さよなら、イボイボ
このお話は現在開催中の蛙祭出品作です。
『マチルダ様、イボイボはお暇乞いをするゲロ』
使い魔が鳴いた時、私はキッチンで玉ねぎをスライスしていた。
「――へ?」
それが、あんまりにも唐突だったから、もうちょっとで指まで切ってしまうところだった。
玉ねぎと人肉入りのミソスープなんて、いくら奥様は魔女見習いといってもキツイと思うわ。
それでなくても、私の旦那様は人間だから、マイ好物の《イモリの黒焼き》だって粉末で入れなきゃいけないワケですよ。
でもね、私の旦那様ったら本当に好き嫌いがなくて、何でも食べてくれるから……うふふふ。
『聞いてるゲロ? 三百一年の使い魔の年季が、五月の第二土曜日で明けるんでゲロ! 明日ゲロよ!』
私は自慢のロングヘアをかきあげると、
「はいはい、よかったじゃーん」
と言ってあげた。
この投げやりな態度がお気に召さなかったらしく、足許にいた茶色のイボ蛙はまな板の上にぴょこんと飛び乗ってきた。
そのうえ、ヤツは玉ねぎスライスを足蹴にすると、私のキュートな顔に向かって口からくっさい汁を吐き出した。泥棒痴漢撃退用のヤツだから、ものすごく強烈で眩暈がした。
『他に、何か言うことはないゲロか?』
花柄のエプロンで鼻を押さえると、私は心から祝辞を述べた。
「ううっ、イボイボ様、そでばおべでどうござびばず(それはおめでとうございます)。こででいいど(これでいいの)?」
私のひいひいばあちゃんに使い魔にされたイボイボは、試験魔法の実験体にされたり、異世界への魔術材料の買出し決死隊にされたりして大変だったらしいから、確かにこのぐらいは言ってあげなきゃいけないかもしれない。
でも、今はサラリーマン家庭を取り仕切る、主婦暦一年のマイサポートをすればいいだけだし。かなり楽になってるハズよ。
金色のどんぐり眼をギョロリと動かすと、
『ついては、イボイボにかかった蛙変化の魔法を解いて欲しいゲロ』
イボイボはおごそかに頭を下げた。
実は、ヤツは人間なのだ。
イボイボがイボ蛙にされたのは、私のひいひいばあちゃんが大切にしていた飴薬を盗み舐めたのが原因だと聞いている。伝聞形式なのは、ひいひいばあちゃんが死んでしまったからではなくて、老人性痴呆で記憶がスパークしちゃってるから。
私のパパママもおじいちゃんおばあちゃんもひいじいちゃんひいばあちゃんもひいひいじいちゃんも他界しているのに、なぜかひいひいばあちゃんだけは魔界で元気に暮らしている。かなり謎だ。
「それは直接の契約主のひいひいばあちゃんに言ってよ。自慢じゃないけど、私は高等魔女訓練を途中で挫折した魔女見習いよ」
そのあげく、魔術学校をサボって遊びに来ていた人間界にそのまま居つき、人間とデキ婚した愚かな娘だと、魔界では噂されているらしい。
『ちっとも自慢じゃないゲロ。マチルダ様のフィアンセじゃなくてもキレるゲロ!』
憎らしいことを言うと、イボイボは自分の部屋(があるのだ!)から一冊の古びた魔術書を背負ってきた。ここまでされたら、旦那様のための夕食作りを中断せざるをえない。
私とイボイボはリビングのソファーに腰を据えると、ぼろぼろになった魔術書と向かい合う。古代魔術語で綴られた本の一部を意訳すると、
――古代より伝わってる蛙変化の魔術を解きたいなら、三百年の後、施術主の取り決めた異性からキスをもらわないとダメダメ。
とあった。
だとすると施術主で、その後、イボイボを使い魔にした契約主、つまり私のひいひいばあちゃんから情報を引き出さないといけないワケだけど。
「イボイボ、かわいそうだけどあんたは一生イボ蛙のまんまよ。今のひいひいばあちゃんは初歩魔法も満足にそらんじられない有様だもの」
