王太子アルトゥール
貴族の子息令嬢たちが通う学園。
生徒たちはここで、一般教養や各専門学と共に、貴族のたしなみとして魔法も学んでいる。精霊の加護を受けた者のような優れた魔法使いはそうそういないが、個人差はあれど練習を重ねれば誰でもある程度上達するのが、魔法というものだ。
そして私は、青空が広がる校庭で、今まさに攻撃魔法の授業を受けているところだった。
「見て、今からフォスターシュ令嬢が魔法を使われるみたい」
「本当ね。楽しみだわ!」
そんな期待に満ちた声を聞きながら、私は遠くに設置された五つの的に精神を集中させる。
そして、一度に五つの氷魔法を紡ぎ、発動させた。
それは五つとも、狙い通り全てがそれぞれの的に命中し、ガガガッと激しい音をたてて的を破壊した。
「きゃあ、さすがフォスターシュ令嬢ね!」
「氷の精霊の加護を受けた、我が国の氷の女神ですものね」
「素晴らしいわ」
「……」
恥ずかしい……。
きゃあきゃあと騒ぐ同級生たちの様子がいたたまれない。
それでも、周囲のこんな反応はもう慣れっこでもある。
私は平常心を装う無表情を顔に張り付けながら、先生に向き直った。先ほどの魔法の評価をもらうためだ。
「素晴らしいですね! フォスターシュ令嬢はもちろん満点です。下がってよろしいですよ」
「はい。ありがとうございます、先生」
高評価をもらえて安心した私は、薄い笑みを浮かべながら後ろへ下がった。内心喜んでいてもそれほど働かないのが、私の表情筋である。
「相変わらず、見事な腕前だね。ルナリア」
「……アルトゥール殿下」
輝く金色の髪に碧い目を持ち、万人が認めるだろう美男子が、爽やかな笑顔を浮かべながら私に声をかけてきた。
彼は、この国の王太子、アルトゥール・ドゥ・オルフェウス。
一見親しみやすく、誰にでも優しそうな雰囲気を纏ってはいるが、本当はそうではないことを私は知っている。
将来国を背負って立つことになる立場である彼は、本来ならば気安く話しかけられる存在ではない。
しかしここが学園であるということに加えて、私は彼と親戚関係にあるという接点があった。王家に嫁いだ殿下のお母様が私のお母様の従姉妹であり、私と殿下ははとこにあたるというわけだ。そういう繋がりで、幼なじみでもある彼は、多少気心の知れた関柄なのである。
「ありがとうございます。ですが殿下が今から演習されるのであれば、先ほどの私の活躍など霞んでしまうでしょうね」
「ふふ。そんな謙遜を口にしなくてもいいよ、僕と君の仲じゃないか」
……誤解を与える発言はやめてください、殿下。
そう思いながら、私は失礼でない程度の笑みを浮かべるにとどめて返答を避けた。それなのに、周囲の同級生たちがひそひそと囁き合う声が聞こえてくる。
「まあ、やっぱりお二人はとても仲がよろしいですね」
「フォスターシュ令嬢は、昔、殿下の婚約者候補だったのですよね? 一人娘の跡取りですから、本決まりにはならなかったようですけれど……」
「とてもお似合いなのに、残念ですわね……」
……違います! いや、おおよそは合っているのだけれど、私と殿下がお似合いなんてことは絶対にありません。お願いだからやめてください!
殿下のせいでまたおかしなことを言われてしまったと、恨みがましい気持ちで彼を見上げれば、楽しそうにうっすらと笑みを浮かべる殿下と目が合った。
「……わざとですね?」
「はは、何のことだか。それじゃ、僕も行ってくるよ。君の期待に応えられるよう、頑張ってくるとしよう」
そう言って私の肩を軽く叩くと、彼は私と入れ替わりで演習場へと向かっていった。
殿下は優秀な王太子として知られている。学問、剣術、魔法、全ての分野でほぼトップの成績をおさめる秀才だ。
しかし、完璧な人間など存在しない。
殿下は幼い頃から勉強ばかりで娯楽の少ない生活をしていたせいか、常に楽しいことを求めているらしい。それはいいのだが、いつからか、厄介なことに親しい人を困らせて面白がるようになってしまったのだ。
「ほとんど表情の変わらない私を困らせて、一体何が楽しいのかしら。それにしても、最近はこういう困らせ方はしなくなっていたのに、どうしてまた……?」
私が首を傾げた時、誰かが目の前に立ったのか、視界にフッと影が差した。
「ルナリア」
なぜかムスッとした表情のベルダ様がそこにいた。
「ベルダ様?」
「ルナリア……」
不機嫌そうな様子に、私は思わず身構えた。
先日は、前世を思い出したとか、私のことを好きだとか言っていたが、また以前のような、冷たい彼に戻ってしまったのではないかと思って。
しかし、よく見てみると、ベルダ様の表情は不機嫌と言うよりも、拗ねているという方が近いような気がした。顔をしかめてはいるが、私に向ける眼差しに、嫌悪や蔑みの色は微塵もない。
……というか、なんだか構ってほしがる子供みたいじゃないかしら。
彼は自分な感情をグッと堪えるような、ぎこちない笑顔を見せると、そっと私の手を取った。
「ルナリア。少しだけ向こうで話せないかな?」
「えっ? あの……」
気づけば、周囲の人たちから好奇の視線を向けられているようだった。確かに、ここは会話するのに適切な場所とは言えないけれど、二人で移動するというのも目立つと思う。
今すぐでなければいけないのかとも思ったが、ベルダ様の表情がなんだか切羽詰まっているように見えた私は、戸惑いながらも頷いた。
「わかりました」
「ありがとう」
ベルダ様にエスコートされながら、校庭の隅の方へ移動する。きゃあきゃあと騒ぐ同級生たちの声が追いかけてきたが、聞こえない振りをした。
そしてある程度周囲の人たちから離れ、会話が聞こえないだろうという距離まで来ると、ベルダ様は雨に濡れた犬のような、しょんぼりとした顔で話し出した。
「ルナリア。……もしかしてなんだけど、やっぱりアルトゥール殿下のことが好きだったりする?」
「……はい?」




