霊長類のやり方
「……香辛料とは言いません……せめて、昆布出汁が欲しい……S∩Bの偉大さがよく分かりますね……まぁない物ねだりしても仕方ないんですが……」
『おい、兄ちゃん……ゾンビを倒したのは仕方ないとしてこれからどうするんだ? この森にすむ限りは災厄の土地神に目を付けられるのは間違いないぞ? 特に、巫女を匿っているんだからな……』
『分かるんですか……?』
坂上は本人曰く大型単弓類。コモドン達からすればランドドラゴンの幼体を狩って焼肉をしていた。そこで考えるのは調味料の少なさだ。少女とコモドンが『巫女』とか『憑代』だとか割と重大そうなワードを使いつつ少女の暗い生い立ちを語っている中で坂上だけは1Mほどの草食単弓類と勝手に思っているその動物を食べつつ調味料について思いを馳せる。
「……何とか、先生の機嫌がいい時にコネクションが取れないでしょうかね……いや、それで失望されると困りますね……僕は学者……道なき道を切り拓く者です。これだけ多様な動植物があるのですから自力で香辛料を探すべき……!」
『嬢ちゃんも、大変な思いをしてたんだな……』
『い、いえ……今、生きていられるだけでも……それに、最期がどのような形であれ私はこの楽しかった時のことがあるだけで、笑って逝けますから……』
『嬢ちゃん……』
「となると、まずはカラフルな木の実を探してみますか。」
サラマンダーは何となくイラッと来た。こっちはシリアスやってるのに何を呑気にカラフルな木の実を探すだ? そう思って低めに吼えた。すると近くでさっそく赤い実を摘んで携帯の写真でその毒素成分を確認していた坂上に窘められる。
「こら、満腹になったからってそうそう吼えるんじゃないですよ?」
『満腹になったから吼えたんじゃねーよ!』
突っ込み代わりに更に大きな唸り声を出すと坂上はムッとしたようだ。
「うるさいですね……サンショウウオ……いえ、ワニというものは美味しいらしいですが……コモドドラゴンはどんな味か君で試してもいいんですよ? このリストロサウルスモドキも美味しかったですし。僕は菌類と植物を主に研究しているので君は別にそこまで大事ではないんです。調子に乗らないでください。」
サラマンダーは矜持を黙って取り下げて沈黙した。それを見て坂上は大人しくなったのであればよしよしと頭を撫でてみる。
「……躾は大事ですね。さて、どうしますかね……食休みしてから採取に出掛けますか……」
この単弓類の肉を干し肉にするのは蛇の丸干しと同じような扱いでもいいのだろうかと皮を剥ぎながら薄めにカットして陰干しして坂上は周囲を眺めて考える。
「……あまり気は進みませんが……迷子になっても困るので辺りの物を薙ぎ倒しつつ進みますか。道を作れば間違いないはずです。」
『……正気かよ……目印ならもっと簡単なのあるだろうに……』
コモドンが小さく突っ込みを入れると坂上が何を言っているのかは分からないが、精霊の一種とはいえ動物に正道を説かれている人間という図を見て少女はクスリと笑って立ち上がった。
「? どうかしましたか?」
坂上が急にアクションを起こした少女のことを見てそう尋ねると、少女は頭を下げた。
『ごめんなさい。これ以上ご迷惑はかけられないので私は贄になります。最後に楽しい思い出をありがとうございました。』
「……この少女は僕と意思疎通が出来ていないことを理解できていないんですかね? 一方的に喋られても困るのですが……それで涙目となると、何となく僕が悪いみたいに思われるので泣かないでほしいです。」
コモドンは黙っていた。少女の決心と坂上の現状認識の温度差は酷いものだが、彼は坂上は知らない方が良いだろうと判断していたのだ。それに、伝えようにも言葉を理解してもらえないのでまた睨まれるということも彼を沈黙へと誘う要因となっている。
『……本当に、ありがとうございました!』
『嬢ちゃん……』
「……赤い実を見てるみたいですが……何で急に頭を下げてるんでしょうね? 美味しいから欲しいということでしょうか……? あっ。」
少女は走り去ってしまった。コモドンがそれを追いかけていく。その両名を見ながら坂上は赤い実を手の中で弄んで首を傾げる。
「……食い逃げ、されたみたいですね。まぁいいですが……この実に毒はないので食べてみましょう。」