彼のぬめり気を帯びた前足を手に取って、私は慎重に言葉を選んで言ってやった。のに、当の本蛙ときたら余裕しゃくしゃくで、手の中からすり抜けてしまった。まったくシャクに触るったらないわ。
『ふん、片腹痛いゲロ。主が取り決めた相手はイボイボが知ってるゲロよ』
イボイボはゲゲゲと高笑いすると、ソファーの上でふんぞり返る。使い魔といっても、私の数倍年上だからと敬っていたら、こんなエラそうな態度をとるようになってしまった。
人間年齢に換算すると、十八歳(実年齢はヒミツ)で家を飛び出した私と、後を追ってきたボディーガードのイボイボとの関係は、今では家族に限りなく近い。口うるさい父親、はたまた兄のようなイボ蛙なのだ。
「なら、最初から言いなさいよ。わざわざ魔術書なんて持ってきちゃってさ」
私はチェリーピンクの唇をとがらせる。
『イボイボの言葉だけじゃ、信用がないと思ったゲロよ。主は魔王様より性格が悪いゲロ』
古きよき魔女としては平均的だと思うけど、現代魔女(見習い)の私からすると、げげっ残酷非道! マジ、そこまでヤる? と思う逸話は数多く耳にしている。
だから、性格うんぬん……の否定はしない。
性格の悪い魔女が選ぶ、キスのお相手って誰なんだろう? 傍若無人を地でいくイボイボですら躊躇する相手って?
それは、素晴らしくプリティーな唇と抜群のプロポーションの持ち主に違いないわね。――あっ。
「もしかして、私なの?」
『それなら、まだマシだったゲロ』
気弱に鳴いた後、イボイボはとんでもないことを言い出した。ひいひいばあちゃんが取り決めた相手、それはなんと、私と旦那様のスウィートベイビーちゃんだったのだ!
◆ ◆ ◆
「マチルダさん、ただいまぁ」
知っての通り、イボイボは口からスカンク級の臭い汁を出す。その他にも、神経毒を含んだ青汁や催眠汁や消火液、防御のための煙幕も出せる多彩な技を持つ使い魔だ。
まだ意識のはっきりしていたひいひいばあちゃんが、目の中に入れても痛くないひいひい孫の後を追わせただけはある。
ああ、私にも使い魔がいれば少しは戦力になるのに……。きちんと魔女修業しなかったのが、ココにきて痛いわ。
「ただいま帰りましたけど…………おーい」
――って、反省してる場合じゃないわよ!
そんな危険なイボ蛙とキスなんて、母親としてさせられない! それにベイビーちゃんだって、大きくなってからファーストキスがイボ蛙(♂)だなんて知ったらグレてしまうわ!
ぼっ。私は手の平に自動発生した火炎を丸めると、腕を大きく振りかぶって投げた。
「うわっ、なんだよ。自分の旦那に、いきなり火の玉を投げつけるヤツがあるか!」
耳慣れた男性の怒鳴り声で、私はようやく我に返る。寝室の入口に立っている黒焦げスーツ姿も素敵な青年は、まぎれもなく私の旦那様だ。
「いやだ、火傷しなかった? ごめんなさい」
私は魔力が未熟なので、意識をしっかり持っていないと火炎系の術が暴走してしまう。
でも、今のはそれとは微妙に違う。テリトリー内に生命反応が出たら、無差別に攻撃を仕掛けるように意識をセットしてあったのだ。
私はこう見えても、魔界でも名家の娘よ。魔術は未熟でも魔力自体は一級品。火の玉には安全装置がかかっていて、スーツの前面だけを的確に灰にしていた。
「怒鳴ったりしてゴメン、大丈夫だよ。このスーツは魔界の防火繊維でできているから、明日には復元してるさ」
優しく言うと、前面だけ半裸の旦那様は私にただいまのキスをしてくれる。
どうも、私はベッドで眠るベイビーちゃんを見守りながら、夕飯の仕度もせずに途方に暮れまくっていたらしい。そのせいで、旦那様が帰宅したことにも気がつかなかった。なんたる失態!
