第四話:ふたりのチカラ。
病室のドアをノックする音がした。貴子がドアをあけると、和歌子が車イスをもって病室に入ってきた。
「和歌子所長、その車イスは……」
「この車イスは、恵太くんがつかうの。ずっとベッドで寝ていたでしょ。さっきもいったように筋力も弱まっているから、歩くのもままならないと思って車イスをもってきたの」
「和歌子所長ありがとうございます」恵太の体に信じられないことがおこった。恵太の体が浮いていた。
「エッ。なんで、ワタシどうなっているの」パニック状態になる恵太。
「アニキ、ボクのチカラすごいだろう」自慢げにいう貴子。
「ねぇ、これって、どういうことなの……」とまどう恵太。貴子はあわてふためく恵太を見て、ケラケラと笑っていた。
「ねえ貴子、おねがいだからはやくおろしてェ」恵太は情けない声をだして、貴子にいった。
貴子は、ゆっくり恵太を車イスにおろした。
恵太は、なぜ空中に浮いたのかわからなかった。
「たぶん入れ代わったのが原因だと、和歌子所長がいってた」貴子は恵太にいった。
「そうなんだァ。ワタシにも、そのチカラというのがあるのかなぁ」
「恵太くんにもあるかもしれないわね」和歌子はいった。
「ほんとですか。ウーン、うごけ……」恵太は両手を突き出して、テーブルの上にある皿をうごかそうとした。でも皿は、一ミリもうごかなかった。
「ワタシにはないみたい」恵太は、疲れきった表情でいった。
※※※
病院の食堂は、お昼もかかわらず、意外にも空いていた。
「ちょうどいいタイミングだったわね。後もうすこししたら混むから。お金のことは心配しないで。入院中の患者や家族たちの食事はタダだから。でも恵太くんは、まだ起きたばかりで固形物は胃がよわっているから、お粥でガマンしてね」
※※※
恵太たちがたのんでいた料理が、テーブルのところにきた。
恵太はお粥。和歌子はカルボナーラ。貴子は牛丼大盛りと味噌ラーメンとテリヤキハンバーガー。
「どうしたのアニキ」たのんだ料理を食べている貴子を見た恵太は、だまってしまった。
「貴子は、たのんだ料理をちゃんとのこさず食べられるの」お粥をスプーンですくったが、あまりの熱さにクチでフーフーいいながら食べる恵太。
「これくらい平気だよ。それより、アニキはいつネコ舌になった」
たしかにそうだ。今までなら、これくらいの熱さは平気だった。
それが、お粥を冷ましてないと食べられない。
やはりこれも、入れ代わったせいなのだろうか。
「私は、恵太くんの健康診断の準備をするから、ふたりともゆっくりしていて」和歌子は食堂から出ていった。
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お粥が髪の毛の中に入って食べにくそうにしている恵太。
貴子は恵太のうしろにまわると、恵太の髪をポニーテールにした。
「これでアニキも、髪がジャマにならないだろ」恵太の手に、ヘアアクセサリーをわたす貴子。
「こんどからボク、髪をショートにするからもういらない。だからアニキにあげるから、つかいなよ」
「……ありがとう貴子。ワタシ、大切にするから」うれしそうに、ヘアアクセサリーを見つめる恵太。貴子は、なんだか恵太が愛しくなってきた。
入れ代わる前は、貴子にそういった感情はなかった。しかし、入れ代わったことで、貴子は、恵太にべつな感情が芽生えた。それは、恵太を守ってあげたいと思うことだった。恵太も、入れ代わったことで、貴子が頼もしくみえたのだった。
なにかあったら、貴子が守ってくれるのでは。貴子といっしょにいると、年上という意識がなくなっていくのであった。
「はやく食べないと、そのお粥さめるぞ」
「だって、まだ熱いんだもの……」情けない声をだす恵太。
「ホント、アニキは食べるのがおそいなぁ。スプーンをボクに貸して」
貴子が、恵太のスプーンを手にもつと、お粥をスプーンですくいあげスプーンを恵太の口にもってきた。
「口をおおきくあけて、アニキ」
恵太は、貴子にいわれたとおりに口をあけた。貴子はスプーンの中のお粥をさましてから、恵太の口にもってきて食べさせた。
「どうだい。これで食べやすくなっただろ、アニキ」貴子はいった。
恵太は、貴子にちいさい子供のようにあつかわれてはずかしいのか、顔をあかくなって、ちいさくうなずいた。
そんなことを気にしない貴子は、恵太の口にどんどんお粥をいれた。貴子に手伝ってもらったので、お皿のお粥はなくなった。
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車イスに座った恵太を押す貴子。
恵太が、病室の前に近づいたらある異変がおこった。恵太の病室のカベが、すけて見えたからだ。
恵太が目をこすった。でもカベがすけたままだった。恵太がカベを見続けると、病室の中の様子が見えてきた。
「病室にだれかいる……」
「なんでアニキは、そんなことがわかるんだ」
「貴子のチカラとちがい、ワタシのチカラはなんでも見えるみたいなの」
「で、中はどうなってるのか教えてアニキ」
「ちょっとまって……」恵太はカベを見つづけた。中にいたのは和歌子だった。和歌子は、天井やコンセントになにか細工をしているのが見えた。恵太は、和歌子がしていることを貴子にいった。
「ねえアニキ。和歌子所長を、あまり信じないほうがいいぜ」
「どういうことなの」
「和歌子所長も、あいつと同じように、ボクたちを利用するつもりだぜ」
「貴子、それはほんとうなの……」
「アニキの病室には、盗聴器や監視カメラがいっぱいあるぜ。だからアニキは、いまのチカラをだまっていたほうがいいぜ」
「わかったわ。貴子のいうとおりだまっている」
※※※
貴子のチカラは念力のチカラがあり、恵太のチカラは透視のチカラ。
そのチカラのせいで、ふたりはいろいろなことに巻きこまれるのであった。