イベントへ
私たちは、たくさんの催し物を見て回った。
四大属性のイメージにそれぞれ合わせた飾り付けは見ているだけでも面白いし、人々の活気溢れる様子は私まで心が浮き立つようだ。
普段ならば決してしない食べ歩きをしたり、大道芸を見たりして、ベルダ様と笑い合った。
彼とこんなにゆっくり時間を過ごしたのはいつぶりだろう。
楽しい時間はあっという間に過ぎて、そろそろ日が暮れるという時間が近づいてきた。
……そろそろ、ベルダ様が精霊の加護を受けるイベントとやらがある場所へ行くべきじゃないかしら?
そう思うが、ベルダ様はなかなかその場所へ行こうとする気配を見せない。
しびれを切らし、私が尋ねようとした時、彼が笑顔でこう言った。
「じゃあ、そろそろ帰ろうか? ルナリア」
「……え?」
何を言っているのだろう。
私たちは精霊の加護を得るために、精霊祭へ来たのではなかったか。
……それなのに、精霊祭を楽しんだだけで、もう帰ろうとしているの?
「ベルダ様?」
私が眉を寄せて睨んでみると、彼は困った顔をして、「うっ」と唸った。
「……やっぱり、誤魔化されてくれないよね?」
「当然ではないですか。私たちが、何のために精霊祭へ来たと思っているのですか?」
私が詰め寄ると、ベルダ様が慌てて顔を逸らした。「ル、ルナリア。ちょっと近い」などと言って赤くなっているけれど、そんなことを言っている場合ではない。
「まだ何も起こっていないのに、どうしてもう帰ろうとしているのですか? ……まさか、精霊祭で精霊の加護を得られるというのは、嘘だったのですか?」
「う、嘘じゃないよ! でも、あのイベントはヒロインが結構危険な目に遭うから、ルナリアにそんな役目をさせたくなくて……!」
ベルダ様の様子を見ると、嘘をついているわけではなさそうだった。でも、それが本当だとしたら、ある疑問が残ってしまう。
「……初めからそうとわかっていたなら、そもそもなぜ今日私を連れてきたのですか?」
そう訊くと、ベルダ様は戸惑うように眉を下げた。
「ええ……ルナリア。それ、本当にわからないの……?」
……そんなことを言われても、わからないから訊いているのよ?
私が首を傾げると、ベルダ様はやけくそだと言わんばかりに叫んだ。
「……そんなの、ただルナリアとデートしたかったからに決まってるじゃないか!」
「えっ?」
私は驚いて、目を見開いたままベルダ様をじっと見つめた。
……つまり、精霊の加護を得るためじゃなく、私と精霊祭に行きたいから、私の提案に乗っただけということ? 精霊祭を楽しむだけ楽しんだら、元々イベントが起こる前に帰るつもり……いいえ、きっと私だけを帰して、一人でその場所へ行くつもりだったのね?
一緒に精霊祭へ行きたいと思ってくれたことが嬉しくないわけではないが、同時にモヤッとした気持ちも生まれてきた。
「ベルダ様」
「……はい」
知らず、声が低くなる。私は怒っているのだろうか。
自分の気持ちがわからなくて、彼の名を呼んだはいいものの、一瞬黙り込む。
でも、今自分が抱えている気持ちの正体は、意外とすぐに見つけることができた。
「……私、そんなふうに守られたくはありません。私たちは、婚約者ではないですか。私は、問題が起こった時や大変なことには一緒に取り組み、立ち向かっていきたいです。私に隠れて危険なことをしようとするなんて、私……寂しいです」
自分の気持ちを確かめながら、ゆっくりと、けれどしっかりと言葉を紡いでいく。こんなふうに考えているのは私だけなのだろうかと思うと、ベルダ様の顔が見られなかった。
「……?」
けれど、なかなかベルダ様から返事がなかったので、ゆっくりと視線を上げてみると、彼はなぜか両手で顔を覆って天を仰いでいた。
「……ベルダ様?」
「ぐうぅ……どうしてルナリアはこんなに可愛くて勇ましくて健気で尊いんだ……元が二次元とはいえこんな人間が目の前に実在していいのか……実は妖精か何かなんじゃないのか……」
彼はまた自分の世界に入ってしまったらしい。呪文のように言葉を延々と吐き出しながら、天を仰ぎ続けている。端から見れば、かなり怪しい人のようだ。