「本当にごめんなさい、今すぐに夕食の準備するから。先にお風呂に入っててくれる?」
「うん。そういえば、イボイボ君の姿が見えないんだけど」
「それに関しては、ちょっと色々ありすぎちゃって、一言じゃ事情を説明できないの」
ああ、マズイ。と思ったときには、旦那様の両目はキラキラ輝いていた。三十歳になっても少年の心を忘れない、ピュアな人間なのだ。
「じゃあ、頑張って一言で説明してくれないかな?」
…………私、旦那様の好奇心旺盛なところは嫌いじゃない。じゃなきゃ、魔女(見習い)の女の子と結婚なんてしないだろうし、ね。
でも、ちょっと疑問は浮かんでくる。夕食はそっちのけで新婚夫婦が仲良くベッドに座って、することといったらイボ蛙の話よ。
「――なるほどね。君のひいひいおばあさんもあくどいことを考えるなぁ。それじゃあ、三百年が経っても、イボイボ君はイボ蛙のまんまだ。あはは」
パジャマに着替えた旦那様はのんきに笑いかけ、こちらを見て青ざめた。
「…………マチルダさん、いつ着替えたんだい? SMの女王様みたいだよ」
「魔女の正装です!」
私は家出時に着ていた猫ミミ付き黒いとんがり帽子と、同色のドレスを一瞬で身にまとっている。気合を入れるためだ。
今やイボイボは私を敵に回す覚悟で、マイスウィートの唇を奪う気なのだ。現に旦那様が帰宅するまでの間、四度もこの部屋に侵入しようとした。
そして、私は四度、《ファイアボール》で撃退したけど煙幕で完璧に防御された。さすがは、ひいひいばあちゃんの使い魔よ。
こうなったら、母親である前に魔女たる私ができることは一つしかない。血の誇りにかけて、昔ならった魔術教本の内容を思い出し、イボ蛙に対抗することだ。
「でも、マチルダさんはイボイボ君に勝てるの自信あるのかい? 僕が君のフィアンセに襲われそうになったときも、うちに泥棒が入ったときもイボイボ君に助けてもらったんだよね」
「だって、ヤツの役目は私のボディーガードだもーん」
「いや、そうじゃなくて……」
言いよどむ旦那様の唇にキッスして、私は明るく笑ってみせる。
「火炎系は《ファイアウォール》まで完璧に思い出したんだもん、大丈夫よ。でもね、ヤツの苦手な氷水魔法の詠唱って二小節目が難しいのよ……ええーと、『偽の淡黄色をともなう淡い白と黒、不完全な白と赤と』…………?」
《スピア》は敵の脳天に氷の刃をお見舞いする、一撃必殺の技よ。ぜひとも、思い出したい。
「……マチルダさん、マチルダさん」
「何? 今、忙しいんだけど」
部屋の入口をにらみつけていた私に、旦那様の美声とイボイボのダミ声がかけられた。
「ものすごく言いにくいんだけど、イボイボ君が僕の背中に張り付いているんだよ。さっき、寝室に一緒に入ってきちゃったらしいね」
『そうだゲロ』
私は振り返りざま右手を掲げ、火炎系の最強魔術を唱える。磨き上げられた床から立ち上る三つの火柱に驚いたのは旦那様だけ。
ベッドに座ったまま魔界の業火を観賞する人間なんて、世界中さがしても彼だけだわ。ただ、熱の影響を受けて髪の毛はアフロヘアになっちゃってる……ゴメンね、旦那様。
「みっつ数える間に降参したら、命ばかりは助けてあげるわよ!」
熱風にまくれあがるドレスの裾を右手でおさえながら、私は怒鳴る。スリーカウント待っても返答がなかったので、左手で空気をあおいで炎の勢いを上げた。
「…………あちち……イボイボッ、いい加減に観念しなさいよっ!」
私の髪とお肌が熱ダメージを受けちゃうじゃないっ! マジで早くケリをつけなきゃ。
『イボイボは使い魔歴三百一年ゲロ。半人前のマチルダ様にやられるほど、落ちぶれていないゲロ』
火柱によって天井に押し付けられていたハズのイボイボは、口から泡状の消火液を吹き出す。あっさり炎柱は無力化されてしまった。
