緊張観覧席の憂鬱
義妹たちから一世一代の告白から約一週間が経過した。
義妹たちはあれから色々なアプローチをかけてくるのではないかと不安だったが、案外何もなく一週間は過ぎた。
千尋も少し拍子抜けであった。
「おはよう、ちぃくん」
千尋が着替えてリビングに行くとそこには詠子がキッチンに立っていた。旧称、霧尚詠子。千尋の父、間宮英司の再婚相手である。
「おはようございます、詠子さん」
千尋は軽く会釈をすると近くにあった新聞を広げた。自分でも爺くさいと思ったが、詠子と顔を合わせるよりはましだと思っていた。
千尋は詠子のことを嫌っていた。
「そういえば、親父は?」
新聞を広げながら、ぼそっと呟いた。
「今日はお仕事らしいわ。いま、新作製作で忙しいらしいわ」
英司はゲーム制作会社の一応、幹部的な位置に勤めているらしい。だが、そんな人がよく家を空け新婚旅行(?)なんかに行っていいものなのか疑問だが、クビにならない限りは大丈夫だろう。
「今日、ちぃくんの予定は?」
「いつもどおりですよ」
「そう」
いつも千尋の詠子に対する態度はどこか他人行儀だ。詠子もそれは気にしているのだろう。顔を合わせる時には積極的に話をしようとしゃべりかけてくる。
千尋にもそれはすごくわかる。
だけれども、詠子を母と認めることはできなかった。
自分でも子供っぽいとは思うがそこはだれにも譲れないものだった。
詠子を母と呼ばないのもそういった思いがあるからだった。
「おはようお母さん。それにお兄ちゃんも」
「おはよう、麻貴」
「おはよう。めずらしいな、麻貴がこんな時間に起きるなんて」
「まあね。久々に朝練が休みだから」
「じゃ、久々に一緒に学校へ行くか」
「おお、そうだね。うん、そうだ。おしっ!!」
その一言でなぜかハイテンションになりガッツポーズまでとる麻貴。
「じゃあ、しっかり食べなきゃね。はい、朝ごはん」
詠子は微笑みながら全員分の食事をテーブルへと運んだ。味噌汁にご飯にサケの塩焼き。和食の定番と言える朝食だ。
「いただきます」
新聞を畳んで千尋は朝食に手をつける。一言もしゃべらず静かに食べ続けた。すぐに食べ終わり食器を片づけ始まる。
「お味はどうだった?ちぃくん」
「はい、おいしかったですよ。さすが、詠子さんです」
にこりと笑いながらも他人行儀な言葉を並べ、「学校の準備をしてきます」と言ってリビングをあとにした。
千尋は自室に入ると深いため息をついた。
自分でも嫌になってくるぐらい最悪な態度だ。別に千尋は詠子を嫌ってるわけではない。むしろこんな態度をとり続けている自分にも好意的な態度をとってくれる彼女を良い人だと思っている。
だが、彼女を母を認めるのは千尋にとっては難しい事だった。
彼女を母と認めることは、自分に命を与えてくれた母を否定することになるのじゃないかと恐くて仕方なかった。
「お兄ちゃん、ちょっといい?」
いきなりの麻貴の声に多少驚いたが、こんな感情を知られまいと頬を叩き表情を引き締める。
「なに?」
「もうそろそろ行こ~」
「お、もうそんな時間か」
千尋は腕時計をつけ、かばんを背負って部屋から出た。そのまま、リビングえを通り過ぎ家をでた。
「お兄ちゃん、今日帰りは?」
「いつも通りだけど・・・どうして?」
「うん、今日は部活も早く終わるから一緒に帰れないかなと思って」
「あ、そうなんだ。ちょうど今日はスーパーに買い物に行こうかなと思ってたから荷物持ち頼めるかな…」
「女の子に荷物持ちを頼むのはどうかと・・・」
ちょっとショックだったらしくズ~ンという効果音が見えそうなぐらい落ち込んでしまった。
「うそうそ、そんなこと女の子にやらせないって」
「ぷ~、お兄ちゃんのいじわる」
「ごめんごめん」
千尋に頭をなでられると麻貴はうれしそうに笑ったが、すぐに沈んだ表情へと変わった。
「どうした。痛かった?」
そう言って頭から手をどかそうとしたが、その手はすぐに麻貴の手に握られた。
「ねぇ、お兄ちゃんはお母さんのことは嫌い」
「・・・・・・・・・・・・・」
麻貴のいきなりの言葉に千尋は絶句した。だが、小さくため息をついて苦笑した。
「そんなことないよ。詠子さんのことは尊敬してるよ」
「でも、お兄ちゃん・・・つらそうだった」
「・・・・・・・・・・・そんなことないよ」
「で、でも!!」
麻貴が何かを言おうとした時、不意にうしろからわざとらしい声が聞こえた。
「おい、見ろよ。朝っぱらから妹様と手なんか握ってるよ。死ねばいいのにな」
野球部らしき男子とこちらを指さしながら敏樹がこちらに迫ってくる。
「おいおい、朝からいちゃいちゃしてんじゃねえよ」
「ふん、良いだろう。なんせ、自慢の妹だからな」
「なんだとぅ」
わざとらしく千尋は敏樹とふざけた口調で話を変えた。
ごまかせたであろうと思いつつも麻貴の方を見ると、先ほどのほめ言葉が効いたのか顔を真っ赤にしていた。
「さて、早く学校に向かわないと遅刻しちまうな」
「ああ、そうだな。ほら麻貴、行こう」
「う、うん」
千尋が差し出した手に麻貴は恥じらいながらもしっかりとそれを握っていた。