出会い
あたしたちは、森の中を進んで行く。ヤハマの地を出発してから、そろそろ1日が経つ。もう日も暮れ始めて、空は完全に真っ赤に染まっていた。
ヤハマの地に住む天使たちと一緒に、あたしは礼拝会のため、ミーノの谷に向かっていた。さすがに全員でぞろぞろ行くわけにはいかないから、ヤハマの地の仲間といっても、10人程度の連れではあるのだが。
「そろそろ泊まる場所を探した方がいいわね。」
後ろにいるククの呟きに、あたしは疑問を感じた。
「え? いつものじっちゃんの宿屋じゃないの?」
礼拝会は年に一度のこととはいえ、毎年毎年なのである。必然的に、ミーノの谷までのコースやペース、宿泊先や休憩場所は同じになってくる。
「引越しちゃったらしいのよ」
「げっマジで? …ん?」
顔をしかめた後、なにやら嫌な予感を感じ、あたしは足を止めた。
「…どうしたの? セイラ。突然止まったりして」
こらアイス、あたしの羽をくいくい引っ張るな。
「ねぇ、なんか変な感じしない?」
「は?」
「別に何も」
あたしの問いに、みんながみんな首を横に振る。
「なに、セイラ。また『野性の勘』とでも言うの?」
「いえ、待って」
呆れたように言うアイスを遮って、ククが割り込んできた。
ククはあたしより、頭ふたつ分ほど背が高い。彼女は身をかがめ、あたしの顔を覗き込んできた。色素の薄いその瞳は、たまに見せる警戒の目。
「セイラ、今、『変な感じがする』って言ったわね。それは具体的に、どういうふうに感じるの?」
「どうって…」
あたしは思わず眉を顰めた。
あたしは他の天使たちと比べて、勘が鋭い。アイスはそれを『野生の勘』と称しているが…今回は、いつものそれとは違った。今まで感じたことがないものだ。魔物が襲ってくる時のような、いわゆる“殺気”でもないし、近くに誰かがいるって分かるときの“気配”でもないし…何て言うんだろう。
ひとつは、鳥肌が立つような悪寒。そして、力を奪われるような感覚。さらに殺気を掛け合わせたような感じ、とでも言うのかな…?
うまく言えないんだけど、ともかく、独特の雰囲気っていうか、気配なんだ。
「実のところ、わたしには感じないわ。…問題は、セイラだけが感じ取っていることよ。いいこと、セイラ」
ククはあたしに目の高さをあわせ、まっすぐ見つめてきた。
「あんたは、星天使なの。星天使には、他の天使たちが持たない力があることは、分かってるわね」
「う…、うん」
いつもにもなく真剣なククに気圧され、あたしは思わず頷く。
「もしかしたら、今、あんたが感じ取ったのは…」
言いかけて、ククがハッと顔を上げて素早く立ち上がった。右手を掲げると、ヒノキの杖が前置きもなく現れる。彼女がこれを出す時は、決まっている。
「気をつけて、魔物が来るわ!」
ククが叫ぶのと、近くの茂みが大きく揺れたのは同時だった。
「きゃ~~~~~~っ!!」
森に、悲鳴が響く。魔物が現れたのだ。
ククの魔法が光を生み、魔物を数匹、吹き飛ばす。あたしは魔物たちの攻撃をかわしながら1匹の頭上に飛び上がると、その顎を蹴り飛ばした。軽い蹴りだが、今ので脳震盪を起こし、しばらくは起き上がれないはずである。
着地すると、急に辺りが暗くなる。後ろに立たれたようだ。あたしは素早く振り返り―――「げっ」と思わず零してしまった。
現れた魔物は“アムジャーラ”。見た目は玉のようにころころしているが、口からは鋭い牙がぎろりと光っている。色は肌色のようで、大きさは2m近い。大きな図体のわりに手足は小さく、ぷわぷわ浮かんでいてぱっと見は間抜けだがその速さはあなどれない。例え天魔が本気で逃げたとしても、アムジャーラは余裕の表情でぴったりとくっついて追いかけることが出来る。
ここらの森にはたくさん住みついていて、あたしたちは毎年毎年襲われる。いつもならククか、ウィル、っていうあたしの友人が倒してくれるのだが、今回、彼はいない。ククも他の魔物で手一杯。他の連れの天魔たちの魔法に頼むしかないだろう。
あたしも格闘の腕には自信があるが、アムジャーラの体は全身が天然ゴムで出来ている。打撃攻撃は全く効かないのだ。
アムジャーラが身構える。ふと気づけば、後ろではアイスが魔法で別の魔物と応戦している。あたしはアイスを突き飛ばし、突っ込んできたアムジャーラを大きく跳びよける。なんせ、アムジャーラの体重は約100kg。あんなのにまともにぶつかってこられたら、あっというまにおせんべいになってしまう。
ひゅっ、と空気を切る音を耳が感知する。振り向く余裕もなく、あたしはまた別の方向に飛び避けた。そこをアムジャーラが、とんでもないスピードで突っ込んできた。空中で身動きを取れないところで、視界にあたしをロックオンしたようであるアムジャーラが、こちらに向かって身構えていた。
―――やばいっ!
