姫騎士とテレビ
平日でもないのに、今日も早くに起きてしまった。
冷蔵庫からいつもの缶コーヒーを取り出して、リビングのイスに腰掛け、何の気なしにテレビの電源をオンにする。朝のニュース番組をぼんやり眺めていると、シルフィナも起き出してきた。
「おはよう」
「ああ、おはよう。何やら騒がしいが、何の音だ? む、板の中に人が」
「ぶっ」
定番のギャグに、つい口に含んでいたコーヒーを吹き出してしまった。テレビも進化して、ブラウン管の箱の様な見た目から、随分薄っぺらくなったから、シルフィは板と形容していたが。タイムスリップものの定番だけど、異世界転移でもいけるんだな。
「大丈夫か、レイ。気管にでも入ったか?」
「ごほ、ごふ。あ、ああ大丈夫だ」
「で、これは何なのだ?」
「テレビって言ってな。ええっと、どう説明すればいいんだ……。あー、撮影した映像を、映し出す道具?」
「撮影? 昨日のしゃしんのことか? あれは絵が止まっていたぞ」
「昨日のは静止画だからな。動画も撮れるぞ」
そう言って、机の上に置いてあったスマートフォンを手に取り、カメラをシルフィに向けて動画撮影を開始する。
「ほら、試しに動いてみろ」
「動くって、こ、こうか?」
そう言って、シルフィは動き出すが、その動きは妙だ。カクカクしてる。カメラを向けられて、変に緊張してるんだろうか。
「ふふ、なんでそんなカクカクしてるんだよ。もういいぞ」
「笑うことはないだろう」
自分でも変な動きをしている自覚はあったんだろうな。唇を尖らせて文句を言ってきた。これから、自身がとった動きを見せられることになるんだからな。
俺は動画の再生ボタンを押して、スマートフォンをシルフィに渡す。
「んじゃこれ、見てみ」
「ああって、〜〜〜っ!!」
シルフィは動画を見た瞬間、顔を真っ赤っかに染めた。
「消せ! 直ちに!」
「昨日も言ったけど、これ消せないんだよなぁ」
「頼むから! 後生だ! 何とかしてくれ!」
「とまぁ、こうやって撮影した動画を、そのテレビに映し出してるんだよ。多分」
「こら! 話はまだ終わってないぞ!」
「さあ、朝飯にしよう」
「待て、逃げるな!」
飯の準備にキッチンへ立つと、シルフィも追いかけてくる。昨日も思ったけど、シルフィってからかうと面白いよなぁ。しばらくは写真と動画で弄って楽しめそうだ。
朝飯も終えて、のんびりテレビを眺めていると、朝のニュース番組も終わり、次の番組の予告が始まった。
『仮面バイカーBUSHIDO、この後すぐ!』
予告が終わると、番組間のやや長いCMへと直ぐに切り替わった。
「なんだ、今のは?」
なんだって言うのは、さっきの予告のことだろうな。仮面バイカーは昔から続く、シリーズ物の子供向け特撮番組だ。だから、俺はそう答えてやる他ない。
「何って、特撮だよ」
「とくさつ? さっきのは、情報を取り扱っていた様だが、これは何のどうがなんだ?」
「うーん。娯楽、かなぁ。観てて楽しいとか、そんな感じか」
「ほほう。観ていいか?」
「ああ、いいぞ」
大して興味がないから、俺は席を立ってキッチンで次の缶コーヒーを取り出した。ちょっと高いけど、クセになるんだよな、この香り。
「私にも、コーヒーを頼む」
「へいへい」
シルフィのコーヒーは牛乳有り砂糖有りだ。ぶっちゃけコーヒー牛乳だな。俺は何も言わずに、それらを混ぜ込んでシルフィへと渡してやる。
「ほら」
「うむ、ありがとう」
お礼もそこそこに、シルフィは視線をテレビへと戻す。よっぽど気になってるんだな。俺も特にする事はないし、一緒に観るとしよう。
少しのCMの後、画面に映る『仮面バイカーBUSHIDO』の文字と共に、派手なオープニングが始まった。
「おおおお!」
