#04 ミッション・イン・ポッシブル:遠い理想と自己嫌悪と……
開いてくださって、ありがとうございます!
あの哲学の講義(笑)が終わった後、ラフィアはリサと一緒に講義棟から出た。講義が終わってからも少しだけ教室に残ってラッシュの時間からずらしたので、人通りは少ない。それ故に空気が少し寒く感じる。
特殊教室棟はシミュレーションルームが地下に位置し、その上に各訓練小隊、予備守領士の作戦室があるといった構造になっている。
そしてラフィアはリサと一緒に特殊教室棟へ向かう。その間に芝生があるのだが、リサ曰く「ここの芝生は飾り。偉い人には分からない」だそうだ。小説や漫画などで出てくる屋上での昼寝の方が良いようだ。まぁラフィア自体は昼寝をする体質ではないので、あまり気には留めなかったが。
特別教室棟は講義棟から見て、演習場の後ろに位置している。それは必然的に格納庫よりも後方にあるということを意味する。
このエウレス守領士育成学校で使用されている魔装兵器は、第一世代型である『魔装兵器・零』。通称『ゼロ』。
これは最初に量産化された魔装兵器であり、どちらかと言えば操縦性と防御力に重点を置いている。今世界で出回っているのは第二世代型であるが、ここは後方基地であるので使い古された第一世代型で十分だそうだ。
第一世代型の開発コンセプトは、兵器としての魔装兵器の完成であり、そこに無理な改造などは含まれていない。
それ故に操縦性と、未知との敵と遭遇してどんな攻撃や魔術を受けても耐えきれるように防御力を上げている。このおかげでゼロは現在、操縦技術を学ぶための練習機となっている。
第二世代型が出回っている今はなるべく第二世代型の練習機を使用した方が良いのだが、その第二世代型の殆どは前線に回されていっているのが現状だ。それでさえ数が不足しているのが実情である。因みに予備守領士には第二世代型の練習機が与えられている。
閑話休題。
確かに機動力に重点を置いた第二世代型と比べれば防御力が高い。しかしそれだけ機体自体が重くなったということである。それに重鈍になった所為で敵にとって格好の的となり、多大な犠牲者を出したのが結果だった。
第二世代型が機動力に重点を置いているのはそういった経緯があったからである。重鈍な第一世代型と比べ、第二世代型の魔装兵器はかなり人間に近いスリムなフォルムを持っている。
ラフィアとしては第二世代型に慣れておきたかったが、自分の我が儘を貫き通せるほどこの世界に余裕はない。
そんな時、ラフィアとリサは階段に差し掛かる。
シミュレーションルームは地下、作戦室は上の階にあるためあらかじめ決めておいた役割に分かれた。
「じゃあ後でね~」
「シミュレーション装置取っておくの、よろしくね」
2人が言葉を掛けあい、ラフィアが刻印兵装を取りに行くために上の階へ、リサはシミュレーション装置を取っておくために地下へ向かう。
特殊教室棟は4階建てと一般的な学校と変わらない階層であるが、大量の生徒の作戦室がある故から横に伸びるような形となっている。そのため、入り口は正面玄関と格納庫直通の二階連絡通路など、5か所ほど存在する。
しかも彼女の所属する第23訓練小隊はかなり奥の方にあり、訓練小隊の作戦室としては最上階である3階にある。つまりは訓練小隊の作戦室としては果て地に近い。
「いつも思うけど、遠いなぁ……」
彼女は溜息交じりの声で呟く。この一年間、訓練小隊としてお世話になっているあの作戦室が嫌いと言うわけではないが、やはり遠いのはあまり好きではない。それだけ訓練するための時間が取られてしまうし、予備守領士の人とすれ違うと自分もそうなれるのかという不安に駆られてしまう。彼女はそう思ってしまう自分が嫌いだった。
この遠さを考えるたび、理想と自分の差だと感じてしまう。
