#08 ミッション・イン・ポッシブル:『武人は常に強くあれ』
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ナカツグがこちらへ向かっているという報告を聞いて一分が経ち、ラフィアは仮想敵の残骸を横目に周囲を警戒する。
敵はスナイパータイプのゼロ。であれば彼女がいる場所よりもはるかに遠いところに身を潜めているのだろう。恐らく近接戦闘仕様のゼロでは索敵が不可能。少なくともラフィア自身はそう判断した。
ナカツグがこちらへ向かうという報告の時、同時にリサがイレギュラーデータの居場所を突き止めるということも聞いて、彼女は自分がいかに役に立っていないかということを自覚した。
それ故に彼女の内にある自己嫌悪がますます加速した。
それと同時に彼女は凄まじい焦燥に駆られ、内心が不安で一杯だった。もはや彼女の心が決壊してもおかしくないほどに、彼女は焦っていた。
『武人は常に強くあれ』
ラフィアが自身の父から常に言われていた言葉だ。
自分は常に強者であり続けなければならない。
別に彼女は政治などに興味はないが、自分を武人と決めたからにはこの言いつけは守らねばならない。
それに比べ、彼女は彼を強いと思う。
《欠陥品》と蔑まれ、友もまともにできず、自分が抱えるステータスの所為で思うような操縦ができないが、そんな彼は必死に自分と向き合い、自身にできることを追求し続けている。
このエウレス守領士育成学校にランクEで所属する生徒はそこまで多くない。
基本的に魔素保有量が少なく実戦経験がない訓練生にとって、たとえシミュレーションでも魔装兵器を動かすのは一苦労なのだ。
そんなものを抱えていながら、彼は彼女以上の働きをしているように、彼女には映った。
故に彼女は自己嫌悪と焦燥を抱えていた。
「はぁ……」
溜息をついている場合ではないことは分かっている。
いや、分かっていてもやってしまうのだ。彼女の心が自発的にそれを誘発させてしまう。
人は焦るほど『無駄』な動きやその人『らしく』ない言動や行動が目立つようになる。彼女自身、そのことを自覚しているつもりだ。こんなに溜息をつくようになったのは最近のことで入学当初はつくことがなかった。
「……私は――」
その瞬間、ゼロの操縦ユニット内に警告音が響き、スクリーンにロックオン警報のウインドウが表示された。ラフィアは突然のことに思わず大刀を構え、周囲を改めて警戒し始める。
「ロックオン!? まさかイレギュラーデータ!?」
本来、スナイパータイプの機体は敵機に見つかる様なへまはしない。それがイレギュラーデータと呼ばれるような物であれば尚更だ。まだ味方が誤って自分を捕捉したと言われた方が信じてしまう。
しかしもう既に残っているのはイレギュラーデータと推測される何かしかない。リサとナカツグが仮想敵を撃破したのは爆煙で確認済みであり、もう一体は自分の足元に転がっている。
ラフィアは頬を伝うものを肌で感じつつ、索敵範囲を拡大する。
「え……、後ろ!?」
ラフィアのゼロが後方を振り返った時には、何かが自分に向いていると直感で分かった。
そう知覚した瞬間、けたたましい、キーン、という音が周囲を揺らし、ラフィアは思わず片目を瞑る。
『はぁ、はぁ……、危なかったなぁ、ラフィア……』
「ナカ……ツグ……?」
彼女は、大刀を振り切った姿で自分の前に立つ中衛のナカツグのゼロの姿を見た。
「なんで……?」
ラフィアは、先ほどのレーダーに引っかからなかったナカツグのゼロに対して訝しく思いつつも今起こったことが分からず唖然としていた。
『なんでって……、スラスタ全開で来たからに決まってんだろーが……』
サウンドオンリーで通信するナカツグとラフィア。ラフィアはナカツグがちょっとした勘違いをしていると思いながらも、敢えて触れなかった。それにナカツグの息がかなり上がっている様子で、思考がそっちにとられていたのだ。
「スラスタ全開って……、あんた魔力切れ起こしちゃうわよ!?」
『まぁ……、そーだな』
「……何、その、他人事みたいな」
『まぁ……、でもだからって、仲間を見捨てていい理由にはなんねーだろ』
「……ッ!」
ラフィアは心がチクリと何かに刺されるような感覚に襲われた。
