#07 ミッション・イン・ポッシブル:技能は二の次
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ラフィアの乗機である『ゼロ』は視界の前方に敵魔装兵器を捉える。
『ゼロ』はどんな形かと言われれば四角形と言う言葉が当てはまると彼は思う。重装甲に囲まれている操縦ユニット付近はさらにその色は濃くなる。極め付けにスクリーンに映すカメラがある頭部は少し縦に長い直方体の形をしており、肩はやや大きく見えて重そうに見える。いかにも重鈍、という言葉が似合う。
防御力を優先して高めたと見えるが、それに反して動力炉や守領士から発せられる魔術抵抗音は大きい。それ故に浸食者相手には隠密性が低い。加えて対人戦にもあまり向かない。開発コンセプトだった『兵器としての魔装兵器』ということに留まっている。まぁ対浸食体はおろか、対人にも向かないものを兵器と呼んでいいのかと言うところは微妙なところだろうが。
ラフィア達がシミュレーションを開始してから20分ほどが経った。
前衛のラフィアがゼロに搭載されている『王国式大刀』で仮想敵へ斬り込み、中衛のナカツグがそれを突撃銃で援護しつつ、寄ってくる敵に牽制射撃、後方のリサが背部に装備された榴弾砲で撃ち落とす、といった常套ともなった戦闘を行っていた。
今回行っているシミュレーションは、市街地での対人戦闘。
対人戦闘で要求されるのは、滞空時間もだが第一には守領士本人の操縦技能。
対浸食体の戦闘では魔素保有量が要求されるが対人戦闘ではそれは二の次になる。
その所以としては、対人戦闘で違う魔術ランクもそうだが同じランクを持つテロリストなどに遭遇した時のことだ。浸食体と戦う際はこの圧倒的な物量から、一撃に広範囲を殲滅できる魔術や魔装兵器の武装が必要になるが、それらを作動させるためには膨大な魔素を必要とする。
加えて浸食体には活動限界時間というものが存在し、その時間まで耐えきることができれば撤退していくのだ。
浸食体の限界時間はおよそ30分だと言われていて、一部にその時間になっても限界を迎えない例外も存在するがそれらも含めて詳しいことは分かっていない。
そんな浸食体と違い、魔素保有量が読めない操縦者となって来れば話はまた別だ。
彼らには明確な活動限界時間など存在しないに等しい。何しろ、同じ魔術ランクを持つ者でも若干の誤差が生じるのだ。
そんな中で勝敗を分けてくるのが守領士自体の操縦技能だ。
しかし守領士はあくまで浸食体と戦う存在。
故に『技能』は『ランク』の二の次とされている。
加えて、魔素保有量はその魔装兵器自体の稼働時間の長さを決める要因となっている。そもそも魔装兵器は守領士が魔素を動力炉に送って初めて稼働する兵器なので保有量や魔術ランクが稼働時間の長さを決めることになるのはこの世界に住む者であれば誰でも知っていることである。
故に魔術ランク『E』であるナカツグは『派手』な戦闘をすることができず、するようであれば浸食体が活動限界を迎える時間『ギリギリ』までしか稼働させることができない。
彼が前衛に出れば、あるいは『派手』な機動を取れば魔素はすぐに枯渇してしまうだろう。だからと言って技能を求められる対人戦でそんな機動を取らないことができるはずがない。
現に魔術ランク『A+』のラフィアはブースター全開のゼロで敵へ突撃していく。
ラフィアは前衛に配置されているのはその天賦の才ともいえる魔素保有量もあるが、一番は彼女の近接格闘技術だ。どこかで兵役でもあるのかと最初ナカツグは訝しく思っていたが、そうでもない様子だった。
その代わりに射撃技術は魔素が圧倒的に少ないナカツグにも負けてしまうような有様である。
そんな彼女に対してリサにも後衛に配置される理由がある。
彼女の精密射撃能力はナカツグの、少なくとも三枚は上を行く。
それに加えてラフィアに劣るとも思えない魔術ランク『B-』。基本、魔素を多く消費するのは後方で大火力火器による支援を行う後衛なのだ。それ故にラフィアには劣るが、後方支援する分としては十分だ。まぁ、その代わり白兵戦はあまり得意ではない様子だが。
そんな二人であるが、一部分は著しく特出し、別部分では著しく劣っている。
白兵戦では無類の強さを発揮するラフィアだが、射撃能力はナカツグよりも下回る。
精密射撃は訓練生の中でも一、二を争う腕だが、白兵戦はナカツグよりもできない。
それ故に彼女たちは重大な欠陥を持っているとされ、《欠陥小隊》と揶揄されるまでになってしまった。
そんな彼女達であるが、ナカツグにだって彼しか持たないものはある。
戦闘能力ではなく、純粋な操縦技能。
ランクEを持つ彼にとって必要なものは短時間で敵を排除しきることのできる、『短期決戦技術』。
そこに特出した能力は必要ない。特出した能力を持ってしまうと、人はそこに絶対的な自信を持つ。それはやがてプライドとなり、戦闘スタイルもそれに拘るようになってしまう。現にラフィアは剣に、リサはライフルが相棒のような感じとなってしまっている。まぁだからと言って小隊の連携ができていないわけではない。
話を戻すが、それがたとえ、どんなに魔素保有量が少なくても、だ。
故に彼の戦闘技術は平均的である。
しかしこれは彼が極力、使用する魔素を抑えた時のことだ。
ラフィアとリサは少なくとも約一年間、本気らしい本気になったナカツグの表情を知らない。
