懸けた想いと消えた声Ⅴ
渚はたたずんでいた。
その手にはぐしゃぐしゃに握りしめられた手形。
顔には怒りとも悔しみともとれない表情をうかべ、歯で圧迫された唇が耐えきれずに血を流した。
「くそっ」
その声が口から漏れると同時に渚はかけ出した。
*****
なんの事件もなく、その日の授業はそつなく終了を迎えた。
千尋はひさびさに訪れた静かな放課後を掃除当番の仕事で費やしていた。
「今日は本当に珍しく妹さんたちをみないな」
一緒に掃除当番である敏樹が、たいして興味もなさそうな声で聞いた。
千尋も箒で集めたゴミを塵取りで回収しながら、さほど感情のこもっていない声で返した。
「いいんだよ。たまにはこんなのも」
「ふーん。ま、お前がそう言うならいいけどさ」
敏樹は掃除にあきたのか、箒でエアギターをはじめた。
「あ、間宮くん」
不意にかけられた声。
その声の主に視線を向けると、クラスメイトの女子が三人ほどこちらに手を振っていた。
「どうしたの?」
千尋がかけよると三人は順々に口を開いた。
「鬼ヶ島さん見なかった?」
「今日は前のテストの補習でね」
「鬼ちゃんも補習のメンバーなんだけど」
「「「どこにもいないの」」」
最後は息ぴったり。
「って、感心してる場合じゃなかったな」
「でも、鬼ヶ島ちゃんがサボるのはなんかイメージ通りだな」
「で、でも、鬼ちゃんは一緒に頑張ろうって言ったもん」
「まあ、渚が約束を破るとも思えないし…、探しに行くか」
千尋は掃除道具をしまい、帰り支度をして教室を出た。
この時、まさか事態があんな変化をするとは誰も思ってはなかったろう。




