孫権と朱然と凌統のある日の日常
孫権君主での日常の小話。
暖かなある日。
孫権は執務の合間、休憩とばかりに横になっていた。
のだが、
「殿」
傍にいた朱然が窘める。
「公績は殿の枕ではありません」
当たり前のように?統の膝を枕にする孫権に朱然が言い、孫権が閉じていた眼をぱちりと開けた。
「別に俺は構いませんよ」
いつものことだし、という言葉を飲み込んで言う凌統に朱然が答える。
「そうやって公績はすぐ殿を甘やかすから。公績は護衛なんですよ?それじゃ動けないじゃないですか」
「でも公績の膝が一番ちょうどいいしなぁ。義封はさせてくれないだろ?」
「私が代わりに膝枕するとかそういう問題じゃないんですよ」
「それに今日は幼平と公奕が休みの代わりに義封と公績が私の護衛だろ?」
「ええ」
孫権の言葉に朱然が「それが?」という感じで答え、孫権が続ける。
「せっかく傍にいていつもみたいに抜け出さなくてもいいんだから、この場で枕にしてもいいじゃないか」
いってそのまま寝ようとする孫権だったが、その言葉に朱然が「いやいや」と目を開けさせる。
「待ってください。抜け出してって、まだ評議中に抜け出してるんですか?駄目だとあれほど」
「あっ……そうだ、仕事をさっさと終わらせて、市井の様子でも見に行こうか」
うっかり口を滑らせて慌てて起き上がった孫権。
急いで仕事を終わらせると、二人を連れて街中へとお出かけを始めた。
「あまり無理をしないでくださいよ」
「義封は相変わらず心配性だなぁ。二人だって結構腕が立つじゃないか」
「だからそういう問題じゃなくてですね」
「でも二人一緒だとこう色々遊びに行きたくなるな」
「そういうところですよ」
はぁ、と頭を抱えてついてく朱然の横を凌統がニコニコしながらついていく。
それを見て朱然が言った。
「楽しそうだね。公績」
「相変わらず二人仲良しだなと思って」
「……俺から見ると公績と殿の方がよっぽど仲良しだけどね」
「私から見ると二人の方が仲良さそうだけどなぁ」
間に割って入って孫権が二人の肩を組む。
孫権の意向で鎧を脱ぎ、普通の平服を着た三人は若さも相まって、一見するとその辺の仲の良い若者のように見えた。
「まぁ城下にいる分には何かあったとしても、将もすぐ駆けつけるので問題は……」
「あっ」
朱然が言いかけたところで、孫権が前方を指さす。
「あいつ、スリだ。今財布をすったぞ」
言うや否や、孫権が走り出した。
その声に気が付いたスリが街中を駆け抜けていく。
「追うぞ!」
「ええ?」
そのまま孫権が言い、仕方なく朱然と?統が追いかけていく。
朱然と並走しながら?統が尋ねる。
「どうする?捕獲するぐらいなら俺すぐ捕まえられるけど」
「最近机仕事ばかりだから殿運動したいんだよ。しばらく追いかけっこして飽きたら俺たちで捕まえようか」
敏捷さでは軍内上位の凌統がいい、朱然が答える。
朱然も蒋欽や甘寧には敵わないが弓の腕はかなりのものだった。
「それにどこの者だかは見当ついているし」
朱然が言っているうちに、孫権はスリのすぐ後ろまで迫っていた。
スリは城壁まで追い詰められ、孫権の方に振り返っていた。
「よし!捕まえるぞ!」
孫権が楽しそうに言ってスリに飛びつくと、スリは鉤縄を取り出し壁を上って向こう側へと飛び超えてしまった。
「どうします?流石に城壁の向こうなのであとは警備兵を呼んで……」
「行くぞ!」
朱然の言葉を途中で打ち切って言うと、孫権は当然のように懐から同じく鉤縄を取り出して城壁にかける。
「これやってみたかったんだよな!今日は楽しくなりそうだ!」
言うとそのまま壁の向こうに消えてしまった。
「あっ!もう殿は」
叫ぶ朱然。
「仕方ないな。公績俺たちも……」
隣を見ると凌統もすでに孫権を追いかけていなくなっていた。
しかもこの速さから考えて……、
「……公績この高さ飛び越せるのか」
恐るべき身体能力にぞっとしつつも、朱然は壁に手をひっかけて登って行った。
「あれ?公績もう飛び越えてきたのか?」
壁を飛び降りると同時に?統も隣に飛んできて孫権が尋ねる。
「これぐらいなら跳んで駆け上れますよ」
なんてことなく凌統がいい「流石公績だなぁ」と孫権が感心する。
「それよりも俺たち置いて先に行こうとしたら駄目ですよ」
「公績まで義封みたいなこと言うなぁ」
「だって危ないじゃないですか」
言いながら抜刀し目の前で剣を払う。
「ほら、スリの仲間増えてますよ」
凌統が一閃したその場で真っ二つになった矢が落ちた。
「脅しで打った矢を打ち払うとは、小僧にしてはなかなかやるなぁ」
声とともに数人の笑い声が聞こえる。
目の前には追いかけていたスリの他に数人のゴロツキがいた。
「それ、さっき報告で上がっていた最近この辺に出没するスリ集団ですよ」
追いついてきた朱然が孫権に耳打ちする。
「手下にスリをさせて元締めが取り上げているんですよ。元締めは賊の残党のようで」
「義封ちゃんと仕事してるな。流石だ」
「じゃなきゃ殿を泳がせませんよ」
孫権の言い方に朱然が呆れていい、孫権がいいかえす。
「って言うことは私を囮にしたのか?義封」
「勝手に追いかけたのは殿でしょうが」
「で、この人達どうする?義封」
言い合いをする孫権と朱然に?統が割って入る。
と、それを聞いた元締めが笑いだした。
「俺たちをどうする?だってよ。小僧が」
「自分たちの心配した方がいいんじゃないか?坊や。剣持ってるからっていっぱしの武将気取りかい?」
言って再び一味が大笑いする。
と、それを見た?統が孫権に振り返って聞いた。
「殺していいですか?殺さない方がいいですか?」
「聞くだけ冷静になったな公績。そうだな。義封、さっきの報告だと罪状は?」
「殿に矢を向けた時点で反逆罪。死刑相当ですが、報告でもスリ以外に強盗、その他殺傷事項も上がっていたので、一部証人として捕獲できれば好きになさっていいですよ」
「んじゃぁ私があいつを直々に殺るからあと公績な」
「なら義封殿の援護ついて。あと俺動けなくするから」
「さっきからお前ら何ぶつぶつと……」
と、元締めが孫権を見る。
そして何かに気が付いた。
「その碧い目……。そうかお前が最近跡を継いだばかりだっていうあの孫策の弟か。こりゃいい獲物だ。捕まえて……」
ひゅんっ!
