夕日で模られたガラスの瞳Ⅳ
「ねぇ、にぃに!投球練習しなくていいの?」
ベンチの方から葵が大声で叫んでいる。
千尋はそちらを見て「大丈夫だよ」とかえした。
「ちぃ兄。準備はいい?」
「ちょっとまて」
麻貴の質問に千尋以外の声が答える。
そちらを向くと球余がプロテクターをつけ、バッターボックスの後ろに立っていた。
「な、なな、部長!?」
「何を驚いている?」
「いや、だって…」
「私にできない守備位地なんてないぞ。それにお前の兄からの御達しだ。答えなければ申し訳が立たんだろ。それにお前の兄だ。どんな球を投げるか興味もあるからな」
「そ、そうですか」
「麻貴、準備はいいのか?」
いたずらっぽい笑みをうかべて千尋がグローブを叩く。
麻貴は風船のように顔を膨らませ千尋を睨む。
『プレイボール』
審判の声で試合は始まった。
「いきます」
千尋は大きく息を吸い込み、力強く腕を振る。
パァーン!!
千尋の投げたボールは盛大な音を立ててキャッチャーミットの中に収まった。
『おぉ!!』
周りから驚きの声が上がる。
「ボール」
審判の声に麻貴は胸を下ろす。
「ち、ちぃ兄?女の子に向けてこのボールは男らしくないんじゃないかな?」
「俺の自由と尊厳がかかってるからな。それに俺の自慢の妹が相手なんだ。手加減なんてしたら失礼だろ?」
子供がいたずらをしている時のような幼い笑みをつくり、ボールを受け取る。
麻貴はその言葉にうれしそうな笑みを浮かべる。
「さぁ、来い!!」
麻貴は自分に気合を入れるように大声でボールを呼ぶ。
千尋はそれにこたえるように真剣な表情でふりかぶる。
そ力強く投げられたボールはまっすぐキャッチャーミットに吸い込まれるように走った。
「さすがに直球を二本は外さないよ」
麻貴は力いっぱいバットを振りぬく。
ボールにバットが当たろうとした瞬間、ボールが軌道を変えた。
「なぁ!!」
カァーン
鈍い音を立ててボールはファールゾーンにはじかれる。
「これぐらい当たり前だろ?」
「さすが…私たちのお兄ちゃんだ。まさかカーブを投げられるなんてね」
二人とも楽しそうに笑った。
「次、行くぞ」
「…………」
千尋が投げたボールは先ほどとは違い早いといえるほどの球速ではなかった。
麻貴が力をためタイミングを合わせて思いっきり振り抜く。
だが、バットにボールが当たることはなかった。
ボールはバットを避けるように落ちて、地面に転がった。
「おいおい、あいつは本当に初心者か?」
球余がボールを握りながら、信じられないといった表情をつくっていた。
「そのはずなんですけどねぇ…」
麻貴も苦笑する。
「さて、次で最後か?」
「まだ、負けないよ?甘く見ないでね」
麻貴は大きく息を吐き、頬を叩く。
千尋は小さく笑い、振りかぶる。
パァーン!!
「スリーアウッ!!」
ボールはバットに触れることなく、キャッチャーミットに収まった。
そして、勝負は終了した。




