色彩ぼやけた視線の先Ⅵ
鳴り響く四時限目の終了のチャイム。
それと同時に生徒たちは動き出す。
鬼ヶ島渚もチャイムと同時に立ちあがり、歩きだした。
千尋の席の前で渚は停止した。
仁王様もびっくりするほど凛々しい仁王立ちで千尋を見下ろした。
「・・・・・・・・・・・・・・」
「ど、どうした?鬼ヶ島」
千尋は蛇に睨まれた蛙の如くびくびくとしながら、手探りで地雷を踏まないように話す。
周りも息をのむほど渚からは負のオーラが立っているように見えた。
「約束は?」
「へ?・・・ああ、いま家庭科室の冷蔵庫の中に入ってるよ」
「そ、そうか!!」
その言葉を聞くと渚は嬉しそうに笑った。
「とりあえず取りに行くから先に屋上で待っててくれ」
「ん?なら僕も行こう」
渚は嬉しそうに笑いながら、手を挙げて発言している。どれだけ上機嫌なんだろう。
「おい、前園」
「なんだい、鬼ちゃん」
「先に行ってろ。どうせ、こいつのことだ。妹さんやらも誘ってるんだろ?場所とりぐらい取っとけよ」
鼻歌を響かせながら渚は家庭科室に向かった。
「おいおい、間宮。鬼ヶ島、なんか雰囲気が違くないか」
「鼻歌歌ってたぞ」
「あの鬼ヶ島が・・・まさか間宮!!」
クラスメートがつぎつぎと千尋に迫りくる(主に男子が・・・)。
「な、なんもしてねよ!!」
「ねぇ、どっちが攻め!!」
「強気のあの子を・・・キャー!!」
「そこの女子!?なんの話してるんだ」
クラスメートに揉まれ、なんとか脱出した千尋は前を歩いていた渚を追いかける。
「ちょっと待てよ、鬼ヶ島」
「むっ」
呼び止められた渚は不機嫌そうな顔で振り向いた。
「おい、千尋。僕は名前で呼んでるのになんでお前は僕を名字で呼ぶんだ」
「そ、それは・・・」
「・・・・・・・・・・・・・・」
「わ、わかったよ・・・・・・な、なぎさ」
「うん、それでいい」
「は、早く行こうぜ」
千尋は顔を真っ赤に逃げ出すように早歩きで進み始めた。渚は照れたような笑みを浮かべながら千尋のあとを無言で追った。
千尋たちが屋上に着くと義妹たちと敏樹がレジャーシートを広げ待っていた。
「おまたせ。これが今日のお昼です」
千尋が重箱を広げ、次々と色とりどりのおかずが顔を出す。
「おお、さすがだな千尋。今度の家庭科の調理実習、一緒にやろうな」
「・・・なんかやだな」
「にぃに。はやく食べようよ」
「ああ、そうだな」
『いただきます』
そのかけ声で一斉にそれぞれが好みのおかずを自分の紙皿にとる。
「千尋、僕はどれを食べていい」
「ああ、渚の好きなものがわかんなかったから、ハンバークと厚焼き卵なんてどう」
「うん、じゃあそれとって」
「了解」
そんな渚と千尋のやり取りを敏樹がニヤニヤと眺めていた。
「おいおい、千尋。いつから鬼ヶ島ちゃんと名前で呼ぶようになったんだぁ?」
「べ、べつにいいじゃないか」
「鬼ちゃんもこの前まで千尋のこと間宮って読んでたよね?」
「まぁな。ただ・・・」
渚がちらりと千尋の方を一瞥する。
そして、ふっと小さく笑った。
「ただ、僕と千尋で二人の秘密ができたってだけだ」
「「「「「「ブッ!!!!!」」」」」」
渚のその発言に間宮家一同、噴き出した。
「な、なな、なに言ってるんだ渚」
「間違えじゃないだろ」
「お、おお、おおお、お兄ちゃんどういうこと!?」
「にぃに・・・ま、まさか鬼ヶ島さんとそういう関係に!?」
「うう、お兄ちゃんの不潔!!」
「おにぃ・・・香菜は信じてるぞ。いつか、罪を償ってくれると」
「お兄さま・・・ぐすん」
「ちょ、ちょっと落ちつけ!!」
千尋は義妹たちをなんとか座らせ、渚と過去話をしたということだけを言った。内容はもちろん伏せて。
「なんだ。そんなことかぁ」
胸を下ろし安堵の表情を浮かべる義妹たちを確認してから千尋はクーラーボックスから銀色のケースを取り出した。
「ほら。これが最後の今日のお昼の最後を飾るデザートです」
そういってケースの蓋を開けるとそこには色とりどりのミニサイズのケーキが並んでいた。
どれもお店で出されているものと区別ができないぐらい綺麗な外見をしていた。
「一人、一個ずつあるから」
そう言って千尋は一つずつ紙皿に載せ、次々とまわす。
「おお、美味しそう」
「では、さっそく・・・」
ぱくっ
千尋以外の全員が雷に打たれたかのような顔を浮かべ、その場に固まった。
「ど、どうだ?甘いものはそんなに作ったことはなかったんだけど」
「う、う・・・」
「う?」
『うまぁぁぁぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁぁああああぁぁぁぁぁぁぁい!!!』
千尋の質問に回答する代わりに全員が絶叫をあげた。
「こ、これは世界の宝や」
「パトラッシュ・・・僕、涙で前が見えないよ」
「あ、あばばばばばばぁ」
絶叫のあとなぜか、色々なキャラが出現していた。
「部活連中がお前に群がるのも納得だな」
「はい。・・・お兄ちゃんの美味しい差し入れがもらえる時の部活は別段に活気が出ますもん」
敏樹の言葉に麻貴も同意をしました。
「なぁ、千尋。冗談抜きで今度の調理実習、僕と組まないか」
「渚まで何を言い出すんだ」
「・・・・・・・」
「どうした、絢?」
なぜか絢が頬を膨らませて千尋を睨んでいた。
「わ、私も一緒にやりたい。そ、その・・・」
すこし躊躇ったように下を向くが、すぐに顔をあげ、意を決めたかのように千尋に向き直る。
「私も一緒に調理実習したい。ちぃくんと!!」
その言葉を聞いた瞬間、千尋の中で何かが止まった。
千尋の中で・・・・・・・・・・何かが音を立てて崩れていった




