ゾンビー?
「良く働いてくれる子ですね……これくらいあればいいでしょう。」
僕は取り敢えずこの辺で塩造りを止めておきます。時と場所によっては禁止の法律があったりするのであまり大規模にはやらない方が良いですし。
一先ず、出来上がった塩は頑張ってくれた彼女に少し食べさせてみますが……まぁ、そりゃ塩だけ食べさせても微妙な顔をしますよね。
(……塩、ですね。何をしているのかと思ってたんですが……塩が欲しいならあっちの山にあるんですが……で、でも、たくさん褒めてもらったからいいです……)
幼子がこんなことを考えているのは知らずに坂上は疲れているコモドンと塩の甕を持って帰ろう……そう思ったその時だった。
「うぅぅうぅう……」
「あ゛ぁぁあぁぁ……」
「……何ですかね?」
突然、人の呻き声が聞こえたかと思うとこちらに寄ってくる大量の気配。坂上がコモドンと塩甕を置いて周囲を睥睨すると白目が赤や黄色に変わり、黄疸が走ったかのような皮膚をした人々がこちらにおぼつかない足取りで近付いていた。
「……レプトスピラ……? いえ、素人判断はいけませんが……かなり皮膚がぼろぼろですね……やはりレプトスピラの可能性が高いです。」
彼らの濁った目を見た坂上の頭を過ったのは病原性レプトスピラの感染によるスピロヘータ感染症だった。そしてすぐさま水辺に目をやると苦い顔をする。
「……もしや、この子は水遊びが出来ない危険な水場だから水遊びと言う考えが出て来なくてずっと手伝いをしていたのでは……」
『何ぶつぶつ言ってるんだ!? ゾンビだ。土地神の手先で厄介な相手だぞ、逃げろ!』
坂上の言うレプトスピラ症は汚染された川の水を生で飲んだり、素足で入ることで傷口から侵入して感染する細菌感染症だ。日本では秋疫、七日病などと呼ばれるものである。
そして目の前にいるのはファンタジーやバイオなハザードでお馴染みの下級アンデッド、ゾンビだ。そんなゾンビの群れに気付いた少女は動きを止めて蹲った。
「ひゃああぁぁあぁっ!」
ゾンビに怯えて叫び声を上げる少女。坂上はそれを見て悲しい顔をして蹲った少女を抱える。
「……汚染された土壌を素足で走っていたかもしれない。確かにその絶望感はわかります……ですが、叫んでいても始まりません。一度家に帰りましょう。確か、このハイテクの毒素探知にはMATも対応してたはずですから……」
優しく、あやすように告げる坂上。その様子に幼子も落ち着き、坂上にしがみつく。しかし、ゾンビたちは空気を読んではくれない。
「おっと。……急に殴りかかって来るとは、ずいぶんなご挨拶ですね。苦しいのは分かりますが……他人に襲い掛かるのはいかがなものでしょうか? それと、「あぁああぁぁぁあぁっ!」……話を聞く気もないようですね……」
堰を切ったかのように暴れ始めるゾンビたち。その渦中の中で坂上は少しだけ冷や汗を掻いていた。
(もしや、やはりこの子は迷子で僕は誘拐犯と間違えられているのでは?)
取り敢えず、少女を持ち替え、ゾンビに掲げるように見せて意思疎通を図ってみる。
「えぇと……僕は誘拐犯じゃないですよ? もしかして、この子はあなたたちの村の子どもですか? 駄目か。いや、それよりも……大人なら、もしかしたら英語が分かるかも……Who is this?」
聞き方としてはどちらにせよ間違っている。それはさておいて幼子は自分を生贄に交渉をしているのではないかと泣きそうな顔で坂上を振り返っている。
『おい、兄ちゃん! その子はそいつらの子どもじゃねぇぞ!? つーか、仮にそいつらの子どもだったとしてももうゾンビになってるの見ればわかるだろ!』
『! 私、ゾンビじゃないです!』
サラマンダーが吼えたことで子どもは坂上が何やら勘違いしていることに気付いて抵抗を示す。しかし彼女の目の前には既に魔手が迫っていた。
(いやっ!)
思わず目を閉じる少女。しかし、ゾンビの腕はいつまで経っても少女に触れることはなかった。そっと目を開けると彼女は坂上の腕の中に戻っており、ゾンビの腕は吹き飛んでいた。
「……子どもに暴力はいけないと、その、強めに蹴ったんですが……吹き飛ばす気はなかったんですよ? 信じてもらえますかね?」
坂上は靴の裏に不快な感触を感じて地面にそれを擦りつけて敵を何とも言えない目で一応睨む。それに対する答えは咆哮だった。
「……まぁ、許して貰えるわけないですよね……いや、あなた方脆すぎですって。性根が腐ってるから体まで腐ってるんじゃないですか……? 一応、最初は正当防衛だったのですが……こうなった以上は過剰防衛を行うので……」
一度深く呼吸をした坂上は幼子を抱えたまま地面を強く蹴りつけた。
「目撃者は全員消します!」
『えぇ……いや、ゾンビだからいいんだが……もし、人間だったらどうなんだよ兄ちゃん……』
サラマンダーの呟きは聞こえない。暴風と化した坂上はその両足だけで迫り来る脅威を全て薙ぎ倒して一つの屍山を生み出すとコモドンを見下ろした。
「コモドンくん。燃やして証拠隠滅をお願いします。」
『……ファイア。』
焼き討ちにあう屍山を背後に泣きじゃくる幼子をなんとかあやそうとし始める坂上。何を言っているのか分からないが、怯えているということは分かるので取り敢えず赤ん坊をあやすように抱っこして揺らしてみた。
「ふぅ……暴徒と化した人間は怖いですねぇ……一先ず、この辺りには凶暴な動物が多くいるので彼らにやられたことにして貰いましょうか。」
『俺はあんたが一番怖いよ。』
炎を食みながら突っ込むサラマンダー。その生態を見て坂上は驚いて幼子のことは一度降ろし、サラマンダーを無言でじっと眺め始める。
「……これは、一体どういうことなんでしょうか……炎を食べているように見えましたが……?」
『……あんだよ。炎の精霊なんだからこれくらい普通だろうが。』
嫌そうに硬そうな尻尾で払ってくるコモドンを見て坂上は難しい顔をして頷く。
「……食事風景を見られるのは嫌いな動物が多いですからね。仕方ないです……しかし、これは炎を食べてるように見えますよねぇ……まぁ気のせいでしょうが。大方、焼いた死肉を漁ってるんでしょうね。炎を吐くぐらいだから高温には強いのでしょう。」
『……炎、食ってんだよ。』
「ですが、人間以外にも火を使って食事をする動物がいるとは……うーん……威嚇の為と思ってましたが相当な知能があるようです……やはり、この子は世紀の大発見でしょうね。近い将来、生物の教科書において共生している動物にはイソギンチャクとやどかり、コモドンとメタン菌という風に名が挙げられるようになるでしょう……」
こいつ何言ってんだ? そう思いつつサラマンダーはもう諦めることにして慰められずに自分で瘴気を取り戻した幼子を憐憫の眼差しで見た後、食事に戻った。