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4、猫と少女


 3人で大通りから道を何度か曲がって住宅街の方へ進む。その間僕は猫をずっと抱えたままだ。動物の抱き方なんて知らないし、先輩もカズトも何も言わないのできっと知らないのだろう。だから両手で適当に持っているが、猫はなんだか不満そうだ。「にゃーご・・・」と力なく鳴いている。もうすぐだから我慢してくれ。


 ふいに別の猫の声が聞こえた。視線を向けると住宅の塀の上に、だらんと寝そべっている茶色のまだら猫。その小さな目は僕の抱く三毛猫に向けられていた。

 すると先ほどまでは不満そうな鳴き声をあげていた猫が、にゃーにゃーと元気に鳴きだした。とたんにあっちからもこっちからも猫の鳴き声が。


「この辺は猫多いんだな」


 カズトが言う。先輩は何も言わなかった。

 僕は抱えた猫を見下ろし苦笑する。

 お前、友達多いな。




 無事、おばあさんの家にたどり着き、猫を渡す。おばあさんは僕なんかとは違い、上手に抱き上げると、部屋の奥に声をかけた。


「詩織ちゃん!猫ちゃん帰ってきたわよ」


 とたんに奥から女の子が一人駆けだしてきた。「チロちゃん!」と叫びながら猫に抱きつく。おばあさんはニコニコしながら僕たちに礼を述べる。


「本当に助かったわ。詩織ちゃんがここにきてすぐ逃げ出しちゃったから、本当に落ち込んでてね・・・」

「お孫さん、いつまでここに?」


 先輩が猫とじゃれあう女の子をほほえましげに見つめながら問う。


「そうねぇ、私にもわからないわ。でも、こんなこと言ったらあの子の両親に怒られちゃうかもしれないけれど、ずっといてくれた方が、私にとっては嬉しいわ」


 そう、おっとりと、しかしどこか悲しげに言う。

 中学生のお孫さんは、学校でうまくいかずに、先日からこの街に住むおばあさんに預けられているそうだ。ただでさえも心細い状態なのに、唯一実家から連れてきた愛猫がいなくなってさぞ落ち込んだことだろう。しかし今は嬉しそうにその猫をなでている。猫ものどをゴロゴロと鳴らして嬉しそうだ。ひととおり再会の喜びを分かち合うと、彼女は僕たちに向き直った。


「あ、あの・・・本当にありがとうございました。私のたったひとりのお友達なんです。もう、戻ってきてくれなかったらどうしようって・・・あ。お兄さん、ほっぺたに引っかき傷が・・・もしかしなくても・・・この子のせいですよね・・・」


 嬉しそうな表情から一変、おろおろとする女の子。


「あーいや、まぁ、そうなんだけど・・・」


 対する僕もつられておろおろ。別に気にしていないが、そう、気にされると逆に申し訳なくなる。


「あ、あの・・・あの、手当てさせてくれませんか?」


 おずおずとそういう少女。でも、大したことないし、別に・・・


「なら、お願いしようかしら」


 そう言ったのは先輩だった。驚いて視線を向けると、先輩は「せっかく言ってくれてるんだもの。甘えちゃいましょうよ」と、僕に茶目っ気たっぷりのウインクを送ってきた。


「そうそう、お礼にお菓子も食べて行ってちょうだい。ジュースもあるわよ」


 おばあさんも楽しそうに言う。それにはカズトが「やった」と小さくガッツポーズをした。だから僕は「それなら、お言葉に甘えて・・・」と少女に手を引かれるままに家へと上がらせてもらったのだった。



 僕の怪我が頬だけではなく、手のひらにもあることに気付いた少女は、申し訳なさそうに、しかし手慣れた様子で手当てをしてくれた。手のひらの傷は大してひどくはないのだが、右手でしかも良く動かす場所なので、ガーゼを張り付けただけではすぐにはがれてしまう、と言って彼女はわざわざ包帯を巻いてくれた。ちょっと大げさではないかとも思ったが、断言するからには慣れているのだろう、言われたとおりに包帯を巻かれている間、おとなしくしていた。頬にはすでに絆創膏が数枚張られている。