思った瞬間、そのアムジャーラは魔法の光に飲まれた。何とか着地し、また突っ込んできたアムジャーラを交わしてから光の飛んできた方を見ると、どうやらアイスが援護してくれたようである。
それにしても、なんか変じゃないか?
いくらここがアムジャーラの生息地とはいえ、こんな大群で襲ってくるなんて、今までなかった。しかもアムジャーラだけでなく、他の種類の魔物まで一緒になって、だ。異種の魔物同士が群を成すことなんて、あるんだろうか?
それに何より、アムジャーラは、あたしばかりを狙ってきている。狙いはあたしだと言っているように感じてならない。
「セイラ!」
ククの声に、視線だけそちらへ送る。ククは魔物の大部分をひきつけて、応戦していた。かなり数を減らしてはいたが、危機的状況に変わりはない。
「あんたさっき、『変な感じがする』って言ったわね! その『変な感じ』がどこからするか、場所は分かる?」
「ど、どこからって…」
いきなりの無理難題。あたしはククの方へ大きく跳んで、彼女のすぐ後ろに着地した。
「分かんないよ。だいたい、そんなこと言ってる場合じゃなくない!? こいつらなんとかしないとっ…」
「こんな場合だからよ。状況が状況だから手短に言うけど、多分その『変な感じ』の原因がこの魔物たちの親分なの。そいつを何とかしないと、この魔物たち、いつまでも涌いてくるわよ!」
それはマジ勘弁!
あたしはククに背中を任せ、何とか気配のする方向を探ろうとする。といっても、そんなすぐに…。
…あ、みっけた。
近くに来ていたのか、案外あっさり方角をつかんだ。あたしはそちらをまっすぐ指すと、
「あっち!」
叫ぶと同時に、見慣れぬ赤い光が飛んできた。
いつの間にか、あたしは両腕で顔を覆って目を閉じていたらしい。
はっと気づいて顔を上げると、目の前では、4匹のアムジャーラがバッサリ斬られて倒れていた。そして―――ひとりの男の子。
赤く長い髪を無造作に後ろでくくり、背中に大きな剣の鞘を背負っている。中身の剣は、その少年の手に握られていた。そして、背中に生えた悪魔の羽。…あたしには、彼の後ろ姿しか見えないのだが。
「…だ…誰…?」
思わずもらすと、少年が振り向いた。
年はあたしと同じくらい。髪と同じ炎のような赤い目は、ぎろっとあたしを睨んだ…ように見えただけかもしれない。目つきが悪い。かなり怖い印象を与えられたのは確かである。
「話は後だ。ちっとそこいらにいな」
赤髪剣士は、重そうな大きな剣を片手で持って言った。かなりの怪力だ。
「へ~え。おまえら、星天使が見つからないなら近所の女で八つ当たりか? 相変わらず根性くさってやがるなぁ」
赤髪剣士は、アムジャーラの群れに向かって言った。アムジャーラに、彼の言っていることがわかるとは思えないが。
と、その時。
あの『変な感じ』が、急に押し寄せる。あまりの強さに、吐き気がする。あたしは口元を押さえ、思わずへたり込んだ。
「なぜ、貴様がここにいる」
はじめにあたしが、「あっちにいる」と指した、その方角から。
茂みを割って、これまたあたしと年の変わらぬ少年が現れた…の、だが。あたしはその姿を見て、言葉を失った。この赤髪剣士とまったくうりふたつだったからだ。
髪の色も、長さも同じ。顔もそっくり。背の高さや、体つき、声までも。唯一違うのは、服装だけ。同じ格好して並んで黙ったまま座っていたら、絶対に見分けられないぞ。
「ダルド。今はおまえに用はない。そこをどけ」
アムジャーラたちの後ろから出てきた方の赤髪が、あたしを助けてくれた方の赤髪に…ああややこしい。ともかく、助けてくれた方の赤髪剣士はダルドというらしい。
「やだね」
ダルドがきっぱりと言った。
「何の義理があってオレがおまえの命令聞かなきゃいけないんだ? ハッ、くだらねぇ」
「オレはおまえの後ろにいる女に用があるんでね」
おそらく敵の方の赤髪剣士は、嫌な笑みを浮かべた。
ククはあたしのすぐ後ろに立ち、黙って事の次第を見守っている。突然現れた、このふたりの悪魔の考えがうかがい知れないのだ。
ダルドは呆れたように息を吐いた。
「おまえ、そんなにヒマなのか? 星天使を探せってのが命令のはずだろ。こんな下っ端でも出来そうな嫌がらせ、してる場合か?」
と、ダルドが赤髪に…へっ?
