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6、平和な日々

 

 夏休みはあっという間に過ぎて行った。


 今年の夏まつりの準備では、屋台の出し物であるフランクフルトの詰まった箱を何往復も運ばされた。学校近くにある児童施設の子供たちが店を出すそうだ。先輩とカズトは毎年、この施設の企画の手伝いをしているらしい。


 店はなかなか立派なもので、僕とカズトの男手は、屋台の組み立てなども手伝った。

 日に焼けた大工のおじさんたちにやたらと気に入られ、話の途中で調子に乗ったおじさんたちは僕の肩をばしばしとたたき、結構痛かったのだけど、悪い気はしなかった。この作業で僕はだいぶ日焼けをし、見た感じ健康な男子高校生っぽくなったのではないかなんて思ったり。でも、カズトは何してそんなに焼けたんだと思うほどすでに真っ黒だ。先輩いわく、日向で昼寝ばかりしているかららしい。それはそうと、先輩も僕たちと同じくらい外で活動していたのに、その肌は全く変化なく、いつ見ても真っ白だった。




 夏祭り本番は、特に手伝いもなく、僕たちは夜店を見て回った。ヨーヨー釣りや射的などで一通り遊んだ後、食べ物をいくつか買ってお祭り会場を後にした。そして数日前、魚とりをしたあの土手に座って買ってきた物を広げた。川向こうには祭りの明かり。しかしここに来るには少し離れた場所にある橋を渡らねばならないため、人通りは少なかった。

 祭りの喧騒に交じって、どこからか風鈴の音が聞こえてくる。


「夏って感じですね」


 僕は児童施設の子供たちが焼いてくれたフランクフルトをほおばりながら言った。カズトは焼きそばをかき込んでいる。


「そうね・・・」


 先輩は祭りの明かりを見つめながらつぶやく。


「でも私、夏は嫌いかな」

「え・・・」


 先日、あんなにも楽しそうに魚取りをしていたのに?


「あ、夏休みも夏祭りも大好きよ?ただ、夏は・・・暑いし、ね」


 確かに。でもそれだから水遊びも気持ちがいいし、先輩が今食べているかき氷もおいしいのではないか。しかし、それとこれとは別なのかもしれない。先輩は女性だし、汗をかいたりするのはやっぱり嫌なのだろう。


「・・・」


 薄暗い中、川に反射した祭りの明かりに照らされた、先輩の横顔をこっそりうかがう。その横顔はいつ見てもやはりきれいだけれど、その時先輩が何を考えているのかは、その表情から読み取ることはできなかった。





 夏休みが終わってから、僕の学校生活に変化が見られた。

 けっして頻繁にではないが、クラスメイトから話しかけられるようになったのだ。たとえば、休み時間に本を読んでいたら、隣の席の生徒から、どんな本読んでんの?とか聞かれたり、授業で分からなかったところを教えてくれるよう乞われたり。ほんの些細なことだったけれど、僕は驚いた。それでも、何の抵抗もなく話すことができた。

 急に話しかけられるようになったことを不思議に思っていたが、ある日クラスメイトから、


「丹羽ってさ、なんか雰囲気変わったよな。なんというか・・・話しかけやすくなった」


 と言われたので、あぁ、そうなんだと思った。先輩たちに出会ってから、どこがどうとは上手く言えないけれど、僕は変わった。その変化が、クラスの人たちの態度を変えたのか。


 僕は僕が人から嫌われるのは、成績のせいだと思っていた。それのせいで嫉みや反感を買いやすいからだと。しかし、成績は相変わらずだけどこうなったのだから、やっぱり原因は僕にあったみたいだ。

 中学の経験から、僕は周りを見ることを止めてしまっていた。けれど、なにも見えなかった少し前とは違い、今はクラスのみんなの気持ちを感じ取ることができる。やっぱりちょっと僕に冷たい人も数人いるけれど、それでもクラスの空気は確実に変わった。いや、僕が変わったおかげで本当の風景が見え始めた。


