夕日で模られたガラスの瞳Ⅷ
オレンジ色のやわらかな日射しが窓から顔をのぞかせ、部屋全体を鮮やかに染めた。
静まり返った生徒会室にペンの走り回る音だけがリズムを刻んでいた。
千尋は大きく息を吐いた。
葵を帰らせてから約一時間が経過していた。
千尋は凰華の手助けをすると言って一時間、ペンを走らせ続けた。
その結果、かなりの量の仕事をやった。
「なんだけどなぁ・・・」
目の前に有るのは山のような資料とそれをまとめるための大量の紙。
千尋はため息をつかずにはいられなかった。
「ふふ、どうしたんだい?」
凰華はペンを止めることなく口元を歪ませた。
凰華は千尋の倍近くの仕事量をこなしていて、千尋が体をのばしている間にもペースを緩めることなく仕事を続けている。
「・・・・・・少し休憩しませんか」
少し・・・と言うよりもかなり申し訳がない気持ちに責められながらも千尋は言った。
だが、凰華の手が止まることは無かった。
「・・・ん、自由に休憩はとってくれ。私はもう少しやってからにするよ」
「・・・・・・・・・」
千尋は小さなため息をつきながら窓際にあるポットまで歩く。
急須に茶葉をいれ、ゆっくりとお湯を入れる。
何度かかき混ぜるように回し、コップに注ぎ込む。
注ぎ込まれた紅茶は夕日を反射し綺麗な色合いをだし、ハーブの匂いがふんわりと部屋を包み込んだ。
「先輩、どうぞ」
千尋はわざとらしく凰華の前にティーカップを置いた。
「少し休んで下さい。じゃないと俺の立場がありません」
ぶっきらぼうに言う千尋をみて凰華は小さな笑みをうかべた。
「ふふ、なら千尋の見栄のためにも休憩するとしようか」
凰華はカップを口に運び、静かに紅茶を喉に通す。
「・・・これはラベンダーかい?珍しいね」
「休憩にはちょうどいいんですよ」
2人の間を静寂が支配する。
だが、その静寂はけして嫌なものではなかった。
だが、その静寂は千尋の声で打ち消された。
「・・・・・・先輩」
「なんだい?」
「先輩は剣道の試合の時、俺が要求を飲む代わりに俺の要求も聞いてくれるって言いましたよね?」
「うん、言った」
「じゃあ・・・」
「だが、あくまでも君が私の要求を飲んでくれた時だけの話だ」
凰華は静かにカップを置き、口元を歪ませながら鋭い視線を千尋に投げかける。
「・・・わかりました。で、その要求とは?」
凰華は嬉しそうに笑った。
「本当はこんな強要するような事はせずとも千尋はきっと了承してくれると思ったけどね」
「そんな言い訳じみた話はいいですから、早く本題に入って下さい」
「そう急かさないでくれないか?こちらとしても申し訳がないと思ってるんだよ」
「なら余計に早くはなしてください」
「何、そう難しい話じゃない。千尋・・・君に生徒会副会長をしてもらいたい」
そう言って凰華は一枚のプリントを千尋の前にだした。
千尋は怪訝そうにプリントを見つめるが、すぐに紙面にペンを走らせる。
「これでいいんですか?」
千尋の名前がサインされたプリンは凰華につき返される。
「ああ、ありがとう千尋」
にこやかに笑う凰華を千尋は睨みつけた。
「では、次は俺の要求を聞いてもらいます」
「いいよ。私のできる範囲でなら何でも言ってくれ」
そう言いながら凰華はカップを口に運んだ。
千尋は一瞬、ためらいの表情を見せるが意を決めたように口を開く。
「……聞かせてください」
「何を?」
凰華は平然と紅茶を飲んでいる。
その隣で千尋は手を震わせていた。
その震えが凰華に対しての怒りからなのか、それとも事実を知ることに対しての恐怖からなのか……千尋にはわからなかった。
千尋はゆっくりと、そして力強くその手を握りしめて言った。
「あなたが……俺の前から姿を消した理由を!!」




