3、ボランティアサークル
「ボランティアサークルへようこそ!」
一見すると前後に開く扉に見えたが、意外なことにその白い扉は引き戸だった。・・・でもドアノブがついている。何で?
僕が扉を開けると、先ほどの女生徒が笑顔で出迎えてくれた。そしてその向こう側の白いテーブルにもう一人、男子生徒が座っている。
ボランティアサークル?え、サークルなんだ。部じゃなくて。いや、ただのごろ合わせかもしれない。ボランティア部ってなんか変な感じだし。
とりあえず何も言わずに促されるまま男子生徒が座るテーブルに着く。
「さて、じゃあ、自己紹介しましょうか」
彼女も席につきながらそう言う。
「え、他の部員は?」
全員そろってからの方が効率がいい。
「これで全員だけど?」
彼女はさも当然と言わんばかりの表情だ。
たった3人だけ?
「それに、さっきは流れで部って言ったけど、ここはサークルなの。というか、学校も認知していないただの集まり。だから入っても内伸点は上がらないわよ」
「はぁ・・・そうなんですか」
別に内伸点はどうでもいい。そもそもまだ入ると言ってもいない。「あの・・・」と僕はその旨を伝えようと口を開くが、彼女の言葉の方が早かった。
「私の名前は沢井奏。そしてこっちが私の弟、沢井和人。あなたと同じ1年生よ」
「よろしく・・・和人です」
紹介された弟君はどうやら寝ていたのだろう。眠そうなかすれ声で言った。
「あ、僕は丹羽春樹です。よろしくお願いします・・・?」
しまった。流れでつい自己紹介を。やっぱりこのまま入ることになるのだろうか。いや、絶対そうなるだろう。僕は別段押しに弱いわけではないが、この人のペースは苦手だ。こんなに強引な人は初めて出会う。
まぁでも、ぼくはいつも流れに身を任せるというか、抗うのも面倒だし、嫌とかいう感情もない。というかどうでもいい。だから現状を受け入れてしまう。いまさら問題ごとが一個や二個増えようが構うものか。
と、思っていたけれどやっぱり少し後悔。
「ハル君、そっち行ったわよ!」
「わ、わ、わ・・・」
僕は虫取り網を両手で持ってぶんぶんと振りまわしていた。
「ハル、危ないって!猫に当たる!」
「でも!あっ、カズトそっち!」
「うわぁ!?」
僕の振り回す網から逃れるように、首に鈴をつけた三毛猫が和人の方へ走っていく。チリンチリン とその動きに合わせて涼やかな音色が響く。
「待てって、このぅ!とりゃ!よっ!・・・った!?」
カズトが奇声を発しながら猫を捕まえようと暴れている。しかし、猫はさすがに身が軽く、そんな彼の手など楽々とすり抜けて、最後には彼の頭を踏み台にして飛びあがると、そのまま背後にあった木の幹をまっすぐに駆け上がっていく。
「にゃー」
木の枝のひとつに到達して、その猫はどうだ参ったかとでも言うように僕たちを見下ろした。
「困ったわね・・・」
制服のシャツの袖で額の汗をぬぐいながら、呆然と上を見上げている僕のところに先輩が歩み寄ってきた。セーラー服のリボンが歪んでいる。
一方カズトは木のすぐ下で「降りてこーい」と大声で猫に呼び掛けている。道行く人たちがそれを怪訝な目で見ていた。人目をはばからない奴だ。しかしかく言う僕も、高校生にもなって虫取り網を抱えているのだから大して変わらない。
「早くしないと日が暮れるわ。せっかく見つけたのに、見失ってしまう・・・」
先輩は白い指先を顎にあて、思案顔だ。
・・・冗談じゃない。僕がこのサークルに入ってからもう一週間になるが、その間中、ずっとこの猫を探し続けていたのだ。毎日足が棒になるほど歩きまわって、茂みやゴミ箱の裏とか、人目を気にしながら探し、ようやく見つけたのだ。またそれをやると思うと気が遠くなる。
僕は意を決して木の下へ進んだ。
そんなに高い木ではない。猫のいる枝まではせいぜい2メートル半くらいか。木の幹もそれなり頑丈そうだし、太さもちょうどよく、上りやすそうだ。僕は幹に手をかけた。
と、そのとき、
ぴょんっ
