水も恋も流れは廻るのだ!ⅩⅣ
「面白くなるような要素なんてどこにもないと思うんだが。お店の内情なんて僕らが何も出来ないだろう。言葉は悪いが赤字まみれ潰れようと関係ない話だ」
敏樹に渚は疑問をぶつける。敏樹はにやにやしながら手のひらでどこから取り出したのか、2つのサイコロを転がす。
「そう。それが正しい。普通ならそういった考えにたどり着くのが正解でしょう。でもな~・・・大将が関わるだけあら不思議。そこは一か八かの賭場に豹変するわけ」
「・・・どういうことだ」
渚には敏樹の言うことが一片も理解出来なかった。そんな、渚を敏樹は意地の悪そうな笑みで一瞥する。いらつきで手が出るのをなんとか我慢しながら、渚は敏樹が言葉の続きを話すのを待った。
「俺が平均的な考えの持ち主だとは言わないけどさ。俺なんかよりよっぽど大将のほうがネジが緩んでるのさ」
そんな罵倒としか受け取れない言葉を送られていた千尋は-
「大変だったんだよ~ひっくひっく。ここだって伝手という伝手をあたってなんとか店を出せることになって!なのにこんなことになるなんて、ひっく」
-名前も知らないコック姿の男の本気の泣き言を聞かされていた。
「あの・・・涙、拭いてください」
苦笑を浮かべながら、千尋は自前のハンカチを渡す。
「ありがとう~。えっぐえっぐ、ち~ん!ありがとう」
鼻水や涙でぐっしょぐしょになったハンカチを、千尋はばれないようにゴミ箱に放り投げる。しかし、男は気にするような素振りは見せない。気にしないというよりは気づいていない様子だ。
「本当にありがとうね~え~っと・・・失礼。こんな話聞いといてもらいながら名前も聞いてなかった。僕の名前は沢崎幸太。君の名前は」
幸太はそう言って手を差し伸べる。
「俺は間宮千尋と申します」
千尋はそう応えて、差し出された手を握り返す。そうすると幸太は嬉しそうにその手をぶんぶんと振る。
「いやー開店日以来のお客さんだよ。本当ありがとう!あ、そういえば、なにか食べに来たんだよね!席で待っててすぐに注文取りに行くから!」
「あ、はい」
飛び跳ねるような勢いで幸太は立ち上がり、厨房奥の控室に走っていく。呆気にとられながらも千尋は幸太の言葉に従い、香菜と茉奈を連れてテーブルに戻る。
「お、おかえり~」
「お、おう」
「どうしたんだ大将。狐にでも摘まれてような顔をして」
「なんと言えばいいか」
千尋は眉間にシワをよせながら、席に座る。その両隣を陣取るように香菜と茉奈も席に着く。いつのまにか用意されていたコップに注がれた水を一気に喉に通し、千尋は敏樹と渚の顔を交互に見る。
「俺もよくわからんかった。というか、なんとなくだが前園・・・お前のほうが知ってるんじゃないか」
敏樹はわざと大袈裟に驚いたような仕草を見せて、千尋を指差す。
「ぴんぽーん。よくわかったね」
そう言って渚に見せたページを千尋にも見せる。千尋もそこに書かれた罵詈雑言に千尋も引きつった笑みを浮かべた、
「うわぁ~」
「おまたせいたしました」
タイミングがいいのか悪いのか、幸太がメニューを持って厨房から出てきた。千尋は敏樹のスマートフォンの画面を隠すように手を被せ、幸太に笑顔を向ける。笑顔といっても苦笑なわけだが、幸太はそれを気にするような素振りを見せず、満面の笑みを返してくれる。
「こちらメニューなります!」
「お腹空いたな!」
香菜は幸太から奪う形でメニューを受け取り、千尋、茉奈が見えるように広げる。それを嬉しそうに眺めながら、幸太は渚と敏樹にもメニューを渡す。
「ご注文がお決まりになりましたら、お呼びください」
そう言って、一礼すると幸太はそそくさと厨房に戻っていく。
「あはは。・・・で、話を戻そうか」
千尋は硬い笑いを浮かべながら、幸太が厨房に戻るのを確認すると、声のボリュームを抑えながら、敏樹に話を進めるように視線を送る。しかし、敏樹は首を振る。
「あれ以上のことはわっかんない。なんでこんな事になっているのか、それは大将が聞いてきてくれると思ってたんだけど」
(さっき正解とか言ってたくせに。嘘くせえ)
千尋は敏樹に疑心を向ける。それが正解だというかのように残念そうな声音に対して、表情は意地悪い笑顔のままだ。何かを知ってはいるが、それを教えるつもりはない。自分で考えろということだろう。千尋は心の中で舌打ちをする。
「んで、大将。どうすんのさ」
ニコニコと笑う敏樹に千尋はため息で返す。
「にいちゃん!わたし、ハンバーグで!」
「お兄様、ワタクシはハンバーグで」
熱心にメニューを見つめていた香菜と茉奈だったが、同時にそう千尋に伝える。そんな二人の声に敏樹に対しての怒りも静まり、千尋は笑顔を浮かべる。香菜と茉奈の頭をなでながら、千尋は渚と敏樹に向けて苦笑を送る。
「とりあえず、飯を食ってから考えようか」
その考えに敏樹と渚は首を縦に振って肯定するのだった。




