災厄の地神
「さて、食料確保はある程度済みましたし……今日からは本腰入れて地衣類や菌類などの観察に勤しめそうですね!」
坂上は木の皮を編んで作り上げた家具が並ぶ家の中で元気に目を覚まし、朝食を済ませると外に出た。どうやらコモドンは起きているようで昨日坂上がしとめた単弓類の白骨死体がある場所の近くで欠伸交じりに火を吐いている。
そんなコモドンを見て坂上は声をかけ、コモドンはのそりと顔を上げて坂上を見上げた。しばらくドッヂボールのような会話を続けた後に坂上はコモドンに尋ねる。
「……ところでコモドンはこの土地でどれくらいの強さに当たるんでしょうかね? 食物連鎖の頂点付近だとお留守番してもらいたいのですが……」
『……生憎、ここは水辺で岩壁はあってもマグマはない。森もあるが山火事も起きてない。ここじゃ殆ど戦えないな……』
「まぁ、大丈夫でしょう! 2M近い体をしてるんですし、ドラゴンと名が付いているんですから弱いわけがありません。お家のことは任せましたよ!」
『……無理なんだが……』
コモドンの呟きは坂上にとって何の意味もない。坂上はコモドンの嘆きを無視して森の方へ向かおうとした。
その時だった。
坂上の家の中から騒がしい音が聞こえて勢いよく扉が開けられるのを見、坂上の足が止まる。坂上が起きて朝食を摂っていた時も目を覚まさなかった少女が青い顔をして息も荒く扉から出て来たのだ。
「……何か怖い夢でも見たんですかね? コモドンくんに癒して貰うと良いですよ……?」
『き、来ます!』
坂上が安心させるように声をかけるが、少女は叫ぶようにそう告げた。坂上にはその言葉の意味は通じないが、直後、周囲の雰囲気が一転する。
「……何ですかね?」
『まずい……悪しき精霊、土地神だ……!』
地響きのような音がこちらに近付いて来る。倒木が視界に入り出したころにはその主の顔が見え始めることになる。坂上はその姿を見て驚くことになる。
「目が、ない……蛇でしょうか……? にしても……大きいですね。恐竜の一種なのでしょうか……?」
『もう、終わりですね……今までありがとうございました……』
少女が腰を折って涙目で僕に何か告げています。何でしょうかね? それよりも目の前の蛇さんに進行方向を変えてもらわないと僕の家が倒壊するのですが……
「って、うわっ!」
少女は蛇みたいな動物のその巨体の前に出て何か言っています。しかし、その動物は何がかはよく分かりませんが、気に入らなかったようで口から真っ赤な炎を……
僕の家に向けて放ちました。
「放火魔め……! 許しませんよ!」
地面が抉れるほどの踏込でその放火魔目掛けて打ち込みます。しかし、堅い……! 僕の一撃など痛痒も感じていないかのようにしてやつはこちらを見下ろしました。
「っ!」
背筋に悪寒が走って勢い良く退いた直後、放電が起きます。残っていれば黒焦げでしたでしょう。少女が泣きながら何かを言っている上、コモドンが何か騒いでいますがうるさいです。
「……ですが、困ったものですね……まさか、実在するとは思ってませんでしたよ……モンゴリアンデスワームさん!」
モンゴリアンデスワーム。それは名の通りモンゴルのゴビ砂漠に生息しているとされる芋虫かワームのような形状をしている未確認生物だ。毒を吐き、電気ウナギのように電気器官から放電して獲物を捕らえるという生態だと考えられている。
通常サイズでは1m50㎝とされているが、目の前にいるそれはどちらかと言えば虫のような印象を受けず爬虫類のようで、優に5メートルはありそうな体長。その直径も大型トラックのタイヤくらいはある。
「……今は9月。モンゴリアンデスワームの毒が弱まり始めるのは7月ですから助かりましたね……!」
生態のことを思い出していると少しだけ良い情報が手に入った。しかし、それも目の前の規格外な大きさのそれには適用されるかどうかわからない。
そもそも、未確認動物なので研究が進んでおらず、本当の生態がどうなのかは誰も知る由がないのだ。しかし、未知の相手に一応の仮説を与えることは出来た。
(……砂漠では成長できないはずの個体が森林で生息し、豊富な餌により成長したことでここまでの大きさを保つことが出来るようになったと……先程の火災は放電現象からの派生と考えるのが妥当でしょうか。それにしても、何で僕の家をわざわざ焼いたんでしょうか……恨みでもあるんですかね?)
折角先生に教えてもらい、頑張って作った家が燃えている。食いでのある生物を燻たりして貯蔵した食料も燃えている。家具類も全て燃えているのだ。能面を張り付けたかのような坂上の無表情の裏でも怒りの炎が燃えているのは当然の流れだろう。
「……せっかく、これからこの森に対して打って出よう、そう決めた門出に……!」
コモドンや少女など、周囲の状態などは一度おいておく。坂上は目の前の存在を相手に勤めて冷静に戦況を分析し始めた。最悪勝てずに敗走するとしてもせめて一矢報いはしたい。
(……目があればそこを潰したりできるんですが……ないならしかたないので体を叩くしかないです。そうなると、堅い武器が欲しいですね……その辺にある礫岩や木などでは全力でぶつけてみても岩の方が砕けるだけでダメージはなさそうです。……先生に頼るのは本当に最終手段として……飛行機の羽をもぎらなかったのは失敗ですか……金属が、欲しいです……)
少し離れた所には家を作る際に使用した泥岩が大量にある層があり、その岩であればそれなりの強度はあるが今から向かって加工して……という時間はない。この場で使えそうな物を探さなければ……
「……あ、そう言えば……」
そこで彼は思い出した。彼の拳でも砕けなかった、物質が家の近くにあるということを。彼はすぐに大型単弓類での骨を持ち出してそれを力強く握りしめた。
「……骨角器ですらない、文明人とは思えない武器ですが……ないよりマシです。行きますよ?」
坂上は今更ながら少女たちが何かを訴えていることに気付いたが、無視してモンゴリアンデスワームこと災厄の地神へと立ち向かった。