瑞々しく、非常に酸っぱい味がした。果実酢にはできそうだ。しかし、坂上は酸っぱいものはそんなに好きではないので落胆し、そして先程の少女たちの行動の理由について思い当たった。
「もしや、これが非常に酸っぱいものだと知っていて食べたくなかったから逃げたのでしょうか?」
「きゃあぁあぁあああぁっ!」
「おや。」
近くで悲鳴が上がった。それも坂上がゾンビに囲まれた時に聞いた覚えのある声だ。
「……何でしょうかね? 近いですし、ちょっと見に行ってみますか……」
誰もいないというのに、坂上は声が聞こえた方向にこっそり移動を開始した。程なくして着いた現場で坂上は目を軽く見開いて呟く。
「驚きました。ビックフットですね多分……いえ、頭が普通にあるので違いますか? それにしても本当にここは未確認生物の宝庫ですねぇ……」
コモドンが岩盤際で少女を庇って一生懸命野球ボールくらいの大きさの火球を放っているが、牽制にしかなっておらず別の個体に回り込まれて絶体絶命の状態だ。その様子に対して顎に手を当て、首を傾げながら考察する坂上。
「……このまま見殺しというのも、あまり後味がよろしいものではないですね。ビックフットさんたちにコミュニケーションを取ってみますか。あれだけ大きい霊長類モドキなのですからある程度知能はあるはずですし。ハロー」
緊張感のない声でのこのこと修羅場に入ってみる坂上。新たな乱入者にその巨大なゴリラと人間のハーフのような存在は牙を剥き出しにして吼える。
「ゴッゴッゴ……ぅゴッ!」
「ごっごっご? ……ちょっと僕には理解できない言語ですね……申し訳ありません。言葉が通じないらしいのでボディランゲージで……」
『何を呑気なことを言ってんだ! オーガ種だぞ! さっきのゾンビよりもヤバい土地神の信者だ!』
「……コモドンくんは人が話をしている間には静かにしておくように躾を……」
コモドンの警告に坂上がジト目で睨んでいると不意に影が差し、坂上は即座にその場から跳ね退いた。
「……何ですか? 襲われる前に殺そうとでも言うんですかね……なら、あなた方の想定通りに襲って差し上げますが。」
『おい! こいつらはゾンビみたいに行かねぇ! そいつら全員の興味が分散してるんだから一気に散会して逃げるぞ! 誰か一人でも助かるように!』
「ウォッウォッウォッヲッ!」
「……何かムカつく顔されているんですが……」
唇を尖らせて声を上げるゴリラ人間。それは人形でも扱うかのような無造作感で急に坂上に掴みかかり痛みに顔を顰めて手を眺めた。
「……急に何をしようとしてるんですか。いいですか? 別に僕は争いに来たわけじゃなくてですね。知能を持っているという仮定で……」
興味を引く玩具くらいの感覚で接そうとしていたゴリラ人間は痛みを与えた原因が坂上であることを認識すると激昂したようで吼えた。それに伴い全員が憤怒の声を上げて坂上たちに襲い掛かる。
「……これは正しく正当防衛ですね。死になさい。」
迫り来る巨腕。それを捻り、更に引き込む力を加えつつ後ろの岩盤へと流すことでゴリラ人間の自らの力で手を破壊した坂上は顔を僅かに顰める。
「……思いの外、重くて硬いですね……死になさいと言いましたが殺すのはちょっと大変そうです……今から訂正入れてもいいですか?」
コモドンと少女は前面から来るゴリラ人間の攻撃を何とか躱しているようだ。それに対して坂上は一人で2匹相手取ってまず目玉から潰すことに決めた。
「では、工夫して行きます。」
砂、石、岩、植物……手当たり次第に相手の顔に目掛けて至近距離で全力投球を開始する坂上。人が乗れるバランスボールほどの大きさの顔面は良い的のようで坂上の強肩から放たれる弾丸はその殆どが命中していく。
「お、良い悲鳴ですね。目が潰れたんですか? ざまあ見てください。」
血が迸る目を抑えている1匹が闇雲に暴れるともう1匹にぶつかり喧嘩が始まる。そちらの目も狙って潰した坂上は側面から鼓膜が破れるように狙いを定めて岩を放り投げた。
「……岩よりも固いって、怖いですねぇ……昏倒してくれたので一応止めを刺して終わりますか……」
悲鳴を聞いてこちらに駆け付けた最後の1匹も片付けて坂上は震えているコモドンたちの方へと歩いて行く。