ロックな音楽は聞き慣れていないんだろう、躍動感溢れる役者の動きと相まって、シルフィのテンションはアゲアゲだった。子供か。
「すごい! すごいな、これは! 敵と戦うのか!」
語彙も子供化してしまったらしい。
約1分のオープニングの後、スポンサー紹介の映像が挟まる。
「む、もうお終いか?」
「いや、またすぐ始まるから安心しろ」
「あ、始まった。静かにしてくれ」
「……」
酷い仕打ちである。さっきの動画撮影の復讐だろうか。復讐は悲しみしか生まないんだよ。そんなくだらない事を考えていると、今回の話のキーパーソンが出てきた。
『ボクの妹が、悪の総統アーク・ディカーンの手下に大怪我させられたんだ!』
「何だと! 大丈夫なのか?」
『だから、妹の仇はボクがとるんだ!』
『待ちなさい!』
「素晴らしい心意気だ。君ならさぞ立派な騎士になれるだろう。しかし、ここは大人に任せるべきだな」
こちらでも復讐の話である。しかも、返り討ちにあうパターンだろう、これは。木刀を片手に少年は敵の下に駆け出して行ったようだ。そして、シルフィが少しうるさい。
んでまあ、仮面バイカーがアメリカンバイクで敵の下に駆けつけた時には、当然のように少年は敵に捕まってしまっていた。因みにまだ変身はしていない。
『ぐはははは! ブシドーよ、こいつの命が惜しければ武器を捨てるんだなぁ!』
『くっ! 卑怯だぞ! エーツィ・ゴヤー!』
「くっ! 卑怯だぞ!」
そう言うと、仮面バイカーは腰に差していた刀を地に落とした。シルフィは仮面バイカーとシンクロしてる。
『よし、貴様ら、存分に痛めつけてやれぃ!』
『御イー!』
『御イー!』
エーツィ・ゴヤーは下っ端戦闘員に指示を出し、高みの見物と行くようだ。戦闘員に殴られ、ケンカキックを食らい、ドスで斬られ、満身創痍になる仮面バイカー。
『ムサシさんが、仮面バイカーだったなんて……。うう、ごめん、ボクが捕まってしまったばっかりに!』
「少年! 君は悪くない! 悪いのはこいつら、アーク・ディカーンの連中だ!」
『ぐふふ、仮面バイカーよ。遂に年貢の納め時がきたようだな』
もうトドメを刺せると油断したエーツィ・ゴヤーは、少年から離れる。少年は当然の如く、走って逃げ去る。
『拙者は……こんな所で倒れるわけにはいかないのでござる!』
「そうだ! 頑張れ、ムサシ!」
仮面バイカーは足元の刀を拾うと、鞘から刀を少しだけ抜き、
『変』
金打をする。
『身ッ!!』
「な、なんだというのだ!」
番組はクライマックスに差し掛かった。シルフィのテンションも最高潮に達した。普通にやかましい。
ムサシは光の奔流に飲み込まれ、やがて光が消えた所には一人の武士が立っていた。
『仮面バイカーブシドー、見参』
「う、おおおおおお!」
『くっ、貴様ら、奴を殺せ!』
『遅いでござる』
抜刀からの流れるような納刀。たったそれだけで、仮面バイカーの周囲の戦闘員は軒並み倒れ、爆発した。
「つ、強い! すごいぞ、仮面バイカーブシドー!」
『覚悟! 秘剣 燕落とし!』
必殺の技名と共に仮面バイカーが一太刀、縦に振り下ろすと、悪の手先エーツィ・ゴヤーは真っ二つに両断されたのだった。もちろん爆発した。
少年は、ムサシの正体である仮面バイカーの事は内緒にすることを誓い、エンディングへと入っていった。
「……面白かったか?」
「ああ! こんなに興奮したのは久し振りだ! これがとくさつという物なのだな!」
シルフィは、仮面バイカーがお気に入りになったようだ。早速、この世界で楽しみを見つけてくれたようでなによりだ。
「ところで、仮面バイカーにはどこで会えるのだ? 是非、一度会って話を聞いてみたい」
……デパートの屋上で会えるんじゃないかなぁ。子供の夢を壊さない親の努力の尊さを、俺は思い知った。
俺は、コーヒーを一口飲んだ。