#05 ミッション・イン・ポッシブル:大きい飴、小さな鞭
開いてくださって、ありがとうございます!
ナカツグは比較的人と会いにくい階段を上っていた途中で、ラフィアの怒号を聞いた。その怒号を聞く限り、談笑しているようには感じられない。
ランクEである自分だが、ラフィアから自分に注意を引きつけることぐらいはできる、はずだと彼は迷いながらも断定した。
まぁ、話している相手は大体察しはついていたが。
言っておくが、この世界の魔術は魔装兵器を動かすためだけにあるわけではない。術式さえ組み上げることができれば、対人用の戦闘魔術から料理をするために使う火の魔術などの基礎魔術まで使用が可能だ。
そして今回、ナカツグが使用する魔術は気配を消すための魔術。
一種のステルスとなるそれは、《気配減殺》と呼ばれているが、これは一種の対人ステルスにしかならない。これは『己の気配』と人類側で定義されているものを魔術抵抗音に変えることによって隠蔽率上げたものだ。そのため浸食者に対して有効な手段とは言い難い。そのため魔装兵器を使用する者達からは忌避されているものであった。
しかしナカツグは《欠陥品》と呼ばれている自分には丁度いい物だと、この魔術を気に入っている節がある。まぁ彼が実際に使っているものはこれに似た、また別の魔術なのであるが。
ナカツグはインビジブル擬きを使用してからラフィアの声がした場所へ近づく。
音も立てずに近づいていく彼は何かを探るエージェントのようであると連想させるが、生憎彼は己が音を立てていないことを気にしていない。気付いているかどうかさえ怪しい。
彼は、己に注意を引くために、『呑気な《欠陥品》』を演出させるためにかなり近い距離でインビジブルを解除する。
一応のために、持っていたボイスレコーダーの電源を入れる。
彼は彼女の声がした階層の踊り場でいったん止まり、ワザと自然な感じを装って口を開いた。
「……あれ、ラフィアじゃん。何やってんだ?」
顎に手が添えられた状態のラフィアと、それを壁に押し付けた形となっているダリアが一緒にナカツグの方へ顔を向ける。
ラフィアは少し安堵し、少し不安になった表情となり、ダリアは虚を衝かれた様子で一瞬だけ目を広げた。
「……ナカツグ?」
ナカツグはそうだけど、とだけ言うと、作り笑いを浮かべてきたダリアへ目線を向ける。やはりこの男は嘘臭い、と感じるナカツグ。
「《欠陥小隊》の中で一番の《欠陥品》が何の用だい?」
「俺はラフィアにシミュレーションするから来い、とだけ言われたから刻印兵装を取りに来ただけだよ。そういうあんたは何の用だ?」
「ん~、別に君に教える義務はないんだけどなぁ。これは僕と彼女の問題だしね」
「当の本人は嫌がってるみてーだけどな。あんたにそんな趣味があったってことは知ってたけど、ここまでとは思わなかった」
「……君、冗談が上手いようだね」
「なに、俺が客観的に見た事実をそのまま言っただけだよ。王国騎士副団長の御子息様はその自覚がなかったのかよ?」
ナカツグは少し嫌味交じりに言う。作り笑いが、その雰囲気が壊れ始めていると彼は思ったが、敢えて放置しておく。その方が彼にとって、後に面白くなりそうだからだ。
「……《欠陥品》風情が、調子に乗りやがって……!」
作り笑いの表情が凍りつき、口元の緩みが垂れ下がる。まさに角が立った状態であるがナカツグにとってそんなことは些細なことでしかない。
ダリアはナカツグの方へ視線を移しながらラフィアから離れる。狙い通りにいった、とナカツグは内心で呟く。因みに彼は、ダリアの言った言葉はあまり気に留めていない。
「《欠陥品》は黙ってこの僕に媚びていれば良いのだよ。それが自分の身のためでもあるし、ネーヴィさんのためでもあるんだよ!
