夕日で模られたガラスの瞳Ⅶ
千尋は気づくと畳に大の字になって倒れていた。
頭に響く痛みがじんわりと感じられる。
身体中を駆けめぐる無気力感。
自分の手にある竹刀の感覚。
-俺は負けたのか
朦朧とする意識の中で、胸に苦しさがこみ上げる。
「大丈夫かい?」
声のする方へ顔を傾けると凰華が見下ろす形で千尋の傍らに立っていた。
「・・・だいじょうぶですよ」
ぼやけて歪む視線を頼りに千尋はゆっくりと立ち上がる。
周りから湧き上がる歓声。
次々と向けられる賛美の拍手。
千尋にはその全てがふわふわと現実味のない遠いものに感じられた。
「大丈夫にぃに!!」
「あぁ、えぇっと・・・うん、大丈夫だよ」
葵の声で現実に戻され、慌てて笑顔をつくる。
そこに剣道部主将との話を終えて凰華が戻ってくる。
「剣道部の人にもサインももらえたし、もうそろそろ戻ろうか」
「…はい、わかりました」
千尋たちは軽い会釈をして格技場を後にした。
外はオレンジ色に染まり、グラウンドに見える人影も疎らになっていた。
千尋たちが生徒会室に戻るとそこには人影はなく、机の上に重なる紙束が山を作っているだけだった。
その山のてっぺんには他のものとはサイズがふたまわり近く小さいメモ帳が。
『先に帰るby小町』
「「「………………」」」
三人の目が点になっていた。
しばらくすると凰華が苦笑をうかべる。
「まったく薄情な連中だ。…でも、仕事はきちんとこなしてくれたらしいね」
そう言いながら紙の山から数枚の紙を引っ張り出し、千尋たちにみせるように振った。
「さて、もうこんな時間だ。君たちも帰ってくれて構わないよ」
そう言いながら凰華は紙の山の隣に腰を下ろした。
「結月先輩はどうするんですか?」
「ん?私は残った仕事を済ましてから帰るよ。今日は本当に感謝してるよ。葵ちゃんもこんな遅くまですまなかった」
では、といいながら凰華はペンを走らせる。
千尋はあきれたようにため息をつく。
「まったく、仕方ない人だ」
そう言いながら千尋は手に持ったかばんをもう一度下し、葵に向き直る。
「葵、先に帰っててくれ」
「え?にぃには」
「俺も仕事を手伝っていくよ」
「…………」
葵はついさっきまでの千尋と帰れることに対しての高ぶる気持ちが一瞬にして冷めていくのがわかっ
た。
「今日の埋め合わせは今度するから、ね?」
「………………んち」
「へ?」
「ゆうえんち!!」
「えぇっと………」
「だから、今度、遊園地に、連れてって!!」
「わ、わかった」
それを聞くと不機嫌そうな顔で葵は生徒会室を出ていく。
廊下をすたすたと歩く葵に千尋が手を振るが反応を示さない。
玄関にたどり着くと一回ふりかえり、葵は舌を出した。
千尋は苦笑を浮かべながらも葵が玄関から出て行くまで手を振り続けた。
葵が玄関から外に出るのを確認すると千尋は駆け出した。
「よっ!!」
「っ!!」
近くの柱の後ろに声をかけると2つの影が動いた。
渚と敏樹。
その二名だった。
敏樹は平然と手を振っているが、渚は体をびくりとふるわせていた。
千尋にはそれがしかられる前の子猫のようで思わず失笑してしまった。
「な、何笑ってるんだ」
「いや、何でもないよ。それより2人にお願いがあるんだけど」
「ん?なんだい相棒」
「葵を家まで送ってくれない?」
「なんだ。そんなことならお安い御用だ」
敏樹は胸を叩いて了承してくれたが、渚は不服そうに千尋を睨んでいた。
「・・・随分、妹思いだな」
「まぁね。自慢の妹たちだから」
渚の嫌みも気にせずそんな事を平然と言ってしまう千尋に、渚はわざとらしいため息をついた。
「わかったよ。やってやる」
「ありがとう。助かるよ」
千尋は笑顔をうかべ渚に感謝の意志を示す。
そして、敏樹の方をみて
「前園には悪いが葵の後はきちんと渚も頼むぞ」
「わぁーてるよ」
にやにやと笑う敏樹を千尋は心配そうに見るがすぐに渚の方に向き直る。
「渚も女の子なんだから気をつけてな。やばくなったらこいつを盾に逃げてくれればいいから」
「流石に扱い酷くないか!!」
「あ、ああ・・・わかった」
「……無視はひどくない…ぐすん」
渚は頬を赤く染めながら、とにかく頷いた。
「じゃあな、またな。くれぐれも頼むよ」
そう言って千尋は渚たちと別れ生徒会室に戻った。




