山姥の山小屋で
三目太郎はもちろん、お団子太郎にも悪気はありませんでした。
ただ、道に迷って戻れなくなったのです。三目太郎は羊の脳みそをしているので、道に迷ったりはしません。ですが、お爺さんのために働くということを、そもそも理解していませんでした。
三目太郎とお団子太郎は、迷ったのも知らず、道もない森の中を、てくてく歩いていました。後ろから、猪がついてきました。お団子太郎は恐がりましたが、三目太郎は気にした様子もありません。どんどん歩いていくので、お団子太郎はついて行くのが精一杯でした。
「だんだん、暗くなってきたのう」
「なー」
「そろそろ、あのじじいの所に戻ったほうがいいような気がするのう」
「なー」
三目太郎がなにを考えているのかはよくわかりませんでした。
お団子太郎だけで戻ることは、もうできませんでした。
猪は、決して戻ることはないでしょう。
「お腹が減ったのう」
「なー」
三目太郎は、道々葉っぱを食べていました。木の実があるとお団子太郎にも分けてくれましたが、美味しい木の実ばかりではありませんでした。
「なんだか、真っ暗になってしまったのう」
「なー」
「お化けでも出そうだのう」
「なー」
もう、足元も見えません。転びそうになりながら、お団子太郎は泣き出しそうになっていました。三目太郎が振り返ります。指をさしていました。その方向に、小さく明かりが見えました。
「山小屋だのう」
「なー」
「助かったのう」
「なー」
お団子太郎は、安心したためにやっぱり泣いてしまいました。三目太郎がその手をとり、引き摺るように歩き出します。後ろから猪に押され、飛び上がって駆け出しました。三目太郎は、また足を止めます。猪が並びました。その大きな背中に触ります。飛び乗りました。猪は、なんでもないかのように歩き出しました。
「あ、いいのう」
お団子太郎はひどくうらやましがりましたが、猪が恐いので乗ろうとはしませんでした。
「すいませんのう」
「なー」
明かりの付いた山小屋の戸口で、三目太郎とお団子太郎が声を張り上げました。しばらく呼んでいましたが、返事がありません。
「仕方ないのう。蹴破るかのう」
「なー」
三目太郎は、猪の背中を叩きました。一旦遠ざかり、体当たりに備えて地面を前足で掻き始めます。
「待った待った。乱暴なガキどもじゃ」
見上げるような高さの窓から、目がぎょろりと大きい、痩せたお婆さんが覗いていました。
「冗談だのう。坊主のわしが、扉を壊したりするはずがないのう」
「なー」
「そっちの猪に乗った小僧は、絶対嘘じゃ」
「そんなことないのう」
「なー」
「やれやれ。まあいいわい。夜もふけちまったことじゃし、入りなされ」
「親切なお婆さんじゃのう」
「なー」
窓から顔が遠ざかりました。
「随分大きな人じゃのう。台にでも上っていたのかのう」
「なー」
猪が、扉の前まで戻ってきました。三目太郎が降ります。
「なー」
「それがいいのう。人に見つかったら、鍋にされしまうのう」
「なー」
猪は、名残惜しそうに遠ざかっていきました。お団子太郎も、三目太郎の言葉がわかっているわけではありません。なんとなく、感じたことを言ってみたのです。
「鍋にされなくてよかったのう」
「なー」
「はて……なにか忘れているような気がするのう」
お茶屋のお爺さんは、すっかり待ちくたびれている頃でした。お団子太郎が思い出す前に、山小屋の扉ががたがたいいながら開けられました。
「立て付けが悪くていけない。さあ、入りな」
「やっぱり、大きい人だったのう」
「なー」
見上げるような窓から覗いていたお婆さんは、本当に見上げるようなお婆さんでした。さっきの窓からは、屈んで覗いていたようです。真っ直ぐ立てば、山小屋の天井に頭がつきそうな、そんなお婆さんでした。
「お婆さんは大きいのう」
「なー」
二人は、あらためて感心しました。
「そんなことはいいよ。腹は空いているのかい?」
お婆さんは毛皮を着ていました。猟師のような恰好です。どうも、熊の毛皮のようです。
「空いているのう」
「なー」
「ふん……化物かい?」
「お婆さんに言われたくないのう」
「なー」
目が三つある男の子と、頭が縦に三つある男の子は、確かにあまり見かけません。あまりにも正直なお婆さんの言い草に、お団子太郎は正直に言ってしまいました。
「わしのどこが化物だい。まったく、口の減らないガキだよ」
どすどすと、大きな足音を立てて奥に行きました。囲炉裏の前にどっかりと座ります。二人は、苦労して扉を閉めて、その後を追いました。
「化物だなんて思っていないのう」
「なー」
「そうかい?」
やっぱり、機嫌は悪そうでした。
「でも、山姥みたいだのう」
「なー」
『山姥』というのは、人里離れた山に住む、女性の姿をした鬼の妖怪です。決してほめてはいないのですが、お婆さんはニタリと笑いました。
「山姥を知っているのかい?」
「知らないのう。そんな気がしただけだのう」
「なー」
「そうかい。まあ、あんまり喋らないこった。口は災いの元だっていうからね」
「お婆さんは物知りだのう」
「なー」
「今さらほめたって遅いやね。そこに椀と箸がある。お粥が残っているから、食いたきゃ勝手に食いな」
「悪いのう。お婆さんは、いい人だのう」
「なー」
二人は、早速お椀を取りました。囲炉裏に乗せられた、鍋の蓋を取ります。底のほうに少しだけ残っていたのは、山菜と肉の入った、豪華なお粥でした。
