色彩ぼやけた視線の先Ⅱ
さわやかな朝。
登校通勤ラッシュの時間よりすこし早い歩道でこの男はスキップをしていた。
その名も前園敏樹。
敏樹は気持ちよさそうにスキップをしながら鼻歌でなぜかパンクロックを奏でていた。
どうやってるのか疑問に思うところだが、とにかくその場の雰囲気に不釣り合いだ。
周りの学生や近所の奥様方もドン引きだ。
しかし、敏樹は周りの視線を気にするほどナイーブな部分など存在せず、ただただ気持ちよさそうにパックロックをはた迷惑に響かせていた。
「おぉ、あれはあれは。大親友の千尋じゃあ・な・い・か」
目を光らせ、目標を捕らえる獅子の如く敏樹は駆けだした。
「ちぃひろきゅぅぅぅ・・・・・ぅん?・・・・・おぉ?」
千尋に飛びつこうと駆け寄ったが千尋が後ろになにかを台車で引いているのに気付いた。
「めずらしいな前園。こんな早くに会うなんてな」
千尋はいつもどおりに話しているが、敏樹は口をぽかんとあけるばかりだった。
千尋の手につながれた綱の先には小さな台車があり、その上に重箱が乗せられていた。しかも五つも。その他にも食材が入っているのだろうと思われるものが数個乗せてあった。
「おいおい、これなんだよ。どんな事態だよ」
「ああ、これか?久々に弁当作ってみたんだけど・・・作りすぎちまって」
「これ、お前が作ったのか!?」
「あ?ああ、そうだけど。あ、お前の分もあるから昼空けとけよ」
「まじっすか!!じゅる」
「よだれ」
「は!!」
よだれを拭きとり、なんとか真剣そうな顔つきをする敏樹。
「それにしたって、これはさすがに多すぎないか?」
「だめだな。久々だからなんか感覚が変で」
「そう言う問題か。お前らしくない間違えだな。しかも、少しばかりか顔も赤い気がするぞ。本当に大丈夫か?」
「大丈夫だよ。久々に早起きしたから調子お悪いだけだ。すぐ治るよ」
「ならいいが・・・それより今日は妹さんたちは一緒じゃねえのか」
「あいつらは今頃、家で討論会してたと思うぞ」
「へ?」
「気にするな。それより早く行こうぜ」
「お、おい。なんだよ、それ。俺にも教えろよ」
その頃、間宮家では・・・
「私が一番早かったもん」
「いや、麻貴姉より私の方が数秒早かった」
「でも、私が一番きれいよ。それにたまには長女にゆずりなさい」
「絢姉はいつも同じクラスだからいいじゃん。こんな時ぐらい私たちにゆずるべきだよ」
「そうです。私と香菜なんて校舎自体が違うんですから。私がその権利をもらうべきです」
「「「「「ぐぬぬ~~~~~」」」」」
なぜ、間宮家の御息女たちがこんないい争いを繰り広げているかというと、千尋が家を出る前に発した一言がこの惨劇の火種であった。
「お兄ちゃん。もう言っちゃうの?」
「ああ、荷物が多いからね。そうだ・・・」
ポケットから小さな紙とペンを取り出し何かを書きながら、妹たちに向かって
「今日、特別なデザートも作ってあるんだ。今日一番早く準備できたやつにそのデザートをたべさせてあげよう」
「「「「「!!!!!」」」」」
妹の脳内では今の言葉が千尋の手によってデザートをたべさせてあげるという修飾されながら変換された。食べさせてもらえるということはつまり隣に座る権利も同時に手に入れられる。そして、それを手に入れればお昼は千尋を好き放題にできるという考えらしい。
全員が全員同じ考えに達したらしくお互いを牽制しながら義妹たちは一斉に行動に出たのであった。
そして、それがその結果の討論会である。
順位はほぼ同着。みんな、似たか寄ったかな出来上がりだった。
「もう、お兄ちゃんに決めてもらいましょ」
「うん、でもにぃにもう行っちゃったよ」
悩む娘たちを詠子はお茶を飲みながら見つめ、一息入れて言った。
「我が愛しの娘たちよ。ちぃくんが置いていった置手紙を読みなさい」
「「「「「え?」」」」」
『バカなことをして遅刻でもしたらお昼は全員抜きだからな。あと変な格好で学校に来たやつも許さないぞ。
―追伸、言うこと聞けない子は一週間外出禁止にして、俺はその間に遊びに行きます。』
「「「「「な!!」」」」」
悲鳴を上げて義妹たちはすぐに家を飛び出し、学校へ向かった。