視界の上の方でそれが跳ねた。瞬時に見あげると、猫が枝から離れ、きれいな放物線を描きながら飛んでいるではないか。「うそだろ!?」思わず声をあげ、放物線の行きつく先にあわてて走り寄る。猫ってあんな高いところから飛び降りても大丈夫なのか?僕たちがしつこいからやけになったとか?おいおい、怪我でもしたらどうすんだよ。っていうか、大丈夫でもそのまま逃げられても困るんだって――――――
僕は猫を受け止めようと真下に回り込み、空へ向かって両手をあげる。そこへ猫がまっすぐ落ちてくる。
「痛っ!」
しかし受け止める寸前、猫は爪を立て、僕の手のひらをひっかいた。突然の痛みに反射的に手を引っ込める。と、当然のことながら猫は、着地場所に突っ立っている僕の顔面に見事着地。弾みでメガネが吹っ飛んだ。
予想外の、しかも一瞬の出来事だったがこれくらいで僕は動揺したりするもんか。再び飛びだそうとする猫を僕はがっしりと捕まえて、つぶさない程度に抱え込んだ。
「やったぁ!ハル君すごい!」
「さすがだ。ハル!」
二人の賛美に僕は力なく笑みを返す。あぁ、ようやく終わった。よかった・・・。
「さぁ、さっそくおばあさんの家にその子を返しに行きましょう。ハル君、離さないでね」
先輩の意気揚々とした声に連れられて僕たちは後に続く。一週間前、僕が入部した次の日に先輩たちと訪れたとあるおばあさんの家だ。
この部活、いや、サークルは、定期的に近所のお年寄りの家を訪問して、話し相手になったり、買い物を手伝ったりという地域密着型のボランティアをしているらしい。他にも、地域のお祭りや商店街の手伝いなどなど。しかし、ボランティアと言うよりは、先輩の知り合いの人々のお手伝いといった感じで、その活動は小さい。だからそんなに大変なことはないらしいのだが、僕は入って早々、訪問した先のおばあさんに猫探しと言うなかなかに困難な頼みごとをされてしまったので、この一週間はかなり忙しかった。
「疲れた・・・」
「なんだ、ハル。体力ないな」
「なんでカズトはそんなに元気なんだよ」
彼だって僕と同じで特に運動などはしていないらしいが、何でこうピンピンしているのか。いや、疲れたのは身体ではなく、精神面かもしれない。
「ふふっ」
そんな僕たちのやり取りを見て、先輩がおかしそうに笑った。「どうしました?」と聞くと、
「ハル君、初めて会った時よりもよくしゃべるようになったなぁと思って」
そうだろうか?確かに、疲れたとか、そんな個人的な感覚なんて人前で口に出すことはなかったかもしれない。そしていつの間にか、僕は彼のことをカズト、と自然に呼ぶようになっていた。はじめは名字で呼んでいたはずなのに。
「そういうのって大切なのよ。思ったことを口にすること。もちろん、何でもかんでもってわけじゃないんだけど・・・。自分の感情を表に出せば、相手も出しやすくなるの。だから、相手の考えてることも、なんとなくわかるようになるのよ。なんて言うか・・・うーん、どう言ったらいいのかしら・・・」
「先輩、大丈夫。なんとなくわかりますよ」
難しい顔で考え込みそうになる先輩を制した。そう、なんとなくだが先輩の言いたいことはわかる。先輩は初めて会ったときから、直感だとか、感覚だとか、そう言った言葉をよく使う。要するに、そういうことなのだろう。言葉で言おうとするのは難しい。
「のど渇いたなぁ。おばーちゃん、ジュースとか御馳走してくれないかな」
「もう、カズ、恥ずかしいからそんなことおばあさんに言わないでよ?あくまで私たちはボランティアなんだから、ねだってどうするの」
呆れたようにカズトをたしなめる先輩。そんな二人を見て、仲いいなぁと思いながら歩く。僕がたったの一週間でこの人たちとこんなに親しくなれたのは、ほかならぬこの人たちだったからだ。さっきの先輩が言うように、何の偏見もなく僕に感情を向けてくれたから、僕はちょっとずつ、変わってきているのかもしれない。まだたったの一週間だというのに。僕はその変化が嫌じゃなかった。むしろ、少しだけうれしくも思う。その、嬉しいと思う感覚も、感じるようになったのはこの人たちと出会ってからだった。それまでは何でもどうでもよかったから。だから、先ほどちょっと感じた後悔も、やっぱり取り消しておこう。