《欠陥品》ごときがこの僕に口出しするな!」
「……」
ダリアは眉間が寄っているラフィアなど、半ば無視した様子でナカツグに罵声を浴びせる。ダリアは奥歯に力を入れ、ナカツグを睨む。しかしナカツグはそれを受け流しているのか表情をピクリとも変えない。
実のところ、ナカツグは昼間に行うシミュレーションにはあまり興味がない。シミュレーションで彼がすることと言えば、どのくらいの時間、己が持つ現時点での魔素がもつのかということと小隊としての連携を確認することぐらいなのだ。
だからと言って、訓練小隊が組まれてから世話になっている仲間を見捨てていい理由にはならない。
ナカツグは睨むダリアにいつもの《欠陥品》としての表情で言った。
「じゃ、賭けでもしねーか?」
「賭け……?」
「そうだ、賭け」
「ちょっと、ナカツグ!?」
ラフィアはナカツグが何を考えているのか分からず、思わず大きく糾弾する。ダリアは睨んだ表情こそ変えていないが、雰囲気そのものは若干ながら緩んでいるように彼は感じた。
現時点でのラフィアの介入は好ましくないナカツグは、半ば彼女を無視した状態で続ける。
「内容は、登用試験の合否。
俺たちが合格だったら、あんたは二度と俺らに介入するな。
でも俺たちが不合格だったなら……、奴隷でも従者でも好きにしたらいい」
「ちょ……ナカツグ!」
「……へぇ」
お互いに対する飴と鞭の差が激しすぎる、と感じたラフィアはすぐに止めに入る。だがダリアはそれを受ける気満々で、提案したナカツグはそれを取り下げる気がない様子だった。
ダリアは口もとを緩め、少し歪な笑みを浮かべている。それに二人は若干引いた様子であったが、自分の世界に入った様子の彼にはそれを知る由はない。
「いいよ。ダリア・イントラントはその『賭け』に乗った!」
どう考えてもダリアに利のある賭け。
ラフィアはそう考えたが、ナカツグはまったく気にしていない様子。
ただでさえ受かるかどうかも分からない試験に、賭けという緊張が上乗せされた瞬間だった。
○
「どういうことなの、さっきのは!?」
「その、落ち着け……。な?」
「『な?』じゃないわよ!」
ナカツグがダリアに『賭け』を吹っ掛けてから、ラフィアはナカツグを強引に近くだった作戦室の中に連れ込んだ。作戦室の中は本人たちの同意がない限り、与えられた小隊メンバー以外の面子の立ち入りはご法度だ。故にここは不可侵地帯である。
おまけに壁にはご丁寧に防音術式が編み込まれており、声が部屋の外に漏れる心配はない。
それ故に彼女は今大声でナカツグに怒りをぶつけられているという訳であった。
「どうするのよ? 私たちが落ちたらリサも……」
「それはないよ。ちゃんとリサは抜いた形で言ったし。その証拠だってちゃんとここに」
ナカツグはポケットの中から小型のボイスレコーダーを取り出す。その中にはキッチリと先ほどの会話が記録されていて、ラフィアは思わず溜息を漏らした。
「あんたって……」
「これで少なくともリサが巻き込まれることはねーわけだ」
「……まぁ、それはそうだけど……」
苦虫を噛み潰したようにラフィアが言う。その顔には不安が滲み、少なくとも戦場では長生きできないような雰囲気が感じられた。まぁ勝手に話が進んでいた上に、彼女から見ればとてもじゃないが有利とはいえない賭けをされてしまったのだ。
しかもそれを提案したのが、この部隊の中で一番の問題であるナカツグ。
このエウレス守領士育成学校で《欠陥品》と呼ばれる彼から提案、しかも勝てば自分にとっての利益がかなり有益な場合は、その魅力にひかれてしまうのが人の性だ。
故にラフィアは危惧していた。
それが見事に、それも最悪の形で実現してしまったのだった。
自分の中には賭けに負ける未来しか見えないのでナカツグの方を見遣った。そのまま彼に問う。
「勝算はあるの?」
「俺だって何も勝算なく言ったわけじゃない」
ほんと!?、とラフィアはナカツグに噛みつくように言葉を飛ばす。その姿はまるで餌を与えられた動物のようで、ナカツグは笑いをこらえる。その様子にラフィアはムッ、と顔を引き攣った。
「いい加減教えなさいよ。隊長として、何の情報もなしでは戦略も立てられないじゃない」
「急に隊長ぶるなよ……、いや隊長だけどさ」
まぁいいや、とナカツグは余計な考えを捨てる。
一息吐き、気分を整える。
そして覗き込むように見るラフィアに、納得できるような理由を面に向かって言った。
「俺たちが登用試験に受かればいい。ただそんだけのこと」
「あんたに訊いた私が馬鹿だった」
冷たい声音に、蔑むような目。
理不尽な返答をされるナカツグだった。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
次話は10月23日の18時掲載予定です。
次回予告 ミッション・イン・ポッシブル:シミュレーション開始(仮)