書は。有効活用してくれるやつがいるなら、譲った方がいいだろ」


 自然環境的にも、使い倒した方が優しいってもんだろう。しかし、学習指導要領とか変わって、今の子たちが学んでる内容と差があるかもしれないから、今度参考書でも買うか。


「そういうことなら、ありがたく頂戴するよ。ところで、小中学校っていうのはなんだ?」


「その辺の話は晩飯を食べながらにでもしよう。腹減った」


「む、そうだな。今日のご飯は何だ?」


 シルフィは教科書を閉じると、ダンボール箱の中に戻そうとするが、箱の中に

ぎっしり詰まった教科書を見て、目を丸くしていた。


「今日はカレーだ。レトルトの」


「カレーか。どんな食べ物か、楽しみだ」


 俺たちはリビングへと向かう。距離が短いから、すぐに辿り着くが。通勤用カバンの中から、俺は買って帰ってきたレトルトカレーを取り出していく。


「たくさんのスパイスを使って作る料理だな。辛口と中辛と甘口があるぞ。どれがいい?」


「違いはあるのか?」


「辛さが違う。辛口と中辛は辛いから、どっちかっていうと大人向けで、辛口の方が辛い。甘口は甘いから子供向けってところか」


「では、私は辛口にしよう」


 こいつ、絶対大人向けって言葉に反応したぞ。何となくの予想だが、シルフィは辛いのが苦手そうだ。


「いきなり辛口で行くのか? せめて、中辛にしといたらどうだ?」


「いや、私は辛口がいい。私は大人だからな」


 やっぱり、大人って言葉に反応したからだった。後悔してもしらんぞ。

 シルフィはイスに座るとテレビの電源をオンにして、初代仮面バイカーのDVDを見始めた。日中はする事がないし、シルフィの暇つぶしのためにレンタルしてきたのだが。


「おい、すぐできるぞ? すぐに観るの止められるか?」


「米を炊く時間があるだろう?」


「今日は加藤のご飯を買ってきたから、米は炊かない」


 パックのご飯をキッチンの収納棚から2つ取り出し、ビニールの蓋を少しだけ剥がしてレンジに放り込む。電気ケトルで湯を沸かし、鍋に移してレトルトを入れて温めれば間もなく完成だ。


「ほら、消した消した」


「むむぅ……」


 我が家は食事中は、ニュースにするかテレビを消す方針だ。俺の実家がそうだったからな。不服そうなシルフィの前に、レンチンしたパックご飯を皿に移し替えて置いてやる。ついでに、辛口のレトルトの袋も傍に置く。


「この中にカレーが入っているのか?」


「そうだ。袋に少しだけ切れ目が入ってるだろ? そこから破って、中身をご飯にかければ完成だ」


 俺は中辛のレトルトの袋を破る。どろりとしたカレーをご飯の上に掛ければ、何とも香ばしい匂いが俺の食欲を刺激した。

 シルフィも俺にならい、レトルトカレーをご飯の上にかけることに成功した。


「それじゃ、いただきます」


「いただきます」


 シルフィは最初の晩飯以来、女神様への祈りの文句ではなく、俺と同様に手を合わせての食前の挨拶に切り替えた。女神様を気軽に呼び出す俺に、畏れを抱いだのかもしれない。

 それはさておき、俺は早速カレーをすくって食べた。辛い、が、美味い。中辛くらいが、辛さと味が分かる、一番美味い辛さだと俺は思う。

 シルフィはどうなったか、気になった俺は視線を対面へと向けた。ちょうど口に含んだ所らしい。数回の咀嚼の後、みるみるうちに顔色が変わったかと思いきや、コップ一杯の水でカレーを一気に飲み下した。


「か、からい! なんだ、これは! 辛過ぎて食べられんぞ!」


「だから、俺は辛いと言ったぞ?」


「あんな言い方で辛さがわかるか!」


「あー、まあ確かに」


 初めてカレーを食べる人間に、辛さの比較ができようはずもないか。辛いって言われても、どれだけ辛いのか想像つかないもんな。


「じゃあ、交換するか?」


 そう言って、自分のカレー皿をシルフィへと押しやる。しかし、シルフィの顔が赤い。


「し、しかしだな、自分の食べかけを、人様にやるというのはだな」


 間接キスでも気にしてるんだろうか。俺は、そんなことを気にする年齢はとうに過ぎた。しかも、まだ一口食べただけで、間接キスになる要因は全くない。


「気にすんなよ。俺もシルフィも、まだ一口しか食べてないから綺麗なもんだ。ほら」


 俺はシルフィのカレー皿を自分の物と取り替える。一口食べるが、やはり辛い。舌が刺激でピリピリし、一気に汗が吹き出てくる。


「かっら!」


「むぐ……これなら食べられそうだ。うん、美味い」


 シルフィも恐る恐る食べてみたが、中辛なら問題なさそうだ。水もちょいちょい足しているが。


「次からは中辛か甘口にしろよな。おー辛」


「すまない、そうする」


「大人だから、甘いのを食べるのが恥ずかしいからとか、変な意地はらなくていいんだからな。美味いもの食い逃して、後悔するぞ」


 これは、食べ物に拘らず他のことにも言える事だろう。自分が欲しい物を自分が遠慮して、その機を逃すことになったら、こんなにつまらない事はない。

 そんな事もシルフィに伝えてやると、何か思う所があったのだろう。その瞳は力に満ちていた。


「そう、だな。……なあ、相談があるのだが。その……」


 しかし、シルフィは居住まいを正し、スプーンを置いて神妙に切り出してきた。俺も食事をやめ、自然と身構えてしまう。なんだろう、重い話だろうか。


「わ、私に仮面バイカーベルトを買ってくれないだろうか!」


 俺は無言で食事を再開した。ああ、カレーは辛いな。


「な、なぜ何も言わない」


「我が家には無駄な出費をする余裕はありません」


 家具とか服とか、ボーナス払いにしたもんだからな、あまり余裕はない。


「な! 無駄ではないぞ!」


 その後、ぎゃーすかと仮面バイカーベルトについてアツく語る残念オタク姫騎士の対応に苦慮した。

 結局、勉強を頑張ったら、ご褒美で仮面バイカーベルトを買う事を約束させられた。ああ、余計な事を言うんじゃなかった。

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