夕日で模られたガラスの瞳Ⅺ
「あの頃は楽しかった」
もう一度、自分に言い聞かせるようにしみじみと凰華は言った。
「……でも、貴女はそれを壊した」
千尋は自分の感情をぶつけるように淡々と言った。
「だから言ったろ?それは仕方ないことだったんだ」
「そんなの……納得…いきません」
千尋は震える拳を見つめながら、怒りを抑えるように唇をかんだ。
「なぁ、千尋。ちょっと昔話に付き合ってくれないか?」
「………………」
千尋は凰華を睨みつけるが、それも無視して凰華は話し始める。
「昔、ある女の子がいたんだ。彼女はある男の子と毎日のように遊んでいた。
「彼と毎日いるのが楽しくて仕方なかった。
「それこそ、彼に騎士の誓いなんてたたせてまで一緒にいようとした。
「だが、その日々は長くは続かなかった。
「いきなり彼女の父親の転勤が決まった。
「しかも、海外だ。
「そんな、年も行かない女の子を日本において行くわけにはいかない。
「それは、彼女にもわかってた。
「だが、それは突然すぎた。
「彼女は彼にお別れも言う間もなく旅立つことになった。
「彼女はその罪悪感を抱えたまま、海外で何年も過ごした。
「そして、彼女は十年後、日本に帰ってきた。
「彼女は彼に会えるのがうれしくてたまらなかった。
「すぐに彼に謝罪がしたかった。
「だが、彼女が見たのは彼女が知っていた弱弱しい彼ではなく、隣に女の子を連れて笑っている彼だった。
「彼女は胸に変なものを感じながらも、もう合わす顔がないとその場を後にした。
「その後、彼女は彼にあった時に笑いながらすごいだろと言えるように頑張ってきた。
「その過程で生徒会長にもなったりしてな。
「そして、彼女が生徒会長になってすぐだった。
「彼女の行っている高校に交換留学の話が持ち上がった。
「彼女は驚いた。
「なんせ、その先が彼の通っている高校なんだから。
「彼女は歓喜にとび跳ねたさ。それこそ、子供のようにね。
「そして、彼女は今……彼の目の前にいる」
凰華は千尋を見つめた。
そして、自傷気味に笑った。
「すまない。こんな話、つまらなかったね」
「……凰華姉」
「こんなの言い訳にもならない。だが……」
凰華は真剣な目つきで千尋と向き合う。
「こんな私でも許してくれるか」
その問いに千尋は
「無理です」
そう答えた。
「そんなの無理ですよ。だって……」
千尋は言葉を詰まらせる。
それから先ほど震えていた拳で自分の頬を軽く撫でる。
「だって、貴女を…凰華姉を嫌ったことなんてないんですから」
その言葉に凰華は優しい頬笑みを浮かべた。
その瞳にうっすらと涙が浮かんでいた。
千尋は凰華の前まで歩き、そこで片膝をつき頭を下げる。
「凰華会長。もう一度、俺を副会長として、そして騎士としてあなたのそばに置いていただけますか?」
凰華はただうれしそうに笑った。
「頼むよ。我が騎士様」
その瞳にうかぶ雫は夕日に彩られ、この世のどんな宝石よりも美しく輝いていた。