「ありがとう。手当て、上手いね」


 一通り終わってから、礼とともに僕は言った。お世辞でなく、素直な感想だった。包帯の巻き方が、ただぐるぐる巻くだけでなく、巻いた後の指の動かし方を考えて巻かれているようで、見た目よりも動作に違和感がなかった。中学生でこんなふうに包帯を巻けるなんて、素直にすごいと思う。それを聞いて少女は頬を赤らめて、


「慣れて、いるだけです。弟がよく怪我をするから・・・」


 そこに三毛猫のチロがすり寄ってきた。彼女は火照った顔を隠すようにそれを抱き上げ、「もういなくなったりなんかしないでね」と抱きしめる。

 おとなしくて、人と話すのが苦手なのだろう、常に恥ずかしそうで、その言葉はたどたどしい。しかし、弟思いの優しい子なんだと思った。彼女ならちゃんと聞いてくれると思って、僕は自分の考えを言うことにした。


「その猫なんだけど、もしかして、ここにきてからずっと外に出してなかったんじゃない?」


 そう聞くと、彼女は不思議そうな表情をしつつ顔をあげた。


「えっと・・・そういえば、そうだったかも知れません。この家に来て3日くらい、ずっと一緒に遊んでたから・・・。一度、いなくなって、家の周りを探して、見つけてすぐにつれて帰ってきたことはあるんですけど・・・」

「僕は、動物のことをよく知らないから、根拠はないし、無責任なこと言うようかもしれないけど、猫も、外に出たいんだと思うよ」


 僕は道で遭遇した猫たちを思い出していた。


「その子には、たくさん友達がいるみたいだし、あんまり縛りつけないで、自由に出入りできるようにしてみたらどうかな。もちろん心配だろうし、君もさみしいかもしれないけれど・・・」


 少女の顔を見ると、不安そうな、悲しそうな、そんな表情をしていた。あぁ、やっぱりこんなこと言うんじゃなかったかな、と少し後悔する。でも、このままでは彼女のためにもならない気がする。学校でいじめられている僕が言うのもなんだが、彼女にはちゃんと学校に行けるようになってもらいたい。


「それでまたいなくなったら、僕たちが探してあげるから・・・さ」


 気づけばそんなことを言っていた。おいおい、この一週間どんだけ大変だったか思い出せよ、とついさっきまでの自分に言われそうだが、まぁ、でも言ってしまったし、それでもいいかななんて思う。

少女は驚いたようだったが、すぐに柔らかい笑みを浮かべて「ありがとう、お兄さん」ととても小さな声で言った。



 帰り際玄関で、少女とおばあさんが見送ってくれた。少女が、「あの・・・」と何か言いかけて、しかしすぐに口をつぐんでしまった。僕はなんだろうと思いながらも、おばあさんにお礼を言って扉をくぐろうとする。その時、また彼女が「あの・・・」と言った。

 僕は振り返った。同時に、先輩も。


「また、遊びに来てもいいかしら?」


 先輩が優しく問うと、少女はうれしそうにうなずいた。





「ハル君も、成長してるわねぇ。先輩ちょっと嬉しいぞ」


 帰り道、唐突に先輩がそんなことを言う。


「何がですか?」

「あの猫の話。ちょっと感動しちゃった」

「あぁ・・・」


 どこにどう感動したのかは分からないが、そしてどの辺が成長したのかもわからないが、あの話かと思った。


「また僕たちが探すって、言っちゃいました。巻き込んですみません」

「全然!私たちはボランティアなんだし、それがお仕事よ。それに、嬉しかったわ。君がああ言ってくれて。大変だったとか、そういう損得を抜きにして、また探してあげたいって思ったんでしょう?」


 その言葉に小さくうなずく。


「そう思うことはとても素敵だと思う。素直に、こうしてあげたいって思うことをするのがいいと思うの。だから・・・」


 また難しい顔で悩み始めそうな先輩を僕は制して、


「わかってますよ、例の、直感ってやつでしょ」


 先輩は、満足そうにうなずきながら、でも言いたいことを先に言われてしまったからか、ちょっとだけむぅとした。僕はそんな先輩を見てくすくすと笑う。

 陽が落ちて人通りが少なくなった大通りに、他愛もない話をしながら進む僕たちの声が溶けていった。



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