彼女は自分が囮役を引き受けてから、イレギュラーデータの出現を聞いてから、撃破判定を受ける覚悟はあった。
それに自分は強くあらねばならない。
故に何かがあったならば一人で解決せねばならない、と思い込んでいた。
それを彼は、魔力切れを起こす寸前になりながら援護しにやってきた。
だったら、自分も彼の実力を最大限に引き伸ばさなければならない。
ラフィアは一息吐き、操縦桿を握り直す。
「あんたって、本当に馬鹿ね。あの時と言い、今回と言い……」
『あん?』
「何でもないわよ。ほら、イレギュラーデータが来るわよ」
『分かってるよ』
ラフィアは自分が強くあるために、少なくとも今は細かいことを考えるのは止めようと思った。
今は正面の獲物を斃すことにのみ力を注ぐ。
それがいつか、自分の強さになると信じて。
『さっきリサが俺たちの後方から主砲で援護するって通信があった』
「ラフィア了解よ。ナカツグは左翼、私は右翼から行くよ!」
『リサりょうか~い』
『ナカツグ了解! 行くぜ……!』
そろそろ限界が近い、と思い、早く片付けねばと考えながらラフィアはゼロのスラスタを噴かした。
○
何かよくわからねーけど、何かが吹っ切れたような感じだな。
ナカツグは魔力切れを寸前に感じながら、気だるい体躯を振り切ってスラスタを噴かす。大刀を腰へ戻し、腰部に一時的に設置していた突撃銃を両手に戻す。
スクリーンにロックオンカーソルが出現してイレギュラーデータがいると思しき所をロックする。しかしリサから主砲を撃って注意を引かせるという通告を聞いてすぐにロックを外す。
王国式78型突撃銃は兎に角軽量化を追求した突撃銃であり、量産化が図られている一番最新鋭の突撃銃だ。
軽量化が図られたことにより携行できる弾倉が増え、戦場での火力や生存率の増加が見込まれたが大した成果は出ていないことで各国に名が通っている。
言うなれば、軽量化は大して意味がないということだ。
寧ろ主砲の威力向上に力を注いでほしい、というのが前線の守領士の本音である。
主砲とは『対壁ライフル』のことである。このライフルは対テロ用に使用される対物ライフルを魔装兵器サイズにし、加えて火力向上を図ったものだ。
ゼロの高さが15mで重量が115tになるのに対し、対壁ライフルの経口は175mm。第一世代型だから重量があるものの、それでも反動が大きい。そのため、第二世代型は守領士自体の負担を減らすために160mmに変更され、反動軽減の術式が編み込まれて、砲撃時の反動は初期型に比べてかなり少なくなったと言える。
だがゼロの方は機体そのものがそれ自体に合わせて設計がされているため、175mmのまま運用されることとなってしまった。術式こそ編み込まれているものの、その術式も160mm用のものなので成果はあまり良いと言えるものではなかった。
因みに名前の由来が、要塞の防壁に穴をあけたからだと講義の講師が言っていたなと彼は密かに思い出す。
兵器としての完成と言うコンセプトを持つ第一世代型の魔装兵器だが、その中でもゼロは試験的に試作武装が装備されることがよくある。まぁ今彼らがやっているのはシミュレーションであるので全く無縁と言っていい話だが。
ナカツグがラフィアの左翼に回り終わった頃によく耳にする榴弾砲とは比べ物にはならない、地を揺らすほどの轟音が後方より響く。
それによりイレギュラーデータと思しきゼロが廃墟の中から身を晒す。
主砲をぶっ放したリサを邪魔だと判断し、そちらを先に潰そうとする魂胆が窺えた。
「させるかよ!」
ナカツグが叫び、彼自身も己のゼロを廃墟から飛び出させる。
彼の身体に耐えがたいGが襲いかかるが彼にはそれに構っている余裕はない。
即座に突撃銃の照準をロック。
操縦桿のトリガーを絞る。
一定のリズムで反動がゼロを揺らして慣れきった振動が彼の戦意を高めていく。
そのうちの数発がイレギュラーデータに命中し、敵機はリサの排除を諦めたのか、障壁を展開しながら廃墟の中へ戻っていく。
ナカツグは自機で敵機を追撃するために近くのビルへ着地し、即座に別のビルへ跳躍する。
彼の額に脂汗が滲み、息も次第に荒くなっていくのを知覚し、軽い焦燥に襲われた。
(魔力切れが近い……! 持つのか?)