確かに、安全装置のかかった中途半端な術では、イボイボを燃やすことはできないのかもしれない。
でも、そうしないと、旦那様とマンションが焼けちゃうじゃない。第一、攻撃と防御を同時にこなせるほど、私は魔女としてのキャリアがない。うちのマンションに泥棒が入ったときだって、イボイボが攻撃してくれて、私は旦那様とベイビーちゃんをガードするだけでよかったんだもん。
「まあまあ、いい加減にして二人(?)とも落ち着いて話し合おうよ。困難なときだって、ちゃんと打開策が用意されているものだよ。だから、僕達は夫婦になれているわけなんだからさ」
アフロヘア(被害者)の旦那様から、あくまでも穏やかに諭されてしまうと、私ってちょっと大人げなかったかも? なんて反省してしまうわ。
「……そうね、イボイボ話し合いましょうか?」
『……そうゲロね』
「僕が思うに、その魔術書にキスの種類が記述されていないのが、抜け穴だと思うんだよ」
言いながら、旦那様はベッドのサイドテーブルの上に手を伸ばす。ここの引き出しには、ベイビーちゃんのガラガラや哺乳瓶の予備が置いてある。彼が取り出したのはおしゃぶり。
「まさか、間接キスもキスのうちだって言いたいの?」
あぜんとする私とイボイボを尻目に、旦那様は意気揚揚とおしゃぶりをベイビーちゃんの口に含ませる。それから、「はい、どうぞ」と誇り高き使い魔に差し出したのだ。
『………………』
当然、プライドの高いイボイボは怒り狂うと思った。のに、ヤツは素直にくわえた。それほど人間に戻りたかったのね。でも、それだけじゃ不安だったのか、おしゃぶりを丸ごと飲み込んでしまった。
私と旦那様は正座したまま、息を殺して使い魔の変化の様子を見守った。でも、イボイボは数秒後も、数分後も、数十分後も、いつまで経っても茶色のイボ蛙のままだった。
部屋の壁時計が十二時を回った。
『騙したゲロね!』と低く鳴いて、イボイボはその場で垂直に飛び上がった。ヤツの視線の先には、私と旦那様の大切なベイビーちゃんが眠るベビーベッドがあった。
『――もう許さんゲロ、その唇はもらったゲロッ!』
その言葉を聞いた瞬間、私のなかで眠りにつこうとしていた過去百数十年に渡る魔女の叡智が蘇った。頭のてっぺんからつま先までを貫くのは、威力甚大な魔王様の力だ。
きっと、ひいひいばあちゃんもひいばあちゃんもばあちゃんもママも、そして、他の正統な魔女達も魔力を高めるための詠唱などしなかったのだ。魔界のかの君と意識をつなげるだけで、彼の無尽蔵にある魔力が身のうちに注がれるから……。
ああ、これが魔法を使うということなんだわ。
私は立ち上がると、おもむろに両手を上げて、魔界の海を回遊する氷山すべてを呼んだ。
「――《スピア》!」
マズった! と思った瞬間にはもう遅い。全力の《スピア》に安全装置はかからない。寝室の天井から数千数万の氷の刃が降り注ぐ。
どんがらがっしゃーん。
◆ ◆ ◆
ダブルベッドとベビーベッド、サイドテーブル、フローリングの床に至るまでズタズタに裂かれた悲惨な惨状だった。それでも、マンション壊滅! みたいな最悪の事態にはならなかった。
私の旦那様とベビーベッドの周囲には、乳白色の煙がバリアを張ってくれていたのよ。イボイボの煙幕だ。
「よかったぁ、マンションの住人なんかどーでもいいけど、旦那様とベイビーちゃんが死んじゃったら、私も死んじゃうよぉ!」
床で腰を抜かしている旦那様に駆け寄ると、彼はしっかり私を抱きとめてくれた。頭をイイ子イイ子してくれる。
「今度、会社のヤツらに自慢しよう。可愛くて料理が美味くて魔法も使える嫁さんもらった男なんて、僕だけだろうなぁ」
人外の力を発揮するのを目の前で見ても、やっぱり旦那様はそのままだった。
