闇夜を飾る純愛のオーロラⅩⅣ
「いきなりあれは流石にひどくないか?」
千尋は手すりに寄りかかり、シャンパングラスを静かに傾ける。
「良いんだよ、あれぐらいで」
そう言ってシャンパングラスに入った透明な液体をのどを鳴らしながら一気に飲み込む。
「でも、いつものお前らしくはなかったな」
「らしくない?」
敏樹の声に少し力が入った。くぐもったその声は不機嫌そうに聞こえた。
だが、千尋は言葉をつづけた。
「いつものお前なら笑ってこんな話流すだろ。でも、今日のお前はそれをしなかった」
「かもな」
敏樹は軽く息を吐いた。
「でも、一つだけ間違えてるぜ。しなかったじゃなくて…出来なかった、だよ」
「…お前にしては珍しく弱気発言じゃないか」
「そうかもな」
敏樹は自傷じみた笑みを浮かべた。
遠い目をして、もう一度シャンパングラスを傾けるが中身は何もなかった。
「ちょっと飲み物取ってくる」
「………」
敏樹の遠ざかる背中を静かに見つめる。
すぐに敏樹は一本のボトルを持ってきた。
「それ……なんだ?」
「最高級な白ブドウの炭酸飲料」
「それを人は白ワインと呼ぶんだぞ」
「いいじゃねえか。今日ぐらい」
そう言って片手に持っていた二つのワイングラスに勢いよく注ぐ。
千尋にそれを一つ差し出すと、もう片方を一気に飲み干す。
「ああ、美味いな」
「……ったく」
千尋も少し飲む。
確かに最高級だというだけはあり、のど越しもあと味も口の中での風味も素晴らしいものだった。
「俺はさ……怜央に幸せになってほしいんだ」
敏樹がいきなり愚痴るように話し始める。
千尋はワインをちびちびと飲みながら、耳を向ける。
「お前も見たろ?あいつはすげぇーーーー綺麗なんだ。それに人をたてるのも上手い。勉強も人一倍出来るし、スポーツだって平均並みには出来る。
……そんなやつがさ。親が決めたからって俺ごときと婚約なっておかしな話だろ?
俺はずっとあいつを見てきた。
本当に小さいころからだ。
だから、あいつには俺なんかじゃなくて、あいつが見つけたあいつの隣に見合うやつと結婚してほしんだ。
ま、実際そこまで理想の高いことは望んでねぇよ。
ただ……ただ、俺はあいつが本当に好きになったやつと一緒になってほしんだ」
敏樹は泣き出しそうな顔をしながら自分の胸にある想いを言葉として吐き出した。
静かに、そして力強く。
千尋は空になった自分のグラスを見つめながら呟いた。
「お前は怜央さんのことをどう思っているんだ」
「……そりゃ、さっき言った通りだ」
「そうじゃなくて、好きか嫌いか、でだよ」
「………嫌いではないな」
「じゃあ……」
「でも俺には力がなさすぎる。俺には…その役は向いてないんだよ」
そう言うと敏樹は立ちあがり、グラスに残ったワインを飲み干す。
「さて、湿気くさくなっちまったな。千夏さん、ご一緒にダンスをしていただけませんでしょうか?」
「……きちんと、リードしてくださいね」
「変声機つけてそれ言うとマジで女みたいだな」
「誰のせいだ!」
千尋はヒールで思いっきり敏樹の足を踏みつける。
相当痛かったらしく、敏樹は片足を抱えぴょんぴょんととび跳ねる。
「そう怒るなよ。冗談だろ」
「ふん、さっさと行くぞ」
二人はテラスに空のグラスを残し、会場に戻っていった。




