闇夜を飾る純愛のオーロラⅪ
「おい、前園」
「なんだい?千夏ちゃん」
「気持ち悪い声をだすな。けるぞ」
「そう怒るなよ。で、なんだい?」
「いつまで続ければいいんだ…これ」
「うん?あとちょっとだよ。もうすぐ親父がよびにくるよ」
「おい、敏樹に千夏さん」
「ほら、ね」
敏樹の言った通りに金造があわてた様子でこちらに歩いてきた。もう、小走りと言っても良いぐらいだった。
「二人ともちょっと言いかね?二人にあわせたい人がいるんだ」
「そんなあわててどうしたんですか?」
千尋はまた令嬢をつくる。
金造はにこりと千尋に笑いかけると一度息を整えるように肩を上下させる。
「二人ともちょっといいかな?会わせたい人がいるんだ」
「会わせたい人?」
「ああ、渡良瀬さんの御令嬢なんだが」
「渡良瀬ってあの渡良瀬グループの?」
「ああ。たぶん君が言っている渡良瀬で間違いはないはずだ」
「うわぁ~」
渡良瀬グループ。
日本が高度経済成長の崩壊が起きたときに日本の経済復帰させたと言われるほどの業績を持つ『ワタラセ』という会社をはじめ。50社以上の会社が名前を連ねる経済グループの通称だ。
「では、行こうか。千夏」
敏樹は千尋にゆっくりと手をさしのべる。
これで最後。
その声にはそんな意味が含まれている気がした。
「はい」
千尋はその手を取り、腕を組みながら敏樹と歩く。
***
少しダンスホールから離れ、食事の並ぶ入り口近くのテーブルに行くと、がたいのいい男がシャンパンをビンごと口に運び、一気に飲み干していた。
「相変わらずの飲みっぷりだな、剛蔵よ」
「おお、金造!仕方ないだろう?お前のところの酒は美味い!それなのにチビチビ飲んでいてはそれこそ失礼と言うものだ」
「ものは言い様だな」
「がはは、そう言うな」
二人はまさに親友のように冗談混じりのあいさつをし、あつい握手を交わす。
「で、そこにいるのは敏樹だな!大きくなったな。いつぶりだ」
「お久しぶりです、剛蔵おじさん。三年ぶりですよ」
剛蔵は敏樹をににっこりと笑いかけるとそれとは真逆の冷え切った表情で千尋を一瞥する。
「おい、金造。敏樹が連れている女は?」
「なんでも、付き合っている女の子らしい」
「じゃぁ、あの話はどうすんだ?一応、連れてきたが」
「こちらも話してはある。とりあえず、ここは…」
二人は肩を組み、ひそひそと話しあっている。
金造にとっても、剛蔵にとっても千尋の存在…つまり千夏という恋人の存在は予想外で、それについて緊急会議を開いているようだった。
「ごほん」
金造がわざとらしくせき込み、二人を見る。
「私は剛蔵と話がある。で、二人にはお願いがあるんだが」
「俺の娘の怜央が一緒にきているんだが、どうも人付き合いが悪くてな」
「で、二人は怜央君と話をしてきてほしいのだ。同年代の千夏君なら彼女も心おきなく話せると思うんだ。どうかな?」
金造と剛蔵は、真剣な顔つきで怜央の特徴を話す。
話の流れから、千尋は今回の敏樹の婚約者候補がその怜央と言う女の子のことだとすぐに分かった。
「私は構いませんが…」
「……俺も別に」
敏樹は気乗りしないらしいが、一応はそれに従うつもりらしい。
「で、その方は?」
「そこにおる」
剛蔵が指さす先には開いたガラス張りのドア。
その先のベランダに怜央はいた。
月に照らされる彼女は何かを思いつめるように外を見ていた。
その姿はまるでかぐや姫のようだった。