「肉だのう」
「なー」
「わしは食べられんのう」
「なー」
お団子太郎は坊主です。三目太郎は羊です。二人とも、獣の肉を食べることなど、想像もできませんでした。
「近頃のガキは……」
お婆さんの顔が、みるみる不機嫌に変わっていきます。皺が寄り、赤くなりました。これで角が生えていたら、まさしく鬼そのものです。
「もったいないから食べるのう。怒らないでほしいのう」
「なー」
お団子太郎は、肉を避けてお粥をすくいました。三目太郎にも分けてあげます。
「ふん。まったく……」
二人が食べている間も、お婆さんはずっと愚痴を言っていました。食べ終わっても、お婆さんはすることがないのか、二人の前に座っています。なんとなく居心地が悪くなってきたので、お団子太郎が話し掛けました。
「お婆さんは、ここに住んでいるのかのう」
「いいや。この小屋じゃ、狭すぎる。今日はたまたまさ。お前達、運がよかったね」
「運が良かったのかのう?」
「なー」
「冗談だのう」
お婆さんの顔色がまた変わったのを見て、お団子太郎は慌てて取り繕いました。三目太郎は、そんな器用なことはできません。ただ、三目太郎の言葉をお婆さんは理解できていませんでした。
「じゃあ、普段は町に住んでいるのかのう?」
「そう思うかい?」
また、お婆さんはニタリと笑いました。
「じゃあ、村かのう」
「それじゃ同じさ。人里にゃあ、住めないさね。住んでいるのは、もっと山奥の、洞穴の中さ」
「なー」
お団子太郎は、何も言いませんでした。だんだん恐ろしくなってきたのです。三目太郎は、まったく相変らずでした。
「その毛皮は、どうしたのかのう」
「剥いだのさ。この手で殺した後でね」
「……す、好きな食べ物は、なにかのう」
「聞きたいかい?」
「……こ、この肉は、なんの肉かのう」
「昨日さらった……聞きたいかい?」
もう、何も聞きたくありませんでした。
「なー」
聞きたくはありませんでしたが、聞いてみました。
「わし等は、く、く、食われるのかのう」
「ああ。そうさ」
お団子太郎は、ガタガタと震え出しました。
「しょ、小便がしたいのう」
「ここでしていいよ。見ていてやるさ」
お婆さんは、ニタリと笑いました。
「なー」
三目太郎は、正直でした。立ち上がると、お婆さん目掛けて始めました。黄色い水が、大きな目玉に当たりました。
「このガキがぁ」
怒り狂ったお婆さんに腰を抜かしたのはお団子太郎でした。三目太郎は、なにが悪かったのかわからず、立ち上がるお婆さんを見上げました。大きなお婆さんでした。本当に大きなお婆さんで、真っ直ぐ立つと、天井に頭をぶつけました。
お婆さんは頭を抱えてうずくまりました。三目太郎は軽やかに、その頭を蹴りつけました。弱いものを見ると、ちょっと苛めたくなる。そんな気分だったのでしょう。でも、お婆さんは弱いもの、ではありません。三目太郎も心得ていたので、腰を抜かしたお団子太郎の襟首を持つと、ズルズルと引き摺り、山小屋の戸口まで来ました。ところが、この戸がなかなか開きません。お婆さんでも苦労した扉です。三目太郎は苦労しました。お団子太郎は震えるばかりです。
「なー」
突然、外側から扉が破られました。潰れた鼻先が見えました。知っている鼻でした。お団子太郎は、ただひっくり返っていました。
「おのれぇ。逃げる気かぁ」
もう、お婆さんは、ただの大きい、いい人ではありません。山姥の本性をあらわし、二人を食べてやろうと立ち上がります。また、頭を打ちました。
扉が壊れます。もう一度突進され、猪の顔が小屋に突っ込まれました。猪が首を振りながら下がり、その隙間から、三目太郎が外へ出ました。お団子太郎は震えていました。その服を引っ張り、無理やり引きずり出しました。
「痛いのう。痛いのう」
「なー」
お団子太郎は、砕けた扉の破片に引っかかり、傷だらけになっていました。
「逃がすかぁ」
大きな声です。また、山小屋に頭をぶつける音がしました。三目太郎は猪に飛び乗りました。お団子太郎は恐がりましたが、三目太郎が乗せました。
「おぬし、意外と乱暴だのう」
猪に揺られながら、お団子太郎が言いました。背後で、木の割れる音が続きました。山姥が、小屋を壊したらしいのです。二人を追いかけるためです。
「逃げるんだのう」
「なー」
辺りは真っ暗です。お団子太郎は、必死で猪にしがみつきました。三目太郎は、疾走する猪の背中で、なんだか楽しそうにしていました。
「恐ろしい目にあったのう」
「なー」
三目太郎とお団子太郎は、別の山小屋にいました。山の名を散々走り回ったので、体中は小さな傷で一杯でした。山姥のことも気になりましたが、いくらなんでも猪より足が速いはずはありません。夜はとっぷりと暗く、辺りは静まり返っていました。
「やっぱり、三蔵法師は凄いのう。わしには真似できんのう」
「なー」
心細くなったのか、お団子太郎は泣き始めました。三目太郎は、その肩を叩いて慰めました。いつまでも泣き止まないので、三目太郎は背中の保存食を一つ、分け与えました。すると、お団子太郎はびっくりして泣き止みました。
「おぬし、食べもの持っていたのかのう」
「なー」
「どうして今まで黙っていたのかのう」
「なー」
当の三目太郎が忘れていたのだから、仕方がなかったのです。とにかく、二人は保存食を食べました。お腹が一杯になると、寝てしまいました。恐ろしい一日でした。抱き合うように、泥のように眠りました。