「ベルダ様、気をしっかり!」
「はっ!? ご、ごめんルナリア。君のあまりの可愛さに、今、思考がどこかに飛んでいってたかも」
あけすけな言葉に、かぁっと頬が熱くなる。
「も、もう! そんな冗談を言っている場合ではありませんわ!」
「微塵も冗談じゃなかったんだけど……」
「とにかく! 私も一緒に行きます。いいですよね?」
「うーん……ルナリアがそう言うなら。でも、結構危険だから、ちゃんと気をつけてね。ルナリアが強いのは知ってるけど、心配なんだよ」
ベルダ様は困り顔だったが、最後には了承してくれた。
「わかりました。では、行きましょう!」
◇
街が夕焼け色に染まる頃、私たちは火の精霊を祀る区域にやってきた。
「それで、どの辺りなのですか?」
火の精霊を祀る区域といっても、かなり広い。火の精霊は四大精霊である上、信仰を集めやすい人気の精霊だ。そのためか、一番広範囲に催し物があるといえる。
「いやぁ。それが、細かい場所まではよくわからないんだよね」
ベルダ様の言葉に思わずピタッと動きを止めて彼を凝視する。今、彼はわからないと言ったのだろうか。
「どういうことですか?」
「ちょ、ルナリア、怒らないで。火の精霊を祀る区域ってことは確かだけど、その中のどこだなんて、ゲームの中にもそんなに細かい描写はなかったんだよ。加護をもらえるかもしれないってわかった時は思わず喜んじゃったけど、そもそも俺も、ゲームと同じことが起こる確証があるわけじゃないし、せっかくだから一人でも行ってみて加護をもらえたらいいな、くらいの気持ちだったんだ」
……確かに、本の物語の中でも、各エピソードに詳細な場所の描写がある方が少ないわよね。火の精霊を祀る区域だとわかっているだけいい方かもしれないわ。
「では、どんな事件が起こって、ベルダ様は精霊の加護を得ることになるのですか?」
「火の精霊がイタズラをしたせいで、ヒロインが危険な目に遭ったところを、俺が助けるって感じだね。身を挺してヒロインを庇ったことで火の精霊に気に入られるというか」
「火の精霊のイタズラが原因で、危険な目に遭うのですか……?」
確かに、精霊は気まぐれだし、イタズラ好きだ。
特にこの精霊祭では、よくおかしな現象が起きると、広く知られている。
限られた場所に急に雨が降ってきたり、突風によって食べ物や身につけているものがさらわれたり。
それは祭を楽しみにやってきた精霊たちの仕業だから、大抵のことは、みんな仕方ないと笑って済ませるのだ。
むしろ、精霊が現れたことに喜びさえする人もいるらしい。
でもそれは、困りはしても、命の危険を感じるようなことでないからだ。
確か火の精霊の場合は、燃え広がらない小さな炎があちこちに出現するとか、急に小さな火花が散るとか、その程度のはずだ。
……それなのに今日は、何か大きい被害が発生するということ……?
考え込んでいると、横から明るい声が響いた。
「ルナリア、ルナリア!」
「はい?」
「ほら見て。すごく綺麗だよ」
ベルダ様に促されて夜空を見上げれば、様々な色に光る火花が、あちらこちらでパチパチと小さく弾けていた。
「わぁ……!」
すごく神秘的な光景だった。
何をしにここへ来たのか、これから何が起こるのか。そんなことなど忘れて、思わず見入ってしまうほどに。
周囲からも、あちこちで歓声が上がっている。
道を往く人々はみんな足を止め、美しい光景に感動したようにはしゃいでいた。
「すごいです! これは催しなのでしょうか? それとも、精霊たちの仕業なのでしょうか?」
私も興奮を抑えきれないままベルダ様を見上げれば、彼の穏やかな眼差しと目が合った。彼はこの美しい光景に全く目を向けず、いつからか、ずっと私の方を見ていたらしい。
ベルダ様の顔に反射する様々な色の光が、どこか非現実的な雰囲気を感じさせた。胸に何か言いようのない気持ちが湧いてきたような気がして、私はしばらくの間言葉を発することも忘れて、彼と見つめ合っていた。
「…………」
「……ベル……」
彼の顔が少し近づいてきて、思わず名前を呼びかけた時。
「キャアアアアッ!」
誰かの叫び声が、その場の空気を一変させたのだった。




