#01 ミッション・イン・ポッシブル:ランクE
開いてくださって、ありがとうございます!
時はラグナ歴89年。
この世界は決して余裕があるわけではない。
それは何処の世界でも同じことだ。内政の腐敗や武力の横行、そしてそれらの制圧やそのための武装蜂起。これらは見方を変えればどれも人を腐らせ、思考を変えていくものだった。ある者は神による聖戦と叫び、またある者は唯我独尊を説く。
それらによって怒号や悲鳴が上がり、悲しみが連鎖する。そして新たな火種が産声を上げる――。
「であるからして、人類は……」
教卓の前に立つ男性。その男性はこの講義の講師だと分かるが、内容はどの視点から見ても哲学か洗脳にしか聞こえてこない。しかし必修科目であるためこの講義――哲学――を取らざるを得ない。そのためこれを受ける時は、受ける生徒たちは揃って呆れ交じりの溜息を吐くのが伝統のようなものになっている。それが暇で来た者なら尚更だ。
この学校は学科ごとに必修科目が僅かに違ってくるのだが、哲学は全学科必修科目となっている。そのため必然的に違う学科の生徒同士が顔を合わせることが多い。勿論、同時に一度で全員を講義するなどできず、いくつかに分割して全員を講義している。それは、今講義を受けている彼もまた然り。
この学校、『エウレス守領士育成学校』は『守領士』と呼ばれる兵士を育成するための訓練校である。
守領士は主に『魔術元素』、通称魔素を使った魔術と、それを使った二足歩行兵器である《魔術複合戦術機動装甲戦車体》、通称『魔装兵器』を使って己の領土を守護する。
魔装兵器は魔術と電力の併用により稼働する兵器であり、その操縦者たる守領士はその魔装兵器の部品の一つとなる。
その魔装兵器に搭乗する守領士にも様々な能力を計るためには『魔術ランク』が絶対だとされている。
魔術ランクとは、その人が持つ魔術元素の量を数値化してランクごとに識別したものである。そのランクは一番高いものならばSS+、一番低いとされる一般人はFとされている。
ランクごとの意味合いとしては次のようになる。あくまで魔装兵器に乗ることを前提としたランクの区分けであるので、普通の魔術の使用であれば問題はない。
SS+~S+ 魔神や化け物と呼ばれるレベル。
S-~A+ 天才、秀才と言われるレベル。
A-~B+ Eからの努力の上限と言われるレベル。ここまでであれば魔力元素をさらに必要とする魔装兵器typ.Mに搭乗可能。
B-~C- 一般的な数値のランク。
D+~E 魔装兵器に搭乗できるギリギリのライン。
F 一般庶民。通常の魔術の行使には問題ない。
そもそも魔術とは、空気中に漂う粒子の一つである魔術元素を媒介として事象を書き換える技能のことを指す。空中に漂う魔術元素の濃度はそこまで高くない。それは魔術の発動が安定しないほどに。
しかし何故魔術は使用できるのか。
それは魔術を発動する過程の中で、魔術を扱う人間の周囲から魔素を己の体の周囲に集めるからである。
魔術の発動過程は、最初に己の周囲から魔素を集める。これが完了した状態を『ブースト』といい、普段よりも体温が微かに上昇する。これは高濃度の魔素によって新陳代謝が高められているからだと、現代魔術の世界では考えられている。因みに一度に取り入れられる魔素の量はその人の『魔術元素推測保有量(これは略して魔素保有量と言われる)』によって変わり、ランクが上の人ほど一度に取り入れられる量は多くなる。それにこれは魔術を発動させるたびに微かに取り入れられる量が減少していく厄介な性質を持つ。この変化はランクが小さい者ほど著しく表れる。
次に発動する座標を設定する。場所を設定しなければ発動しようにもどこで発動すればいいか分からず、次の段階へ進むことができない。
そして最後に設定した座標へ向けて魔素を移動させる。
この移動させるというのは、『魔術が発動する』ということを意味している。つまり事象改変させる魔術は魔素を以て具現化されるというわけである。
因みに座標を設定せずに、または存在しない物に向けて魔術を発動させようとした場合、『虚無爆発』と呼ばれる爆発によって最悪は守領士の命が奪われる結果に終わる。
魔術元素は単なる触媒であり、これがなければ魔術を行使することはできない。そもそも魔術とは『魔術元素を用いた事象改変技術』と定義されている上に生活の一部と化してしまっているので、普通は魔術元素について気になる人物はいない。