「星天使を探せ」!?
こいつは一体…? あたしを探せなんて命令を、一体誰に?
「もう見つけたのさ。星天使をな。…そこの女がそうだ」
赤髪の指は、しっかりあたしを指差していたりする。 反射的に、ダルドの方もあたしを振り向いた。
うあぁ、バレてやんのっ!
ククが、杖を赤髪へ向けた。いつでも応戦できる体勢だ。
しかしダルドは空気が読めないのか、はたまたわざと読まないでいるのか、
「はあー? こいつなら違うだろ」
と、呆れ顔で赤髪の方に向き直った。
「星天使がアムジャーラ数匹ごときに手を焼くか、普通。魔法の砲弾数発でノックアウトだぜ。こいつが星天使なんて100%ありえないって…」
「100%ありえなくて悪かったなっ!」
あたしは問答無用で、ダルドの頭を蹴り飛ばした。
空気が凍る。
…はっ! しまった、つい…。
「セ・イ・ラあぁぁぁぁ!! あんたって子はっ! 何考えてるの!! 自分から暴露してどーすんのよおぉぉぉぉおお!?」
「ぎゃーっ、ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!」
謝るから首を絞めないでクク! お願い!!
「~~おまえはいきなり何すんだっ!」
ダルドが頭を押さえ、あたしを振り返った。あたしは何とかククの手から逃れ、彼をむくと、
「いや、だって…つい、ね。あっはっは」
「笑ってごまかすなっ!」
ちっ、ダメだったか。
「アムジャーラ。おまえたちは星天使を殺しておけ。どうやらこの星天使、他の魔物はともかく、アムジャーラを倒すことはできないようだからな」
赤髪が背中の剣に手をかけた。
うっ、バレてるし。
ククがあたしの前に立ちふさがる。そして、あたしにしか聞こえないような小声で告げた。
「セイラ、逃げなさい」
一瞬、意味が理解できなかった。たっぷり間をおいてから、あたしは返した。
「…は?」
「逃げなさい。あの赤髪剣士…どっちもだけど…ともかくあのふたりの悪魔が何者か知らないけど、たぶん片方は、“邪鬼軍”に違いないと思うわ」
「邪鬼軍?」
「邪鬼のことは前に話したでしょう。邪鬼は星天使を狙うの。自分に対抗できる唯一の存在だからね。星天使を殺せなんて言う輩、邪鬼に従う連中くらいよ」
「だけど…」
逃げろ、って?
