夕日で模られたガラスの瞳Ⅲ
「なんで俺なんですか!!意味がわかりません!!」
千尋の講義の声がグラウンドに木霊する。
「別に良いじゃないか」
「よくないですよ!!なんで急に…しかもこの勝負はあなたが勝手にソフト部にしかけたんです。巻き込まないでください!!」
「それは違うよ千尋。これは生徒会の威厳を懸けた戦いなんだ」
凰華はガッツポーズをつくって語った。
それを千尋は冷ややかな目で見ていた。
「……そんなの知りませんよ。縁下先輩からも何か言ってやってください」
「その勝負…受けて立つ」
「なぁっ!!」
千尋が口をあんぐりと広げ、うなだれた。
「ふふ、いいじゃないか。皆、君に期待をしているようだし」
「そんなわけないじゃ…」
そう言いながら周りを見渡すと期待の目が千尋に集まっていた。よく見るとすでに敏樹が後方でトトカルチョをはじめていた。
千尋は小さくため息をついた。
「いいですよ、もう。でもジャージに着替えてくるんで待ってて下さい」
そう言って鞄からジャージをとりだし、部室棟の裏に回った。
その間に麻貴も部室に行き、練習着に着替える。
二人が着替え終わって戻ってくるのはほぼ同時だった。
「なんでにぃにが先に行ったなのに帰ってくるのはにぃにの方が遅いのさ」
「ちょっと野暮用で電話しててね」
「ふ~ん」
葵の疑うような目で千尋を睨みつけるが、千尋はただにこりと笑うだけだった。
「では、次は攻守交代とはどうかな?」
「ふむ、それでいいだろう」
「では、お互いに健闘を」
「ああ」
なぜか当事者の千尋と麻貴をおいて友情的な握手を交わす凰華と球余。
「何故、俺がこんなことを…。あ、それ貸してくれない?」
ぶつぶつと文句を言いながらも、部員からグローブを借りてキャッチボールを始める千尋。
それをみて、麻貴はくすりと笑う。
「良いじゃん。なんか楽しくなってきたよ?」
転がっていたバットを持ち上げ、軽く二、三回素振りをする。
「ねぇ、にぃに?」
「ん?何」
「ただ勝負するってのもつまらなくない?」
「へ?」
千尋の動きが止まった。
そのセリフに周りも動きを止めた。
にやりといたずらを思いついた子供のように笑う麻貴。
「賭けをしようと言っているのだよワトソン君」
「それは……」
唾を呑む音がどこからともなく聞こえた。
「ちぃ兄が負けた場合、ちぃ兄にはソフト部の専属マネージャーになってもらいます」
「はぁ!?」
『おぉ!?』
千尋とは反対にソフト部は麻貴のセリフに感嘆の声をあげる。
そこで巻き起こるソフト部による千尋コール。
その光景に千尋は一種の恐怖を感じた。
凰華が足をすくませる千尋の一歩前に出る。
「いいだろう。しかし、こちらが勝った場合はもちろん、こちらの出す条件をのんでくれるんだろうね?」
先程までのざわめきが嘘であったように静まった。
「い、いいですよ。何でも聞いてあげますよ」
麻貴は挑発的に笑った。
だが、その笑みはひきつっていた。
「そのセリフを忘れないでくれよ?」
凰華はそれだけ言い残し、振り返りベンチの方へ歩き出す。
その途中で千尋とすれ違う。
凰華は千尋の前で止まり、耳元でつぶやく。
「期待してるよ、千尋」
「・・・・・・しりませんよ」
千尋は小さく息を吐いた。
「でも・・・・・・勝負に負けるのは嫌いなんで」
「素直じゃないな」
「言ってて下さい」
小さく息を吸い込み、目を閉じる。
「ふぅ~。じゃあ、行きますか」
その表情は真剣そのものだった。
「縁下先輩!!」
「なんだ、間宮!!」
「ちょっといいですか?」
そう言いながら千尋は球余の方へ走り寄る。
「キャッチャーしてもらえませんか?」
「ん?なんだそんなことか?まぁ、もとからそのつもりだったからな」
「ならよかった」
千尋はにこりと笑った。
球余はその笑みにキュンとしてしまった。
「し、しかし、なんでそんな事を」
「いや、ちょっと久々に本気出そうと思って」
そう言ってもう一度にこりと笑った。
しかし、先程のものとは違い、その笑顔からはものすごい覇気を感じさせた。