作戦室が理想、自分はこの校舎への入り口と彼女は思ってしまう。もしかすると彼女はスタートラインである入り口にすら立ててないかもしれないと思っている。
「はぁ……」
自己嫌悪してしまう自分。昔自分の父に言われたことを脳の片隅で思い出すけども、それは自己嫌悪を加速させるだけで、理想はやはり不可能だと思ってしまう。それが自己嫌悪を、加速を越えてもう既に壁に激突したのではないのかと思う。
「武人は常に……」
「どうしたんだい、ネーヴィさん?」
彼女の鼓膜を後ろから震わす声。その声は男子にしては高いと思ってしまうようなものだが、どこか嘘臭い。言ってみれば羊の皮を被った狼。
その男子生徒は所謂イケメンの部類に入る。入学当時は彼のその顔とその身分から女子からは黄色い奇声が上がったほどだ。
まぁ、彼女からすれば虫酸が走るだけだが。
「……何の用ですか、王国騎士団副団長の次男さん」
「やだなぁ、僕のことはそんなふうに呼ばないで名前で呼んでくださいよ」
ニコリ、と頬を緩めて微笑みを彼女に向ける男子学生。
しかしその笑みは作り笑いだと彼女は常に思う。粘つくような視線を投げかけるその目がそれを自然と証明している。
エターナル王国騎士団副団長の次男である、ダリア・イントラント。ダリアは入学当時からラフィアを自分が所属する第13訓練小隊に勧誘しているが彼のその願いは未だに叶っていない。ラフィアとしては一生叶うな、と叫びたい気持ちで一杯だ。
ダリアはさらに笑みを濃くして彼女の方へ歩み寄り、肩に手を掛ける。
「何か悩みでもあるのかい?」
「今の悩みは、あんたがここにいることね。あと、離れてくれない?」
「ふぅん? そうそう、例の件についてだけど」
「私はあなたの小隊になんか入らない。今の小隊で試験を突破してみせる」
「……へぇ」
その瞬間、彼女はダリアの笑みの質が変わったように感じた。
「あんな《欠陥小隊》で合格できると本気で思っているのかい?」
「本気よ。あんたなんかの手は借りない」
ラフィアはダリアの手を睨むように見る。
「……そうかい」
ダリアの目の色が変わった。
肩に乗せている手が、掴んでいるという感覚に変わった瞬間を彼女は分かった。
「ちょっと……!」
「体で分からせるしかないのかな……?」
ラフィアはダリアの手を払いのけて彼の方へ向く。
そこには笑みとは言い難い『笑み』を浮かべたダリアがいた。
彼はその手でラフィアの腕を掴む。彼女は振り払おうとするが彼女の力よりも彼の力の方が強く、壁へ押し付けられる。
周囲に人はいない。
つまり、救援はこない。
魔術を発動させて隠れている気配もない。
面倒臭がり屋のリサが来るはずもなく、だからと言って彼がこれを止める予兆もない。
「もう一度訊く、こっちの小隊に来る?」
「い、行かないわよ!」
「……そうかい」
怒号が廊下に響き、眉間に皺が寄っていう表情がさらに深まる。
ラフィアは辛うじてダリアを睨んでいる状態だが、完全にダリアの表情に圧されている状況だった。
「威勢だけはいいよね、君は。ま、そこがいいんだけどね」
「この……変態が……!」
ダリアの手がラフィアの顎に伸びる。ラフィアは抵抗するが所詮は女。力で勝る男に勝てる道理はない。
しかしそのまま、と言うわけにはいかない。どの世界でも、いずれ食われる運命のものでも最後まで足掻くのは普遍的なものである。
故に最後まで諦めない。
あの時の様な、運がないだけで運命に身を任せるのは嫌なのだ。
「もう、諦めなって……!」
「私は最後まで――」
「……あれ、ラフィアじゃん。何やってんだ?」
不意に木霊した声。
その声はダリアと違って嘘偽りない、純粋な声だと聴く度に彼女は思う。
「……ナカツグ?」
《欠陥品》と蔑まれる、最後の第23訓練小隊員、ナガタ・ナカツグがそこにいた。
次回予告 ミッション・イン・ポッシブル:大きな飴、小さな鞭(仮)