そう言うってことは、ククはつまり、あたしひとりで逃げろって言ってるんだ。ククを置いて。ヤハマの地のみんなを置いて。戦うみんなを置いて、あたしひとりで逃げろって。
…納得できるかぃ、そんなもん。
反論してやろうと、口を開きかけたときだった。
「地割剣」
ダルドが地面に剣を突き立て、あたりの地面がど派手に割れた。
「わーひー!?」
あたしは、慌ててダルドのすぐ脇に移動した。ただの剣士と思っていたが、どうやら魔法も使えたようである。
地割れと地震が続き、地形が変わる。振動が収まる頃、辺りに立っているのはあたしとダルドのふたりだけだった。アムジャーラは全滅。ヤハマの地のみんなも、直撃は免れたようだが、攻撃をくらってみんな倒れていた。
「てめぇ、いきなり何しやがる!」
赤髪は木に飛び乗って、ダルドの攻撃をかわしたらしい。枝の上に立ち、あたしとダルドを見下ろしていた。
「ばーか。オレが正統派だとでも思ってたのか?」
ダルドが鼻で笑う。…うーん、こいつやっぱり悪魔だなぁ。
「ちょっと、ドルダ?」
突如、女の子の声がした。しかし、姿はどこにも見当たらない。まるで、空から聞こえてくるかのようである。
「邪鬼様がお呼びになられているのよ。一体いつになったら帰ってくる気?」
大人しく言ってはいるが、声の放つ雰囲気がすごい。声だけなのに、思わず鳥肌がたつ。
「…ちっ…今回はとりあえず退く。今度会った時は決着をつけるからな」
そう言い残すと、赤髪―――ドルダと呼ばれた悪魔は、さっと身を翻して姿を消した。
「何回言ってんだよ、あいつは…あのセリフ」
ダルドはぼそりと呟き、剣を背中の鞘に収めた。
ふん、と鼻を鳴らすダルドに向き直る。
「ええと…ダルド、だっけ。バカにされるわ、仲間みんなやられるわ、無差別攻撃されるわ、素直に礼なんて言いたくないんだけど、まあ助けられたのは一応事実なんで、ありがとうと一言だけ言っとくよ」
「…おまえもいい根性してるな」
ダルドは釣りあがった細目をさらに細めた。睨んでいるというより、呆れているようだ。
「まあ別に、おまえを助けたわけじゃないから、礼を言われる筋合いもねぇがな。ただ単に、あいつと敵同士なだけだ」
「『あいつ』って…あの、ドルダって呼ばれてた奴? それとも…」
「邪鬼さ」
いともあっさりというダルド。
「邪鬼ねぇ…」
呟いて、あたしはぽりぽりと頬をかいた。
邪鬼というのは、星天使:|留々<<ルル>>が封印した怪物だ。邪悪な気の塊で、“邪気”や“邪水”を操って襲ってくる。それらを浴びると、天使は魂を抜かれた抜け殻のように、悪魔は邪鬼の忠実な下部になってしまう。
…という話を昔、ククから聞いた気がする。あんまりよく覚えてないけど。
するとダルドはつかつかと歩み寄ってきて、まじまじとあたしの顔を観察し始めた。
「…なに?」
尋ねても、ダルドはしばらく、じーっとあたしの顔を見ているだけ。そして、ぼそりと一言呟いた。
「…ただのガキじゃねぇか」
あたしのストレートパンチが飛んだことは、わざわざ述べるまでもないだろう。
「それで、あんたはどこの誰で、どうして邪鬼と対立するなんて構図になってんの?」
あたしは腕を組み、ダルドを見下ろした。
「てめぇ、初対面の相手をボカスカ殴りやがって…」
悪いと思わないが、初対面であれだけ好き勝手やられておいて、優しくする気はあたしだってさらさらない。
「…オレは見ての通り、旅の魔剣士だよ。それよかおまえは、自分が狙われていたことにずっと気づかなかったのか? 邪鬼軍はもう何年も前から、躍起になっておまえのこと探してるぜ」
「うん全然」
笑顔で答えると、ダルドは呆れ顔であたしを見た。…なんでぇ?
「…あんまり信じらんねぇけど…おまえが星天使、ってことは本当なんだな?」
「だからそうだってば。大体、自分が星天使だ、なんてうそついたって何の得もないじゃんか」
まあ、誰かに命狙われるスリルが好きなんです、とかいう変態でもない限りは、ということではあるが。
するとダルドはやっと納得したらしい。まだ少々不満そうだが。
「にしては、貧弱な護衛だな。まあ、相手が悪かったってのもあるとは思うが…あんな程度の魔物の群相手に苦戦するようじゃ、護衛としては失格だぜ」
…むかっ。
「護衛じゃない、地元の友だちだよっ! だいたいっ! 何でみんなのこと攻撃に巻き込んだのさ!!」
「邪魔だったから」
こいつぶっ飛ばす!!