不意にそんな思考が過った途端、ロックオン警報が操縦ユニット内に響く。
正面に主砲を構え、自機に向かって銃口を伸ばす敵機。
跳躍して着地する寸前であるため、避けることができない。
(ヤベェ……)
砲身から銃弾が飛び出そうかとしたその瞬間、廃墟の中から大刀を切り上げるような形で砲身を消し飛ばすゼロの姿がスクリーンに映った。
ラフィアのゼロがナカツグの元へ到着したのだ。
ナカツグは安堵の息を吐きつつ、廃ビルに着地する。
ラフィアのゼロはそのまま少し後退してナカツグの近くにあった廃ビルに着地する。
『ナカツグ、無事!?』
「すまない、助かった」
ナカツグがラフィアに謝辞を送り、突撃銃を敵機へ向ける。ラフィアは大刀を構えたままでその場に佇む。
『はぁぁああ!』
「ッ! 迂闊だ、アイズ1!」
ラフィアのゼロが大刀を構えて敵機へ突撃していく。スラスタは全開状態ですぐに敵機の元へ辿り着くが、今回はそれが仇となった。
イレギュラーデータを発見したと報告した時に言った装備の一つ。
ガトリングガンを背部から取り出し、ラフィアへ向けた。
スライド式のように背部から突き出されたガトリングガンの銃口から火が噴くのと、彼女の大刀が振り下ろされるのとどちらが速いかなど、想像に難くない。
不味いと思ったナカツグは、突撃銃に防御結界の魔術を織り込んで即座に遠投した。
ガトリングガンの砲身が回りだし、すぐにでも銃弾が飛び出す雰囲気にナカツグは思わず肝が冷えた。
ガトリングガンから掃射された銃弾はラフィアよりも前方に到達した突撃銃によってすべてせき止められるが、防御結界の耐久度を超えた突撃銃は銃弾に呑まれて爆散した。
その所為でラフィアのゼロは地面へ叩き付けられて即座には起き上がれない状態になり、敵機は思わず怯む。
ナカツグはここぞとばかりに残り少ない魔素を動力炉へ流しこみ、スラスタを全開にする。
それに気付いた敵機はガトリングガンで掃射をしてくるが、ナカツグは廃ビルにぶつかるのを覚悟して操縦桿を動かす。
銃弾が通過する弾道を避け、機体が弧を描くように一回転。
視界が目まぐるしく回転し、反転したような錯覚を脳に与える。
魔装兵器乗りの中でも上級テクニックの一つである『バレルロール』。
通常、バレルロールは高度の高いところでするべきなのだ。もし地上でやろうものならば機体に引っ張られて地上に激突してしまう。
今頃ラフィアやリサは舌を巻いているだろうが、ナカツグにとって重要なのはそこではない。
ナカツグはバレルロールをした勢いのまま敵機の背部へ着地する。
フレームが軋み、本来であれば関節部が悲鳴を上げているだろうが今は関係ない。
ナカツグは瞬時に大刀を抜き、水平に振りかぶる。
イレギュラーデータはガトリングガンを支えていた方の手で戦闘用ナイフを取り出してそれを受け止めようとする。
刹那、2人は敵機の体に煌めきが走ったのを見た。
故にナカツグはそのまま半身を捻り、勢いに任せて大刀を振った。
故に敵機の戦闘用ナイフはバターのように滑らかに斬られた。
そして大刀は動力炉すれすれを通り、敵機二つに切断。
敵機の断面には閃光が走り、虚無爆発を起こすことなく爆散。
彼はそれを見届け、シミュレーション訓練が終了したことを確認。
ナカツグの口角が思わず引き上げられ、ニヤリと不気味に笑った。
その瞬間、ナカツグは込みあがる吐き気と魔素を抑えつつ、ゆっくりと意識を手放した。
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次話は11月3日の21時掲載予定ですが、諸事情により投稿できないかもしれません。その場合はご了承ください。
次回予告 ミッション・イン・ポッシブル:欠けたピースは重ねて一つ