襲来
モンゴリアンデスワームモドキくんをペットに入れた後、僕は生活向上と設備向上にしばらく傾注して恐ろしい魚たちが住まい、時には首長竜のようなモノまでが確認された大河で水晶を見つけ出したりなどして着々と研究所の準備を整えていました。
ついでに、最近では異国の少女とも割と仲良しです。彼女は野生の子と化しているらしく、もうお家に帰る意思はなさそうですね。言葉が通じないので全て推測になりますが。
まぁ、それはそれとしてです。素材を手に入れる、もしくは加工するためにほとんど変わり映えのしない日常を過ごしてきましたが今日は違います。
『……何か今日はこの兄ちゃん落ち着かねぇなぁ……』
『小さい箱と喋ってから様子が変ですね……?』
コモドンくんと少女が僕を不審者でも見るかのような目つきで見てますが、ここは僕の家ですので文句があるなら出て行ってください。
いや、そんな些末なことはどうでもいいんです。今日、先生がここに来るのです……
何でも、少し前に来た場所らしく先生が来た後は不思議なエネルギーがどうのこうので量子力学的に変なものが何とかで……よくわからないですが、「まそ」とかいう物質の濃度を測定しに来るついでに寄って行くなんてことを……
「服がないのが悔やまれますね……どうしましょうか。君のせいなんですから服の一つや二つくらい準備してくれないでしょうかね?」
モンゴリアンデスワームくんに愚痴を言っても仕方がないのですが、ついそう思わざるを得ない状態です。毛皮を纏うなんて蛮族みたいな服装は嫌なのですがね……
『服がないのが嫌だと言ってるが……』
『着てますよね?』
『噂には聞いたことがあるんだが……確か、アレだ。馬鹿には見えない服とか言う物があると聞いたことがある。』
『……じゃあ、私たちは賢いってことですか!?』
何やら少女が喜んでいますが急にどうしたのでしょうか。変な子ですね。
『でも、それだとあの兄ちゃんは今、服が見えてないって状態になる……つまり……』
『ち、違うよ! 見えてなかったら着れないから、お兄さんは賢いんだよ。私たちを確かめてたに違いないん…………です。』
『別に堅苦しい言葉を使わなくてもいいんだけどな。』
慌てて言い直していた少女にサラマンダーはトカゲの顔ながらおそらく、曖昧な笑みと思われるような顔を形作ったはずで、少女は恐縮する。
それは兎も角、そんなやり取りをしている二人のことを立ち合いからいきなり漫談でも始めた相撲取りでも見るかのような訝しげな目で見つつ坂上はいきなり空を見上げた。
「……来ます。」
サラマンダー達が何が? と顔を見合わせる暇もなかった。突如、世界が暗転したかのようなイメージが叩きつけられ次の瞬間にはどこにでもいそうで絶対に見受けられない矛盾を孕んだかのような顔をし、黒髪黒ローブといういかにも怪しげな恰好をした青年と白髪の、ここにいる一同が見たこともないような美少女がこの場に舞い降りていた。
「ん。祓は死んでないな……ってことはまぁ、ある程度魔素は沈着してるな……よし。無駄なことせずに済んでよかったな?」
「…………無駄なことじゃないのですが……」
室内に来て元から部屋の中にいた全員が固まっている中で呑気に会話をする二人。それに気付いた青年が目を軽く細めるとすぐに全員が動けるようになっていた。
それでも視線が白髪の美女に向かっているサラマンダーとモンゴリアンデスワーム。そして坂上すらも白髪の美少女の豊かな胸から雪原に咲く可憐な花を思わせる美貌を持つ顔に釘付けになっているのを見て少女は少しムッとした。
「……おや? 何か面白そうな気配がしたな……そこの小さいのか。」
『あの、小さいのじゃないです。ラシュリッシュと申します……』
「あぁ、名乗られても覚える気はないから……ふむ。」
少女、正確な名前はラシュリッシュではないのだが、発音的に最も近い音を名前としてその黒い青年は白髪の美少女と坂上、そしてラシュリッシュを見てぞっとするような笑みで呟く。
「面白そうだよなぁ……置いて行ってみるか……?」
「嫌です。」
「おや、振られたな坂上。残念。結構美形なのになぁ……まぁこいつには相馬っていう……」
黒ローブの青年が坂上と雑談を開始する中で白髪の少女は非常に悔しそうな顔で時折割って入っては無視され、立ちすくんでいる。
それに対してラシュリッシュも時折坂上が視線を白髪の美少女の方に向けているのが何となく気に入らなかった。彼女は自分の胸辺りに目を落とすとそっと自分だってと心の中で呟いて二人の会話が終わるのを待つ。
「……それでですね。この地域には見たことない生物がたくさんいて、学会に発表すれば凄いことになると思うんです。」
「……んー……まぁ、未発見ではあるが……そこまで驚かれないと思うがね……精々話題性的にシーカランスくらいだろ。」
僕が発見したことの一部を先生に報告しました。しかし、世間と感覚がずれている先生には今一ピンとこなかったようで一部でしか話題に上がらないだろうと仰ります。そのため、僕も再反論せざるを得ません。
「先生は凄すぎるので感覚がズレてるんですよ! これは世紀の大発見です!」
「そうかねぇ……まぁ自由にすればいいと思うよ。俺はもうこの場所でやることは終わったしもう帰るが……あ、その前にちょっとそこの子ども……何だっけ? ラシュリッシュ? とかなんとかと話があるからちょいと外にそいつ借りて行くよ。」
……あの子、ラシュリッシュという名前なんですね……というより先生はここの言語も話せるんですか……流石、ですね……それはそれとして、彼女と先生を交互に見るとふと脳裏をよぎることが……
「……あの、実験とか言って解剖なんかはしないであげてくださいね……?」
「……お前俺を何だと思ってんだよ……」
先生が呆れる中で白髪の美少女と少女は先生の後を追い、外に出て行きました。残された男闘呼組は手持無沙汰で黙っておきましょうか……
「で、えーと小娘。お前は坂上のことが好きってことでいいね?」
『え、あの……その……』
「違うなら違うって言え。場をスキップさせたいからちょっと手を貸すつもりだったのを止める。」
突き付けられたその言葉に私は……無言で頷くしかありませんでした。それを見て目の前の青年は邪悪としか形容できない笑みを見せます。それに対して白髪の綺麗なお姉さんは何だか嬉しそうにしているのが不思議です。
「じゃ、坂上の生まれ故郷で好意……まぁ好きです、番になってください的な意味を持つ言葉を教えておこうか。多分発音できないだろうから何回も繰り返し練習するといい。」
『はい!』
「はい、じゃあついでに祓も日本語の練習。」
黒髪の男の人が白髪の綺麗なお姉さんにそう言うと白髪のお姉さんは真剣な顔になって黒髪の男の人の顔をしっかりと見て凄く綺麗な唇を開いて言います。
こっちまで緊張してきた中で告げられたその言葉。
「私は、あなたのことが好きです。今宵は月が綺麗ですね。」
「……ちょっと、違う……いや、最初はあってるんだけど……まぁ俺の教え方がアレだったかもな……言霊では伝わるけど言葉が……いっか。最初の部分だけ思い出したらリピート再生できるようにこの小娘の中に捻じ込んで……」
お姉さんが残念そうな顔をしている中で私の脳裏には先程の光景が刻み付けられます。それを見届けて男の人たちはこの場から消えて行きました。