決心し、実行に移そうとした矢先、後ろからうめく声が聞こえる。振り向くと、アイスが目を覚ましかけていた。
そこで、我に返る。
…そうだ。ダルドのせいだけじゃない。あいつらは、明らかにあたしを狙ってきていた。どこでどうバレたのか知らないが、星天使のあたしを狙っていた。みんなを最初に巻き込んだのはダルドじゃない…あたしだ。
「おまえが星天使だっていうなら、これから邪鬼の野郎にバンバン狙われるんだろうな」
あたしの心を見透かしたように、ダルドが告げた。
「ドルダが知っていたってことは、遅かれ早かれ邪鬼にも伝わるってことだろ。もしかしたら、すでに知ってるかもしれないけどな」
つまり、これからもっと本格的に、敵はあたしを追ってくる。必ず戦いになる。その時…周りのみんなはどうなる? 今回みたいに、みんな戦う? 怪我をする? もしかしたら、死人が出てしまうかもしれない。
あたしはそんなの、耐えられない。
「ま、好きにすれば。オレはおまえが死のうが生きようが、関係ねぇし」
背を向けて、立ち去ろうとするダルドの黒い羽を、あたしは両手で引っつかんだ。ダルドが思いっきりのけぞったのが視界に映る。
「なんっ…」
「あんたは、いいわけ? あたしを放っておいて」
おそらく文句であろう、言いかけたダルドを遮ってあたしが言うと、ダルドは訝しげに眉を顰めた。
「あんたさっき、邪鬼軍と対立してるって言ったよね。勝ち目あるわけ? ククが…あたしの育ての親が言ってたよ。邪鬼に対抗できるのは、世界中で星天使ただひとりだ、って」
ダルドの眉間の皺がさらに深く刻まれた。だが、あたしだって引き下がるわけにはいかない。
ダルドが、ゆらめく紅色の瞳であたしを睨みつけてきた。
「…おまえ、邪鬼と戦う気があるのか?」
おそらく出会って初めて、ダルドが真剣な目であたしを見た。あたしは一瞬、たじろぐ。
あたしは確かに、地元の連中としょっちゅうケンカするし、魔物にちょっかい出して襲われて返り討ちにしたりするし、ククたち大人にも「暴れんぼうのじゃじゃ馬娘」と称されている。だけど、殺し合いの世界に入る気があるかと聞かれれば…答えは、ノーだ。
だいたい、あたしが住んでるヤハマの地なんて、この世界のすみっこにあるド田舎である。殺伐とした環境とは一番程遠い暮らしだ。しかし、命が関わるならそんなこと言ってはいられない。
だからあたしは、一言だけ、彼に答えた。
「あたしはまだ、死にたくないからね」
と。
ダルドはしばらく、じろじろとあたしの顔を見ていた。何かを見定めるように。
「…まあ、いいか」
しかし、ふいっと顔をそらすと、呟くように言った。
「どっちにしろ、おまえといた方がオレにとっても都合がよさそうだ。勝ち目の話はともかく、おまえのところには必ず邪鬼軍が現れるからな。探す手間が省ける」
ぎく、とあたしは図星をつかれたことを表に出さないよう全身に気を配った。こいつ、あたしがダルドを護衛がわりにしようとしてること、気づきやがった。
「よし、じゃあしばらく道連れね! ちなみにあたしの行き先はミーノの谷だからね!!」
「何でおまえの都合に合わせないといけねぇんだよ…」
はあ、とあからさまなため息をついてくる。いいじゃん、どうせ行くあてなんて特にないんでしょ。
「…セイラ…」
弱々しい声で名を呼ばれ、あたしは振り返る。這ったままのアイスと目が合った。
みんなの怪我はひどくない。少しすれば目を覚ますだろう。でもあたしは、それを待つつもりはなかった。
ダルドが先に歩き出す。あたしはアイスに微笑んだ。
「ごめんね、アイス。…みんなに、よろしく」
告げて、あたしはダルドの方へ駆け出した。後ろで、アイスがあたしを呼び止める声がする。でも、もう振り向く気はない。
ごめんね、アイス。ずっと一緒だったのに、裏切るようなことをして。
ごめんね、みんな。ずっと守ってくれていたのに、気づかなくて。巻き込んで。そして、見捨てて逃げるようなことをして。
ごめんね―――
…これがあたしとダルドの、最初の出会いだった。