 みんながみんな僕を嫌っていたわけじゃなくて、僕の見方の問題で、でも世の中にはいろんな人がいるから、僕を嫌う人もいて、それが普通なんだ。

 いろんな人がいて、たくさんの人がいて、この世界は生きにくいと思っていた。けれど、僕はボランティアサークルに入ってから今までの間に、多くの人々に出会ったからこそ、今の僕がいると思う。それでも厳しいこの世の中を生き抜くすべも、たくさん教わった。だから・・・


「ハールー。行こうぜ」


 放課後、僕の席近くの子たちに宿題の解説をしていると、カズトが廊下側の窓からひょっこりと顔を出した。


「お、いいタイミング。俺も混ざる!」


 そう言って教室に入ってきた。適当に近くの椅子をひっぱってきて僕の机を覗き込む。

 その机には、もう落書きなんてなかった。





 僕たちの時間はゆったりと進んでいった。しかし思い返してみると、それらはなんだかあっという間で。


 夏が終わり冬が来て、落ち葉を集めて学校でこっそり焼き芋を焼いたり、3人で初詣に行ったり、2月のバレンタインデーには、なぜか僕の家でチョコレート菓子を作ったり。作ったお菓子はもちろん、地域のお年寄りたちに配るのだ。


 カズトはよく遊びに来ていたけれど、先輩が来るのは珍しい。それもそうだ。男子高校生の家に女子高生が頻繁に遊びに来るわけがない。だが、お菓子を作るにあたって場所がなかったためだ。

 先輩とカズトは、幼い時に両親を亡くしているらしく、お世話になっている叔父の家でやるのは少し気が引けるというのだ。そういうことなら全然かまわないんだけれど、僕はこの時まで二人の両親について聞かされたことがなかったから驚いたとともに少しさみしくも思った。確かに言いにくいことだけど、出会ってもうすぐ一年になるのに。


 そんな胸の内はもちろん言わないで、僕たちはチョコレートマフィンを作った。あいにく先輩は料理が得意ではないらしく、作業がとてもたどたどしかった。オーブンに入れてからも、そわそわと落ち着きがなく、そんな先輩を見るのは新鮮で面白かった。・・・なんてことも、もちろん言わなかったが。




 そうしてまた春を迎え、新入生を入れよう!と、僕たちは部室の扉にかける看板を作ったり、チラシを作ったりした。そして各部がどうにかして部員を引き込もうとやんややっている放課後の校門前で頑張ってみたのだけど、結局その年は一人も入らなかった。

 少し残念だったが、僕としては、この3人でいることに慣れてしまったため、急な環境の変化がなかったことに少し安堵したのだった。

 そうそう、例の引き戸のドアノブ。実はあれ、新入生勧誘用の看板をかけるために、去年カズトが取り付けたらしい。何でこんな紛らわしい感じにしたのか。しかし、今年は無事に看板もできたし、せっかくなのでそこに引っかけた。




 また夏がきた。学期末考査も終わり、明日から夏休み。

 終業式の朝、僕はいつも通りの時間に起きたのだけど、なんだか調子が優れなかった。熱を測ってみると38度。これでは今日は学校に行けないなと思い、休むことにした。まぁ今日は式だけで、授業はないので大したことはないだろう。

 しかし、今日は活動日なので放課後にいつものお年寄りの家に行く予定だった。仕方がないので僕は、だるくて思うように動かない体を動かし、携帯電話からカズトにメールを送った。ふらつく頭では小さい文字が見にくく、自分が書いた文を読み返しもせずにそのまま送る。


 後から思えば、平和で穏やかな日々はここまでだった。僕はこれから知る事実や、起こることなど当然知る由もなく、温かな布団にくるまって、送信ボタンを押す。チャララン と軽やかなメロディーが鳴った。





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