と、元締めの脇を風が駆け抜けた。
「一、二」
声を共に部下が二人倒れ込んだ。
そのままひゅんっひゅんっ!と影が抜けていくたびに周りにいた部下たちが倒れていく。
「……四、五……」
「な?な?なんだ?」
数える数と同じ人数部下がどんどん倒れ込んでいく。
「ぐ、ぐぅ……」
見れば皆一様に足首と手首を切られてうずくまっていた。
そして気が付けば元締め一人が残された。
「ななななな?何が起きたんだ?」
「お前呆然としてるから、俺何もすることなかったじゃないか」
いつの間にか元締めに向かって矢を番えていた朱然が文句を言う。
それを見て、元締めがやっと状況を把握した。
「へ?あ?いや……」
急に怯えだした元締めに、抜刀した孫権が剣先を元締めに向けていう。
「さてと、私の可愛い部下を侮辱した罪。あがなってもらおうか?」
「義封、手下十五人だった。殿の剣汚さなくていいですよ。俺が斬りますから」
戻ってきた凌統が剣の血を払い、孫権に言う。
それに対して孫権が言う。
「いや、公績を悪く言ったのは私が許せない」
一歩前に出て孫権が言う。
「私が斬る」
と、突然がばっと元締めが土下座を始めた。
「す、すみません、この通りです。命だけは……」
「……」
「盗ったものはこの通り全て返しますから」
言って懐からじゃらりと子分から取り上げた金を取り出す。
「この通りです」
言って再び額を擦り付ける。
「今日盗ったのはこれだけか?」
言って孫権が近寄る。
その様子を見て元締めがほくそ笑む。
思った通りだ。噂通り孫策の弟は甘ちゃんらしい。
このまま人質にすればこの場は……。
孫権が男の手にしていた金に手を出した時だった。
元締めが剣を振り上げる。
……と同時だった。
「私ならどうにかなると思ったか?」
元締めの剣は高々弾きあげられ、そのままくるくると宙を舞い、元締めの鼻先に落ちて突き刺さる。
「さっき言っただろう?『公績を悪く言ったのは私が許せない』と」
言ってそのまま孫権があげていた剣を振り下ろす。
「来世は悪口を言う相手を考えるんだな」
孫権の言葉と共に、元締めは事切れた。
「今日のお供は公績と義封だから平穏かと思いきや、暴れましたな」
騒ぎを聞きつけて呂蒙が警備兵を連れて後始末に来る。
「でもまぁ現場は綺麗な方ですな。流石公績と義封というか」
その言葉を聞いてちらっと孫権に視線を送りつつも朱然が呂蒙に尋ねる。
「ってことは普段はどうなんですか?」
「どうもこうもない。公奕と幼平連れてこの手の相手を見つけた日には公奕は相手が因縁つけてきた時は目を抉るし、口が悪ければ口に矢をぶち込むし、幼平に至っては殿の悪口言った相手は切り刻むから後始末が大変で」
「はぁ」
困ったように言う呂蒙に朱然が呆れる。
その言葉に孫権が言う。
「でもほら城下の治安よくなっただろ?」
「普段あの二人が全部始末するんで自分もやりたくなったんでしょう?どうせ」
「い、いや私は公績が……」
「公績も何か殿に言ってやって」
「殿かっこよかったですよ」
「だろ?」
「はぁ、公績も殿に甘いんだから……」
言って朱然が頭を抱える。
そんな朱然の頭を孫権が撫でる。
「まぁいいじゃないか。また城に戻ってゆっくり休もう」
「膝枕はダメですよ」
「安心しろ義封。城に戻ったらもう夕方だ。飲もう」
「ええ?」
「確かにお腹すきましたね。殿」
「公績も!食事はいいですが飲んで暴れないでくださいね」
「逃げろ!公績!」
「はい!」
怒って追いかけてくる朱然から逃げるように?統の肩に手を回して走っていく孫権。
今日も呉は平和でした。




