懸けた想いと消えた声ⅩⅥ
「まだまだ!」
佐熊の声が千尋たちの耳に不安を届ける使者となる。
恐怖。
その存在は生物が生きるために必要とされる才だ。
それに動物は抗うことができない。
なぜなら、それは死につながるからだ。
それは人も同じだ。
千尋は脳をフルに回転させ、恐怖に対抗するためのすべを計算する。
しかし、殴りに来た佐熊から逃げるための答えを千尋は出すことができなかった。
「くそっ!」
逃げることができないならどれだけダメージを減らすことができるか。
それがすべきことだ。
千尋は佐熊との拳から身を守るように腕を出す。
「しゃらくせぇ」
だが、佐熊はそれを無視するかのように腕を殴りつける。
勢いを殺せぬまま、千尋は後ろに飛ぶ。
だが、先ほどとは違い、体制を崩すことはなかった。
「うめぇな。殴られると同時に後ろに跳ぶなんてピエロ並みの芸当じゃねぇか」
佐熊はケラケラと笑った。
「しかし、あの怖い怖い鬼姫様もなんでこんなのに骨抜きにされたかね」
笑い続ける佐熊は語り始めた。
「俺らはここら辺の高校をすべて絞めてた。なのに、いきなり来た女一人に全員が倒された。そのせいで、色々と周りの雑魚が吠えはじめて最悪だったぜ。しかし、こうも簡単に仕返しのチャンスが来るとは思わなかったぜ。お前の名前ひとつでこうも簡単にぼろぼろになっちまった。鬼姫の名前も今やただのお飾りだなぁ!」
佐熊の笑い声に千尋は無言を貫いた。
その代わりに佐熊の笑いが語り続けた。
まるで貧困に苦しむ市民をネタにダンスをたしなむ貴族のワルツのようだった。
「がはははは。鬼姫も落ちぶれたもんだ。こんな男のために雑巾みてぇにぼろぼろにされちまうんだからな」
千尋はいまだに無言のままだった。
だが、体は無言のままでいることをよしとしなかった。
「ごふっ」
千尋の拳が佐熊の顔にうつる笑う仮面を砕いた。