魔術ランクは普通の企業に就職するのであればあまり関係ないが、この魔装兵器を扱う守領士にとっては絶対的に必要なものだ。自身が持つ魔術ランクによってエリート部隊に配属されることもあれば、技量があるにもかかわらず魔術ランクが低い所為で後方支援に回されたりすることもある。それくらい守領士にとって魔術ランクは絶対的に人物の実力を表しているとされているのだ。もちろん例外も存在するが、それは全体主義の前では呑み込まれてしまう。
そんな守領士にも様々な役割があり、それによって必要になる知識が違ってくる。そのためこの訓練校ではそのための6つの学科が用意されている。
主に正面に出て近接戦闘や突撃銃による戦闘を主眼に置く『前衛科』。
中距離からの敵の複数撃破を目的とした『砲撃科』。
負傷した守領士の医療などに関わる『医療科』。
敵の偵察を行う『偵察科』。
魔装兵器の整備を行う『整備科』。
それらを後方で支援する『後方支援科』。
この中で前衛科と砲撃科、偵察科に整備科の人数は多いが、偏差値の高い医療科と純粋に人気のない後方支援科は基本的に人数が少ない。
後方支援科というところは純粋に人気がないということもあるが、後方支援科は入学基準が一番緩い。因みに前衛科の受験資格は『魔術ランクC-以上』。
それ故に力を持たない者でも容易に入学を果たすことができる。だが後方支援科はその名前の通り大抵の人が後方支援に従事することとなるため、前衛で華々しくありたいと願うような人はまず目もくれない。
加えて『後方支援』という概念自体曖昧なところであり、講義の方向性がほかの学科に比べて定まっていない。なのでこの学科にはほかの学科の入学基準から外れた者が集まってくる。
それに最終的に『守領士』となれる者は、『予備守領士登用試験』と『守領士登用試験』を通過した者だけであり守領士育成学校を卒業することが絶対条件ではない。なので後方支援科からでも守領士になることは可能だ。まぁある条件を満たせばの話であるが。
「……くだらねぇ……」
彼の隣人は机に肘をついて哲学の講義を聞き流す。その中には講義を行う人物が重要だと言っていた部分もあるが彼にとって、その隣人にとってはどうでもいいことだ。
テストなどがない哲学の授業では一定数の日数だけ授業に参加していればさえいい。故に一学年が終了する間際になると哲学の講義室に空席が目立つようになるのが恒例行事になっている。
因みに彼はすでに一定数の出席日数はしているので来る必要はなかったが、特別やることもない彼は重々しい足取りでここにきた。しかしほかの生徒のほとんどは出席日数を満たしていないだろう。別に彼がこの講義のみを取っていたわけではなく、だからと言って彼が特別、出席日数を減らされているわけでもない。
「まぁ、そんなこと言うなよ」
隣人の零した愚痴をその少年が宥める。その隣人は彼にとって友達にあたり、その友達は彼とは違って出席日数を満たしていない。
彼は基本的に友達と呼べる人物が少ない。いや、彼の隣人、ゼラス・アグニの場合は唯一の男友達と言っていいかもしれない。
ゼラスは傍にいる少年と同じような体型だが、やや筋肉が付いていそうな雰囲気を醸し出している。その様子は所謂体育会系である。
「だって俺みたいな前衛科にこんな知識いらなぇし」
「そんなこと言うなって。どこかで役に立つかもしれないだろ?」
「……そりゃ哲学者を志したら、だろうな」
ゼラスが大きく溜息をつく。その間にも講義は進んでいくが、興味ありそうに聞く者はその少年以外にいない。
彼はその少年と違って前衛科に所属し、魔術ランク『B-』の持ち主だ。
加えて体育会系のような性格の彼は、普通の座学であらばいざ知らず世間で役に立つかもわからない座学には興味がない。それに今日の彼の様子はやけにそわそわした様子だ。
「なんだ? 彼女でもできたのか?」
「ちげーよ。今日は久しぶりに魔装兵器に乗れるからな」
「登用試験にはシミュレーションで十分だろうに」
「ああいうのは実際に乗って感覚を覚えないとな!」
確かに、と思いながらも釈然としない少年。ゼラスはかなり興奮気味で、講師に注意されるのではないのかと思うほどだったが彼は敢えてスルーする。
入学してからこの10ヶ月。
知り合ってからずっとこの調子のゼラスへの対応は慣れたものである。
ナガタ・ナカツグ――魔術ランクE、後方支援科所属。
《欠陥品》と呼ばれる彼の日常が始まる。
ここまで読んでくださり、ありがとうございます!
次話は10月13日の18時掲載予定です。
次回予告 ミッション・イン・ポッシブル:欠陥小隊