二人はあくまで常に全力を出している、と思っている。当の本人の気持ちを知る術は全くないが。
因みに二人は常に全力だ。
現にラフィアは神経を研ぎ澄ませて敵と睨み合っていた。
「……」
ゼロの両手で大刀を上段に構え、足を微妙にずらす。足運びに困る様な地形ではない。故に正確に重心移動ができる。
右から流れるように左へ。
左から一歩を踏み出し、敵機である黒いゼロに肉薄する。
「はぁあ!」
敵機の大刀とラフィアの大刀が交わり、鈍く軋めく。
重心移動は敵機と刃を交わっている最中ではかなり重要になる。それが光となるか否かは操縦者の技能次第であるが。
ラフィアは操縦桿を軽く押し倒し、自機を敵の左翼に回り込ませながら大刀をそれに従わせて水平に倒した。
自機を支える物体が無くなった敵機は前のめりになり、ラフィアはそこへ一太刀入れようと大刀を振り上げる。
しかしコンピュータとて馬鹿ではない。敵機は焦りながらその重鈍な機体のバランスを戻して後方へブーストを吹かし、距離を取る。最初に逆戻りである。
現在、ラフィアのゼロの正面にいる敵機は彼女に引きつけられている状態にあった。
二機しか見当たらない敵魔装兵器の内の一体をラフィアが引きつけ、もう一体をナカツグとリサで撃破して最後の敵を見つけ次第撃破するという手筈になっている。
ラフィアは最後の一機は狙撃仕様の機体だと睨んでいる。スナイパーは兎に角近接戦闘能力が皆無に等しい。故に味方に注意を引いてもらい、その隙をついて狙撃、というのが常套手段となっている。時たまに攻撃力を異常に持ったイレギュラーデータが出現するがその可能性はないと考えてもいい。
ラフィアは通信魔術を使い、2人の様子を確認する。
「ラフィアより、リサ、ナカツグ、状況は?」
『ナカツグよりアイズ1。
イレギュラーデータが発生した』
「え?」
『イレギュラーデータだよ。スナイパーだと思ってたやつはかなり重装備だ。
ライフルとガトリングガンを持ってる』
『リサより~、こっちも撃破に時間が掛かりそうだけど、早いうちにそっちに行くよ~』
ラフィアはイレギュラーデータと聞いて内心冷や汗をかいたが、今の口調から撃破は十分可能と言うことを読み取り、安堵の息を吐く。
「了解よ。アイズ3も無茶しないようにね」
『分かってるよ』
そして彼女はそこで通信を切った。
その数分後に爆煙が廃墟の隙間から覗き、安堵の息を漏らすラフィアだった。
○
『危ない、危ない……』
「……俺は殺されかけたのか……?」
『だからわざとじゃないって~!』
操縦ユニットから僅かにずれた位置に風穴を開けた魔装兵器を横目に、ナカツグは安堵の息を漏らしていた。あと少し、弾丸が逸れていたら……、と想像するだけで彼は背中に冷たい物が走る感覚に襲われる。
魔装兵器の操縦ユニットの近くには動力炉があり、魔装兵器はそこへ『魔素を流し込む魔術』を使用することによって稼働状態を維持できる。
だが魔素を流す魔術が発動されたまま動力炉が破壊されてしまった場合はどうなるか。
魔術を発動する際には、それを発動させるために座標を設定する必要がある。
もちろん、座標そのものを指定したままであれば、100%と言っていいほど『流し込む』魔術は失敗する。
魔装兵器は、動く物体。
座標は、鎮座する空間。
それ故だ。
よって『流し込む』魔術は座標の代わりに物体を指定する。故に魔装兵器は稼働できる。
しかしそれでもこの世界での魔術法則は変わらず、無い物に対して魔術を発動させようとすれば『虚無爆発』を起こしてしまう。
普通の魔術の場合は人1人ぐらい弾く程度だが、魔装兵器となってくれば規模が違う。
周辺最低50m~100mは爆発に巻き込まれるため、対人戦では如何にして操縦ユニットを狙わずに無力化するかという技量が求められている。
故に後方で砲撃支援しているリサはともかくナカツグは確実に虚無爆発に巻き込まれる寸前だった。
『ま、演習だからいいじゃ~ん』
「んなわけあるか! おかげで魔力切れ起こす前に死にかけたわ!」
『それはそれとして』
「それとするな」
リサはナカツグのツッコミを無視して続ける。
『どうするの? ラフィアを助けるか、イレギュラーを斃すか』
「仲間想いの馬鹿ならラフィア、効率化野郎ならイレギュラー、ってとこか……」
だがまだイレギュラーデータの正確な場所は分かっていない。ナカツグが以前ゼラスから聞いた話の状況と今の状況が似ていたところから推測したことに過ぎないため、敵がスナイパーである可能性もある。
ナカツグは一息吐いてから操縦桿を握り直した。
「アイズ2はイレギュラーデータの正確な位置を割り出してくれ。俺はラフィアの援護に向かう」
『アイズ2りょーか~い! ナカツグならって思ったけど、やっぱりね』
「何がだよ」
『ナカツグは仲間想いの馬鹿ってこと』
ナカツグは自分の失言に思わず苦笑した。
しかしだからといって仲間を放っておいていい理由にはならない。
故に彼はスラスタを噴かせ、ラフィアの下へと向かっていった。
○
ラフィアはこの時、いやこの状況に陥るまで、ただ正面の敵にのみ意識を集中していた。
自分が獲物と言う山羊で、相手が狩人と言う獅子であることに――。
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次話は10月31日の21時掲載予定ですが、諸事情により投稿できないかもしれません。その場合はご了承ください。
次回予告 ミッション・イン・ポッシブル:疑惑(仮)