色彩ぼやけた視線の先Ⅴ
職員室で家庭科教師の女性教諭に冷蔵庫の使用許可をもらい、食材を全て冷蔵庫へと入れた千尋は、ようやく教室にたどり着くことができた。
「千尋、遅かったじゃねぇか」
こちらの苦労をいざ知らず、敏樹がのんきにお茶をすすりながらエロ本を読んでいた。しかも、千尋の席で。
「逃げたやつが何を言うか」
「あれはお前が悪いんだ!!それより絢ちゃんがまれで子犬のように尻尾を振りながらお前を待っているんだが、あれはどうした」
「へ?」
千尋は敏樹の指さされた方を見ると、絢がきれいな姿勢で自分の席に座っていた。
敏樹が言ったとおり、尻尾を振る子犬のような雰囲気を醸し出しながら。
「ああ、あれか?今朝、捕まった時に髪を梳かしてやったんだけど、時間がなかったから絢は教室でしてやるって言ったんだよ」
「で・・ああ、なったと」
「ああ」
千尋は絢の方へ向かい、絢の肩をたたいた。
「お待たせ」
「お、おお、お兄ちゃん。べ、べつにまってないよ!!」
絢は驚いたのか、途中途中声を裏返らせた。
「さっそくしようか」
「うん」
千尋はそれを聞くとすぐに櫛を取り出し、髪をなでるように梳かす。
絢の髪の毛は麻貴ほどではないが少し乱れていた。
いつもは少しカールを撒いてしまう長い癖っ毛を詠子だったり自分で直して登校してくるのだが、今日は急いでそれを忘れていたらしい。
「痛くないですか?」
「は、はい」
なぜか髪を梳かすだけの作業なのに、千尋と絢のやり取りは周りには淡い桃色の風が吹くような錯覚を覚えさせる。
『ちっ』
『くそ、俺も間宮さんの髪・・・触りてぇ』
『あやちーのさらさら髪の秘訣はここにあったか』
『いいな、私も間宮君に髪、梳かしてほしいな』
『間宮の野郎。ずるい、ずるいぞ』
『あいつんちのポストに毎日、おはぎ入れてやる』
『あえてご当地グルメを宅急便で送ってやる!!』
教室の中から千尋に向けられる様々な声。うらやむ声から罵詈雑言と本当にさまざま(最後のはただのの贈り物だが)だった。
「はい、終わり」
「ありがとう、お兄ちゃん」
「どういたしまして」
にこやかに頬笑み自分の席に向かう千尋。
すぐ自分の席に着につくと倒れこむかのようにうつ伏せになった。少しでも、体調を戻せたらいいと思っていた。
が、千尋の思いは天には届かなかったらしく、担任がすぐに入ってきてHRを始めた。
「おい、間宮。鬼ヶ島はどうした」
そこで初めて気付いたが隣の鬼ヶ島がまだ来ていなかった。
「いや、知らないっす」
「そうか、休みか」
「す、すいません。遅れました」
教師が名簿に欠席の文字を書こうとした時、教室のドアが大きな音を立てながら開かれた。
「遅いぞ、鬼ヶ島」
「すいません。この間まで来てなかったからどうも生活バランスが」
「まったく、今日は遅刻にしないから明日からは気をつけろ」
「はい」
渚は肩で息をしていた。走ってきたのだろう。いつもなら平然と遅刻をする渚なので、千尋はなんだか不思議に感じた。
「めっずらしいじゃん。鬼ちゃんが遅刻しないために走ってくるなんて」
「うるさい。しばくぞ、なれなれしい」
肩で息をしながらもにらみをきかす渚。
そのまま、不機嫌そうな顔でドカッと席にすわる。
授業中も渚は不機嫌オーラを漂わせた。その隣で授業を受ける千尋は、地雷未処理の戦場に一人置いて行かれた気分で午前中の授業を過ごした。
そして、昼休み・・・つまり、昼食の時間に入ったのだ。