『まったく、考えなしの魔女と旦那だゲロ』
イボイボがベビーベッドの下から飛び出してきた。ヨロヨロしているのは、私の気のせいじゃない。顔の左半分を氷の刃にえぐられちゃったせいで、体のバランスがとれないみたい。
『今の感覚を忘れないで欲しいゲロ。イボイボがいなくなったら、旦那様と二人で助け合っていくゲロよ』
白く濁っていく彼の右目に、私は初めて不安を覚える。旦那様の腕のなかから、床にへばりついているイボイボの許に駆け寄る。
「イボイボ……あんた、何いってるの? 蛙変化の術を解いて人間に戻るんじゃなかったの? せっかく、三百年と一年も待ってたのに……」
ああ、旦那様がとっても悲しげにうめいた。
「マチルダさん、蛙変化って実は一年も前に解くことができるはずなんだよ。でも、三百と一八歳のヨボヨボのイボイボだよ。そんな姿を君には見せたくなかったんじゃないのかな?」
人間の身体構造が、魔女とは違うことぐらいわかっている。百年と少しも生きれば長寿だといわれる種族なのだ、人間は。
「ちょっと、待ちなさいよっ、イボイボっ!」
私は血と脂でぬめる体を鷲づかみにする。いつもなら弾力のある皮膚が、濡れた革表紙の魔術本みたいだった。
「私の《スピア》のせいで死んじゃうなんて、絶対に許さないから!」
『イボイボは死ぬのとは違うゲロ。お暇乞いをするだけゲロ。魔女の使い魔は年季が明ければ、輪廻の輪に戻れるゲロ』
最期に大きくため息をついて、それきりイボイボはガマ口を開かなかった。
旦那様も私もしばらく無言のまま、冷たくなっていくイボ蛙を見ていた。通常の死とは違うから蘇生術は効き目がないだろうし、本人もそれを望まないと思った。
だから、私は手の中にある、魂の抜け切る寸前のイボイボにお別れのキスをした。唇にピリリと痛みが走った。
私はそのときに起こった不思議を、死ぬまで忘れることができないだろうと思った。醜い茶色のイボ蛙の体が伸び縮みすると、私と同じ年頃の美少年の姿に変化した。蛙変化の術が解けたのだ!
ひいひいばあちゃんが取り決めた相手は、私だったのよ。
「………………マチルダ様」
「スゴイじゃない。旦那様には負けるけど、今のあんたは私好みのイケメンよ!」
私はウインクを決めて、親指を立ててみせる。イボイボは強情っぱりで心配性なヤツだから、泣いてなんかやらないのだ。
少年だったのはつかの間だった。残念なことに、みるみるうちに深いシワとシミが紅顔を覆い尽くすと、最後には仙人様みたいなヒゲをたくわえた白髪頭の老人になった。
「あんたって、本当にバカなイボ蛙なんだから……ほら、あんた、このマチルダ様に何か言うことがあるんじゃないの?」
前々から、お慕い申し上げておりましたとかね。老けてもちょっと男前の老人は、
「……イボイボのベッドの下にある雑誌類は、中身を見ないで燃やして欲しいです」
と、告白した……。
「…………わかったわ」
私は枯れ枝みたいな腕をとって、力強くうなずいてみせる。
さよなら、また会いましょう、イボイボの蛙だった老人は私にささやいた。それから、干からびた皮膚と骨は真っ白な灰になって宙に消えてしまった。
さよなら、イボイボ。私もつぶやいて、両手を広げて待っていた旦那様の胸に飛び込んでいった。
ちなみに、さすがはというか、底意地の悪いひいひいばあちゃんの使い魔だけあるというか……。それから一週間、私のキュートな唇は風船みたいにふくれあがって人前に出られなかった。もちろん、旦那様ともベイビーちゃんともキスができず……。
旦那様はそれがイボイボの気持ちだよ。って笑っていたけど…………。私は天国に顔のきく天使に、イボイボへのメッセージを頼むことにする。
――イボイボのバカ蛙! 次に会ったら、覚えていらっしゃいっ!